11 / 11
後日談 復讐が終わる時
しおりを挟む寝息をたてて眠る愛する息子シアンの顔を夫妻は見つめていた。
母になったアリシアからは落ち着いた色気が感じられてアレンは愛おしく思う。
そんな妻は憂いを帯びた瞳を夫に向けた。
「この国で暮らして・・もう復讐なんて望んでいなかったのに、怖いわ・・・凄く怖い・・」
〈アリシア〉の名を捨てる前は、幸福なセルリアンとナターシャに、自分が受けた痛みを与えたいとアリシアは思っていた。
「今の二人は幸福には見えないわ」
「君らしくないな、そんな弱音は」
アレンは震えるアリシアの肩をそっと抱いて髪に口付ける。
「これでナバール王国は大帝国の属国になるわ、殿下は気づいているかしら」
「無能な王家には相応しいさ。後悔しているのか?」
「いいえ、貴方に纏わりつくアドニス皇女も排除出来て嬉しいわ」
「皇女は俺を慕うフリをしていただけだ、君も知っていただろう?」
アドニス皇女には愛し合う恋人がいる。アレンに付き纏うフリをしてハイビスカス国の別荘に恋人と来ていた。帝国では決して認められない平民の男。極秘の愛人を持つ側妃をセルリアンは迎える事にしたのだ。
「アドニス皇女には托卵だけは断っておいたが・・・さて、どうなるかな」
「ナターシャ様はシアンを養子に欲しがっているわ」
「認めるものか!・・・ナターシャは毒を盛られていた兆候がある。気の毒だが長年摂取していれば懐妊は望めないかもしれないな」
「無力な妃の末路ね。さすがに彼女にだけは同情するわ」
「もう捨てた国の事など忘れよう」
アレンは王妃に常に命を狙われ、兄である国王は見て見ぬふりをしていた。セルリアンはアリシアに謝罪の言葉をいっさい口にしなかった。何も知らず『放蕩王子』と自分を見下す甥を憎いとさえ思っていた。
その甥にアレンは意図的にアドニス皇女を紹介した。
きっとこの先セルリアンはじわじわと何もかも帝国に奪われてしまうだろう。
「復讐を望んだのは君ではなく俺だった。俺には後悔など微塵も無いね」
アレンはアリシアの肩の傷をそっと撫でた。
「優しいのね。だから好きよアレン、私は幸せだわ」
アレンの胸に顔を埋めて、後は時間が復讐を果たしてくれるとアリシアは思う。
「ところで、そろそろシアンに兄弟が出来ても良いと思うんだけど?」
「ふふ、私にそっくりな妹なんてどう?」
「あ~絶対に嫁に出せないね・・・」
──常夏の夜は更け、キスを交わし愛し合う者達は熱い夜を過ごし幸せな朝を迎える。
太陽神に愛されたハイビスカス国には日常を忘れようと癒しと快楽を求めて大勢の人々がやって来る。国の中心にはアレンとアリシアが存在し、やがては一大リゾート国となっていく。
*****
アドニス皇女を連れて帰国したセルリアンは直ちに国王となりアドニス皇女を側妃にすると宣言した。
大帝国皇帝は溺愛するアドニス皇女のためにナバール王国の行政改革を示唆した。よって帝国からは優秀な人材が送り込まれ、宰相の息のかかった無能な貴族は中枢から遠ざけられた。
宰相の補佐にも帝国の第四皇子が就き、辣腕の第四皇子は資産家コートバル侯爵家の末娘を妻に迎えた。
「陛下!これでは我が国は帝国に乗っ取られたようなものですぞ!」
「側妃を迎えろと言ったのは宰相である貴殿だぞ。文句なら皇帝に申し上げろ!」
「ぅ・・くっ!」
「王家が力を取り戻すのだ。国王は自分であり、乗っ取られるなどと・・・寝言は寝て言え!」
「必ずや後悔するでしょう!」
宰相の権威は失われた。いずれは退任に追い込んでやるとセルリアンはほくそ笑んだ。
アレン叔父を頼って正解だった。アリシアも今はハイビスカス国の幸福な王女だ。長年の憂いは消えてセルリアンは大いに満足していた。
「セルリアン様~~」
アドニス皇女がセルリアンに抱き着いて互いに見つめ合う。そんな様子に二人の仲は誰からも良好に見えた。
「早く式を挙げて妻になりたいですわ~」
「そうだね皇帝陛下も楽しみにしておられる」
仲睦まじく過ごす二人をナターシャは黙って見守っておりナターシャの王妃としての評判は上がった。だがナターシャの辛い生活を支えてきたのはセルリアンの愛だけだったのだ。
アドニス皇女とセルリアンの挙式が近づき、穏やかな笑みを浮かべるナターシャが壊れてゆくのをまだ誰も知らなかった。
──婚姻式の前日。
行政の改革と挙式の準備に多忙な日々を過ごしていたセルリアンは久しぶりにナターシャの元に訪れた。ナターシャは相変わらず穏やかな様子で優雅に紅茶を飲んでいる。負い目があるセルリアンはその様子に胸をなでおろした。
「ナターシャ淋しい思いをさせてごめんね」
声を掛けるとナターシャは紅茶のカップをテーブルに置いて急いで駆け寄ってきた。
「ねぇリアン、ハイビスカス国にシアンを迎えに行かないと・・・きっと待っているわ」
「その様な約束をしたのか?挙式には叔父を招待しているが・・・」
「だってシアンは私達の大切な息子よ、返して貰わないと!」
「・・・ナターシャ、シアンはアレン叔父の息子だ」
「いいえ私の子よ、あの子だけが正当な次の王位継承者だわ」
ナターシャは夢見るように空を見つめている。
「何を・・・」
「シアンは私達の愛の結晶なのよ、ふふふ・・私のシアン・・・待っててね」
セルリアンが妻の異常に気づいた時にはもう手遅れだった。
「そんな・・・ナターシャ・・・しっかりするんだ!ナターシャ!・・誰か!・・・早く医者を・・ああ・・うぁあああああ!!!」
ナターシャを抱き締めたセルリアンの慟哭がいつまでも響き渡り、傷物令嬢と呼ばれたアリシアの復讐は図らずも遂げられた。
翌日は予定通りに豪華絢爛な挙式が行われ、顔色を失い憔悴した国王の隣で花嫁のアドニス皇女は満面の美しい笑みを浮かべている。そんな二人の様子を拍手喝采の中でアレンだけが無表情に見つめていた。
241
お気に入りに追加
365
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?

私の全てを奪ってくれた
うみすけ
恋愛
大好きな人といることで心が安らぐ。そう思い続けていた渡辺まちかは日々それだけを糧に過ごす一般人。少しばかり顔が整っているだけの彼はある日、彼女に振られ、まるで心に穴が空いたように、自分の存在の意味がわからなくなり、全てを投げ出したくなっていた。
そんな彼を救うような、そんなお話。

酷いことをしたのはあなたの方です
風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。
あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。
ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。
聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。
※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。
※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。
※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。
あなたの愛が正しいわ
来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~
夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。
一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。
「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
あなたの次の作品が待ち遠しいです。
ご感想ありがとうございます。嬉しくて心臓がドキドキしました。ご返事が遅れてすみません。
次作を構想中です、また読んでいただけると光栄です。
ありがとうございました!
ご感想有難うございます。随分前に書いた作品ですが、読んで頂けてとっても嬉しいです。
他の作品もできれば楽しんで頂けたら嬉しいなと思います。
こちらこそ本当に有難うございました❤
ご感想有難うございます。読んで頂いて嬉しいです。
面白かったと言って頂けるのが一番嬉しいです❤