妹がナルコレプシーを拗らせまして

ミカン♬

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 踊り場のトイレの前に立ち、腕を引っ張ってもテコでも妹は動かない。
 しかなく私のコートを妹に掛けて1階に下りると母が今日の様子を教えてくれた。

 バイトの時間になっても起きないし動かないのでバイト先に病気で休むと電話した。
 ベランダで洗濯を干していると妹が起きたのが見えて「手伝って」とユイを呼んで手伝いをさせた。

 手伝わせたが妹は干し方が分からない。
「何やってるの、寝ぼけてる?」
 ふざけてるのかと思ったが、洗濯ピンチハンガーにどうやって洗濯物を干せばいいか分からずオロオロしたらしい。

 干し終わって部屋に戻っても妹はベランダから動かずそこに立っていて、何度も声を掛けて引っ張ったけど部屋の中に入らなかったそうだ。
「手伝わせなかったら良かったのに」
「そうだけど・・・・」

 10分ほどべランダで立っていた妹は「もういい!」と叫んで2階のトイレに行ったと思うと階段の踊り場から動けなくなって、以後ずっと立っているという事だ。

「病院に電話したら土曜日に連れて来てと言われたのでお父さんに電話したんだけど」
 母は疲れ切って食事の支度もしていなかった。レトルトカレーを二人で食べて交代で妹に何度も声をかけた。でも妹は微動だにしなかった。

 妹が服用している薬を調べたら、見慣れない薬が薬局から出されていた。
 それの名前に見覚えがあった。新聞で若い子への副作用が心配だと書いてあった薬だ。
 ググると統合失調症の薬だった。

「え、ナルコレプシーでしょう?」
 母も驚いたが、妹の症状は統合失調症に間違いないだろう。
「なんで、なんで」と母は繰り返していた。

 統合失調症の薬は減っていなかった。治療薬を妹は飲んでいなかったのだ。

 夜更けに父が戻ってきて妹に声を掛けたがやはり降りてこなかった。
 だが数分すると階段を下りてくる音がして妹はリビングにやってきた。

「嘘ばっかり!もう信じない。もう嫌い!もういい、もういい」
 そう言ってソファーに寝転がってグーグー寝てしまった。

 2階でコートをかけてやったが体は冷えていて、毛布を掛けてやった。
 悪夢を見てるのか魘されていたが怖くて起こせなかった。

 リビングで全員朝まで過ごして、朝食にパンを食べていると妹も起きて一緒に食べた。

 母が私に目配せしたので声を掛けた。

「昨日はどうしたの?」

「1階に下りたら危険って言われて下りられなかった。騙された」

「今日は病院に行こう。電話したら来なさいって言われたから」

「ふーん」

 大丈夫そうだ。今のうちに着替えさせて病院に連れて行こう。
 急いで妹を車に乗せて4人で病院に向かった。


 待合室では妹はソワソワして予約日じゃないから帰ると言って聞かなかった。
 両脇から母と押さえて座らせていた。

「家が火事になってるって、早く帰ろう!」
「大丈夫、家を出る時ちゃんと調べて来たから」
 20分待たされたが妹はずっと「帰ろう」と言い続けていた。



 院長先生の前に座ると妹は「大丈夫なんで・・・もう帰ります」と言った。
「うん、ちょっと入院してバイトもお休みしようか。疲れてるね」
「帰らないと火事で、家が無くなって帰れなくなってしまう」

 母が「先生ナルコレプシーじゃなかったんですか?」と問うた。

「ナルコレプシーを拗らせて統合失調症になったようです」

 メンタルもストレスにも弱いからな、妹は。

「暫く入院すれば大丈夫ですよ。心配しないで」
 院長先生は軽く言ってくれたが両親は酷くショックを受けていた。

 隔離病棟に入り個室を与えられたが妹は「帰る」と言って廊下に出ていた。
 廊下の壁に頭をつけて幻聴を聞き入っている。

 母は係の人の説明を受けながら入院の契約書類に次々書き込んで電話連絡先で予備の部分に私のスマホの番号を書いた。かけて来られても困るなと思ったが仕方ない。母は携帯を持っていない。

「家庭裁判所に行くんですか?」
「そうです、娘さんが勝手に退院できないようにお母さんの許可で行動できるようにします」
 妹は管理責任者となる母の元に置かれるという事だ。
 母は背中を丸めて肩を落としていた。


「入院の買い物して来るから待っててね」
 母の声が届いたかは分からないが看護士さんに任せて三人で近くのショッピングセンターに向かった。

 1時間ほどで買い物を終わらせて帰ろうとすると病院から電話があって出ると妹だった。
「あのね、もう帰る? なんで置いていったの?」
「あー今から帰るから、待ってなさいよ」
 どうしても電話したいと言って病院の電話から私のスマホにかけてきたらしい。


 急いで戻ると個室では無くて、看護師さんに奥の二重扉で厳重に管理されている特別室に連れて行かれた。
 妹はベッドに縛られてグーグー寝ていた。
 その姿に母は涙し、父は絶望的な顔をした

 これが拘束なんだ。映画みたいだなと私は妹の手足のベルトを触った。

「電話するって聞かなくて、急にカウンターを飛び越えて騒ぎを起こしたのでここに入れました。落ち着いたら普通の部屋に戻しますから」
 飛び越えて取り押さえられて電話の後で拘束されたんだ。不安だったんだな。

 ────帰る間際に妹は目覚めた。

「あのね、信じて貰えないかもしれないけど逃げようとしたんじゃないよ。電話を貸して欲しいのにダメって言われてカウンターに乗ったの」
「そっか、もうカウンターに乗るんじゃないよ。また明日来るからゆっくり寝てな」
 ちゃんと話せているのでちょっと安心して私達は帰宅した。

 翌日父は「頼んだぞ、しっかりな」と言って東京に戻っていった。

 妹は直ぐに個室に戻され、治療を受けて2か月くらいで元通りに話せるようになった。


 ────この2か月間が本当に大変だった。

 幻聴に脅されて暫くは食事を一切口にしないで水だけ飲んでいた。
 トイレに入ると2時間出てこないと他の患者さんに苦情も言われた。

「あんたトイレで何してるの? 迷惑だから早く出なさいよ」
「小人が流れて吸い込まれていくのを見てる」

 妹は絶えず白い小人さんがいっぱい見えているらしい。それが面白くてずっと見ているのだ。

「流したら可哀そうだから止めてあげて」
「あ、そうか・・・」

「聞こえてくる声もね壊れたラジオだから、聞かなくていいんだよ。勝手に喋ってるんだから」
「でもいろいろ教えてくれる」
「全部嘘だから、聞き流しなよ」
「うーん」
 これはまだ調子がいい時だ、薬のせいなのか大体は無言でボ~ッとしている。
 もう元気な時の面影は消えて知らない誰かになったようだった。

 母は寒い中、電車で毎日通って様子を見に行き19時過ぎに戻って来た。
 18時の夕食で妹が一口だけ食べるのを見届けて帰宅していた。

「食べないと帰らないよ」と言うと仕方なく一口だけ食べるそうだ。

 私は早く帰ると食事の支度や掃除をして母を待った。

 入院は3か月しか出来ない。あとは強制退院だ。母と共に毎日不安だった。

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