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32 卒業

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 ちょっと睨んで見せたところで下がってくれれば『侮辱罪』程度で大目に見たのだけど、彼女は引き下がらなかった。扉の前に立って動かない。
仕方ないので「貴方はどなたかしら? そこをどいて下さる? 邪魔ですわ」と高飛車に言ってみた。

「公爵家のお茶会にも足を運んで差し上げたわ!貴族の名前も覚えられないなんてやはり頭が悪いわね」

「クスッ 公爵家にとって重要な家名は記憶に御座いましてよ。で、貴方は誰なのかしら?」

「失礼だわ、こんな侮辱は許さないわよ!」
ロザリア様も仰ってましたわね。セシリーと同じ、愚かな香りがすると。

「許されないのは貴方よ。私を誰だと思っているの。頭が悪いのはどちらかしらね。ああ、思い出しましたわ。モニカ様?イーサン様もホッとされているわね。今頃は他国でお幸せに過ごしておいででしょうね。」

モニカ様は鬼の形相で今にも飛び掛かってきそうだ。
他のご令嬢は既に身を引いて震えている、でも皆様のお顔は覚えたわ。

「はぁ──下がりなさい。アスラン様を待たせているの」

「この阿婆擦れ!その顔でアスラン様を誑かしているんだわ!」

直情型のモニカ様が私の顔をめがけて手を伸ばしてきたので敢えてお受けすることにした。
もちろん顔は避けて腕に・・・爪が食い込んで激痛が走った。

「きゃあぁぁあ────」とご令嬢たちの声が響いて王宮騎士が聞きつけたはずよ。

モニカ様を振り切って私は髪を振り乱して化粧室から出て行った。

「た、助けて、誰か────」と廊下の床にペタンと座り込んだ。
アッシュも騎士達と一緒に走ってきた。

騎士達にその場にいたご令嬢が全員取り押さえられ、モニカ様もさすがに青ざめていたわ。
手を出したのは悪手、絶対不利よ。
ごめんなさいねモニカ様、叱られて少し反省してね。

アッシュは狼狽していた。「クレア、ああ、腕が、すぐに治療を」と抱きかかえられて騎士に先導されて医務室へ。

「暫くは爪痕とあざが残り、後で腫れそうですね」と医者に言われ、とっさに腕を出せて良かったと思った。

手当てを受けていると殿下のお傍に控えていた義兄がやって来た。
「これはどういう事なんだ。君が付いていながら」

「すまない、こんな目に合わせてしまって」

「お兄様、化粧室でご令嬢たちに囲まれてしまったの。アッシュには離れた場所で待ってもらっていました」

「全く、クレアもその程度の騒ぎを抑えられないとは、まだ未熟だな」

「王宮でこのような不祥事を・・・申し訳ございません」

「クレアが謝る必要はないんだ。ローラング侯爵家は今後一切リーズ伯爵家との縁は切る!」

「当然だ。サウザー公爵家も厳重に抗議する」

 場所が王宮なのも罰が重くなりそうね。

「あまり厳しい処分は与えないで下さい」縁が切れて反省してくれればそれでいいわ。



私が望んだ結果だったがアッシュが気の毒なくらい落ち込んでいた。
「守れなくて済まなかった」と何度も謝罪を口にする。

帰りの馬車の中で私は彼にそっと寄り添った。

「今日はアッシュと一緒に過ごせて幸せだったわ。ダンスも楽しかったし、卒業式には迎えに来てくれる?」

「必ず行くよ。正式に公爵家にも婚約を承諾してもらう。早く式を挙げたいと思っている」アッシュに抱きしめられると腕の痛みも消える。

心の中で謝った『無茶をしてごめんなさい』

気持ちのいい終わり方では無かったけど、これで4つのミッションを全て終了した。

王立学園に在籍していたモニカ様は退学し、ナタリーと同じ修道院に行かされたようだ。
規則の厳しい修道院らしいので二人とも耐え難い辛い思いをするだろう。

もちろん侯爵家とリーズ伯爵家との悪縁は綺麗に切れてしまったわ。



     ***


春が訪れて暖かな卒業式の日、ディーンとヒソヒソとお別れの挨拶をしていた。

「どれだけ待ち望んだか、俺のミッションもこれで終わりだ」

「気を抜いてはダメよ。家に着くまでがミッションよ」

「帰った途端、心臓をグサリ!なんて無いよな。ちょっと怖いな」

「大丈夫よ。義兄は意地悪だけど残酷ではないわ」

「お別れだな、今日まで有難う」
ディーンがそっと抱きしめてくれて私も抱き返した。
彼と出会えて良かった。「王立学園でも頑張ってね」

「この後は学園の近くに住むんだ。母さんが働きたいそうなんだけど、どっか良い所はないかな」

「バーンズかサーレン商店なら待遇が良いわよ。私の名を出してくれていいわ」

「そっか、ありがと。公爵家で援助はしてくれるんだけど、母さんが退屈だって」

「そりゃ退屈よ、まだお若いんだもの」

二人で話しているとスーザンとメアリーもやって来て、ハグをして別れを惜しんだ。
私の授業を受けた生徒たちもやって来て皆で手を取り合ってお別れをした。

「では、卒業式場に行きましょうか」

王都聖女子学園での卒業は2度目だが過去は消えた。
新たな気持ちで静かにおごそかな卒業式を終えて私達は卒業したのだった。

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