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Ⅱ.記憶の迷夢
-8.私とディレイさん
しおりを挟むディレイさんは、変な人だ。
最初は、周りの環境からキョーレツなお金持ちなんだなって感じていたし、得体の知れない私を保護して衣食住の面倒をみるなんて酔狂な人だな、とも思っていたの。
なんだっけ、の、の、のぶれすおぶりゅーじゅ? てやつだっけ。
私としてはとてもとても助かってるし、ディレイさんがまじゅちゅ……魔術師でなければ言葉だってわかんなくてすごく苦労したと思う。
雰囲気魔王様で実際言動も魔王様なので、ハスミ、良いスライムにされちゃうのかしらぷるぷるとか、思ってたとか言わないよ。
ダリアさんとのお勉強で、彼がこの国の王族で、次期王様だけど今は年若な弟さんに代わって代理をしているって聞いたときは、「はえー」とお馬鹿丸出しな返事しかできなかったんだけど。
まあ聞いてほしい。王様とか王子様とか、イマイチ実感わかないの。
ディズニーとかお伽話くらいしか知識がない。
この国の中でほぼ一番偉いっていう恐れ多い御身分なのだな、とイメージは掴めそうなんだけど、こう、身体に染み付いた日本人としての固定観念が、「はえー」とお馬鹿丸出しの声しか出させなくなってしまうのよ。
まあ私日本人だし! 私にとっての王様は天皇陛下だし! 祖国は君主制じゃないけど、でもやっぱり特別な存在でいらっしゃるし、そんな方と同じって考えたほうがいいのかなーって、思考グルグルしていたら、ディレイさんが(面白い、もっと考えてみろ)ってマッドな目付きで頭を覗き見してきそうになったので、このひと敬う必要はないなって結論を出したわけですけれども。
どうしてお兄さんなのにディレイさんが王様じゃないの? と訊いたら、ディレイさんは妾腹だし生業が魔術師なので一国を治めるのは無理なのだそう。
どうして魔術師だったら王様になるの駄目なのかな。
能力のある人が王様じゃいけないのかなって思うのは、私が違う価値観を持っているからだとはわかっていたので、言いはしませんでしたが。郷に入れば郷に従えなの。
やめて私の文化に興味のある目を向けないでください、余計な揉め事起こしたくないですよ!
……と、そういうわけで、すごくお偉くてややこしい立場なのにハスミなどというお荷物を抱え込むなんて、つまりディレイさんてば変な人、なのだ。
「社畜って言うんですよ、ディレイさんみたいな人のこと」
「シャチク」
やだマシアスさんたら、そんなシナチクみたいに。
ええと、なんだっけ……会社の、って、会社という組織制度がこの世界にあるのかな?
私は適当な翻訳言語がないか己の小さい脳みその中から伝わるだろう言葉を選んで答える。
「えーとですね、お仕事の奴隷になってる人のことです」
「はあー、閣下だね」
納得してもらえたようだ。
くりくりと匙で手にした椀の中の液体を混ぜ、別の器に分けていた蜜を更に入れる。
作業をしている脇からとても厚くて熱い視線を感じるけれど、正体は単にディレイさん専任のお雇い料理長さんなので、気にせずマシアスさんとの会話を私はそのまま続けた。
「あの方、最近はお夕飯もなしで政務室とやらに籠もっていらっしゃるし、夜はいつ戻ってこられたのかもわかんないし、最近は朝食もほんとに味わって食べてるのかしらと思う速さで詰め込んでお仕事行かれるし、そんなにこの国ってディレイさんがいらっしゃらないとお仕事回らないです? お仕事が一人の方に集中するのって、組織として駄目だって思うんですけれど」
まあ働いたこともない小娘の戯言ですが。
でもね、この国の中心人物である方に保護されている身としては、厄介事勘弁とは思っていても、一宿一飯どころではない恩義があるのでそうもいかないんだな。
心配するものはするのです。
「うーん……、閣下が有能すぎて一人で出来ちゃうし周りもつい頼るからねぇ……」
小娘には色々わかんない事情があるんだよ、とは言わずにマシアスさんは苦笑で留める。
こちらの政治のお話とか詳しく私に話してもなあ、という考えがあるんでしょうね。
どっちかというと、マシアスさんとダリアさんは私をかわいい妹扱いで、小難しいことからは遠ざけておきたい派。
ディレイさんとリンドウさんはこっちが呑み込めてないと気づいてて、だがしかし頭の中になんとなく入れとけいずれ把握できた時うまく立ち回れ、それくらい出来るよな? という目の前で小難しい会話を続けるスパルタ派だ。
負けず嫌いの私、乗せられてるとわかりつつも情報集めに精を出してしまう。いつか逆襲してやるんだから。
混ぜ合わせた生地を、小さな陶器のカップに流し込み、水を引いた深さのある鉄板の上に乗せていく。竈の火をつけていただいて、うまく蒸気と熱が回るようにそうっと蓋をした。
ちゃんとできるか不安が無きにしもあらずだけど、とりあえず台所と材料を使わせてくださった料理長さんに感謝だ。
一家の主婦でもお台所を他人に触られるのって結構な拒否感があるのに、マシアスさんに連れられて現れたよくわかんないなんか雇い主が預かってる子どものお願いをよくきいてくださったものだ。
最近ハスミがいるおかげで閣下のお食事の回数が増えた、とかで大目に見てくれたみたい。
増えた……? あれで……?
ますますこれがうまく出来上がって欲しいというものだわ。
そう、これ――たぶん小麦粉っぽいものとたぶん卵っぽいものとおそらく牛と同じ生物の乳とたぶん重曹と思われるものと何かの植物油とたぶん蜂蜜と甘く煮たたぶん豆を使って、お手軽蒸しパン(予定)です!
フンフンフン、とうなずいていた料理長さんは私が使ったのと同じ材料を取り出し、同じものを作っているようには見えない素晴らしい手際で蒸しパン(仮)の生地を作っていく。
あっ、ドライフルーツにお酒を足すとかやりますね! 男性のウケはいいかも! 私がケーキの細かいレシピさえ覚えていたらスポンジケーキも作っていただけたのにぃ。なんとしてでも思い出したい、ふわふわスイーツレシピ。
「これで『オヤツ』ができるの?」
「うまくいけば、ですけどねー」
どことなくワクワクと蓋の中を覗こうとするマシアスさんをメッとしながら、出来上がる間に私は食材の名前や調理器具の名称を教えてもらいつつ、メモしていく。
デフォルメした絵も描いて、多分これだと思うとか、これはこれだよね、などと一言添えつつ。
あとで見返すときにね、絵があると違いもわかりやすいんだ。
メモを見たディレイさんたちは日本語を暗号みたいだな……とか言ってたけど。だからやめて諜報に使えるかなどと不穏な話をハスミの前でしないで。そんなの採用されるとこちらの文字を日本語に置き換えしたりして説明しないといけなくなるってこの小娘にもわかるんですよキャパオーバーです。
でも人類ってすごいの。異世界でも形が同じであれば、作り出すものは殆ど変わらないんだなって、思いました。調理器具、ないものもあるけどだいたいいっしょ、わかる。
私がもっと博識だったら、こっちの世界があっちとどう違うのかとか、文化的にどうかなのとか、理解できたかなぁ。記憶喪失だものシカタガナイネ。記憶喪失じゃなくてもハスミ、コドモだからワカンナクテモシカタナイネ。
とりあえず、こちらの気温は少し私には肌寒い。冬から春に変わりかけるくらいの気候って感じ。年中こんな風で、ひとつきからふたつき位の期間に雪がドバっと降るらしい。北国かな?
今はまだそこまでの余裕がないし、そのうち元の世界の暦と擦り合わせて、当てはめて、自分用にカレンダーとか作りたいです。
そうそう、お勉強のために手軽に使える書くものが欲しい、とディレイさんにお願いしたらですね、巻物が出てきたんですよ……。
なんにも書いていない、紙の、巻物。
羽純が求めていたものはノートと鉛筆かシャープペンシルであって……必要な分を切って使え、と渡されたものがひと抱えある巻物と小刀とインク壺とガラスペン(っぽいもの)……。
手軽に使える書くものとは?????
はいはい異世界異世界!
ファンタジーでイメージするところの羊皮紙などではなく植物紙だっただけでも良かったと思います。
諦めて工作して、紙は手頃なサイズに切って切りまくって一辺の端で留めてメモ帳に、小振りの香水瓶(ダリアさんから頂いた)に壺からインクを入れ換えて、端布をチクチク縫ってペンケース兼ポーチを作って、持ち歩き用筆記具を手に入れました。
それなりに満足してそれを使っていたら、しばらくして理想に近いノートと万年筆をディレイさんにもらったんですけれども。
えっ……。
頭の中覗いて近いものを考案して作った、と……。
どういうことなの……。
私の頭の中覗いて数日で出来るとかならどうして今まで考案作成できなかったの……。
こちらの文明ちぐはぐすぎてどうなってるの……。
万年筆なんて私もうろ覚えなものの構造を覗き見した知識をもとにディレイさんが推測して設計して魔術でちょちょいのちょいと作ってみたというのだけれど、たぶんこれほぼ同じ作りをしていると思うの。
いい気分転換になった、おまけに書類作業が楽になった、と……。
どういうことなの…………。
機械がないなら魔術で作ればいいじゃない? って、あまりにも魔力なしに不利過ぎでは……?
ちゃっかり量産してご自分で活用してるしなんとなくムカついたのでノートおよび筆記具を私用にラブリーデザインにして要求し更に作っていただきましたが。
花柄とか可愛い色合いの文具をあの魔王面ディレイさんが作ったと思うとじわじわきますね。
というかあの人、年頃の娘の頭の中を気楽に覗き過ぎじゃない?
プライバシー保護を求めますよ!
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