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Ⅱ.記憶の迷夢
-2.頭の中に糸電話
しおりを挟む――ココハワタシガウマレソダッタセカイデハアリマセン。
示された事実にポカーンとした私を、どう思ったのだろう。
怪我をして、行き倒れて、瀕死になってたという私を保護した大人たちは、労りの笑みを見せて(約一名除く)、安心するようにと口々に言葉を尽くして慰めて下さった。
迷子の私はとりあえず、このなかで一番偉い人であるディレイさんの預かりになるという。
怪我は塞がっているけれど、本当の意味で治っているわけではないから、まだしばらくは安静が必要。
こちらに慣れるまで、あるいは慣れるように、ダリアさんがいろいろ教えてくれる。
――もとの世界に戻る方法は、いまのところ見当もつかない。
私がなぜこういう状況に陥ったか、記憶を無くしてなければ、それも含めてわかったのかな。
それともまだ私は眠っているんだろうか。自分が、記憶喪失になって異世界にいる、なんて夢を見ているんじゃないだろうか。
丸長い枕を胸に抱えてゴロゴロ寝台の上を転がる。
……でも、つねられた頬っぺたは痛かったし。
ダリアさんが用意してくれたミルク粥みたいなのは美味しかったし。
リンドウさんもマシアスさんも親切で優しいし。
ディレイさんは偉そうなりに信頼してもいいんだって雰囲気だし。
彼らが夢の中の人物だとは思えない。
そうして、何よりも。
窓の外の月は、オレンジ色で手を伸ばせば届くかも、ってくらい大きい。
肌に感じる空気が、ここは私に馴染みのない場所だと告げている。
――異世界。
――夢じゃなくて、真実ほんとう?
すんなり信じるのはなんだか負けたような気分になるけど、信じないわけにはいかないんだろう。
記憶のない自分は、何を信じて信じないか、選択することもできない。
自分の顔写真の貼られた生徒手帳を見た。名前も確かめられた。――だけどそれが真実だと、信ずる証拠が私の中には、ない。
何を信じればいい?
胸の奥底から不安が忍び寄る。本当に、自分という人間はここにいるのか。自分とは何だ。私って誰だ。
目を閉じれば冷たい夜の暗闇が、昼間には感じなかった心細さを増幅して。自分が希薄な自分は、このまま闇に溶けてしまいそうで。指先から凍えて行く。恐怖が喉から溢れ出そうになる。
コワイ。
ナニガ。
ジブンハ。
ワタシハ、ココニイルノ――?
ギシリと寝台の一角が沈んで、背中側に誰かの気配を感じた。ゴロリと身を返してそちらを見やる。
闇に輪郭を浮かび上がらせた闇色の髪の男の人。起きていたのか、と言う風に眉が上げられ、彼はそのまま上掛けを捲って中に入ってくる。そして、当然のようにその腕の中に抱き込まれた。
――なんでしょう、この状況。
枕を抱き抱えたままの私を、これまた抱き枕にするディレイさん。
うまく働かない脳みそを目一杯動かして状況把握に努めてみる。
そこに、性的なものは一切なくて。全く初対面の男の人だというのに、包まれた腕の温かさに、何故か凍えていた身体が弛んだ。
同じ闇色だけど。
違う。
がっちり捕まえられているから、もう、冷ややかな暗闇に沈むことはないと安堵して――私は目を閉じた。
**********
「みぎゃあああああああッ!!」
目が覚めるなり眼前に飛び込んだ、美形のドアップに奇声を上げた。
密着した身体を押し退けたら、逆に自分が寝台から転がり落ちそうになったけど、間一髪でシーツにしがみつき、事なきを得る。
「……やかましい」
地の底から響くような声でぼやいたディレイさんが起き上がり、私の頭をわしづかんだ。指先に力がこもって締め付けられる。
「イタイイタイイタイ!」
ヒドイ、ヒドイよこのひとイタイケな女の子の扱いがなってないよ!
「なんで一緒に寝てるんですかっ、こっちは嫁入り前の乙女なのですよっ!」
私の苦情を耳にしたディレイさんは、上から下まで、特に私の胸辺りを見て、フンと鼻で笑った。
てナニソレどーゆーことですか失礼すぎるー!
「お前の寝相が悪いからだ」
「悪くないですっ」
「覚えとらんくせに」
そっけなく言って、長い髪を掻き上げながら彼は寝台から降りた。
ムカつきながらもそれに倣って私も這い出ようとすると、振り返った彼に再び頭を押さえ込まれて逆戻り。
「お前はまだ大人しくしてろ」
「もう大丈夫です」
「何を持って大丈夫とか抜かすか。却下だ」
「自分が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫なんですっ」
「―――黙れ」
低い、恫喝にも似た声音に心臓が縮こまった。
魔王だ魔王降臨だーーー!!!
「誰が魔王だ阿呆」
なんにも言ってませんよ!
「筒抜けだ馬鹿」
阿呆だの馬鹿だの言いたい放題ですね、この俺様。一体なぜそこまで傍若無人ですか。何様ですか。
「頭の中で喚くな、うるさい」
眉をしかめてコメカミを押さえるディレイさん。
・・・・・・? はっ!?
私何も発言してないのに何故会話が成立しているのですか。
「――お前と俺の言語視野を術で重ね合わせているからだ。そうでもせんと言葉の意味が通じんだろう」
イエ、イミガワカリマセン。
じとり、と疑わしげな眼で目の前の男の人を見つめる。
眉間にシワを寄せたディレイさんは、トン、と自分のコメカミを突き、次に私の額を突いてくる。
「理解力が足りんお前にわかるように言うと。俺のココとお前のココを繋げて、意思疎通ができるようにしている。一度意識して言葉を紡いでみろ」
「……ナニソレどんなふしぎわざ……」
口から出てきたのは日本語。ハッとして唇を押さえる。
その時ようやく気付いた。今の今まで、自分が全く知らない言語を音にして会話していたことを。
「ぎゃあ! 何ですかコレ猫耳ロボットのアイテムも使ってないのに翻訳中!」
「お前の世界にはそんなものがあるのか、便利だな」
「ないですよっ!」
猫耳ろぼっととはなんだ、と重ねて訊くディレイさんは無視して、情報を整理した。
何がどうなってるかわかんないけど、どうやらディレイさんと私の頭の中は繋がっていて、そのお陰で私は労せずこちらの言葉が話せるらしい。
さらに今までのディレイさんの反応からすると、私が頭の中で考えたことも彼には読み取れるよう。
付け加えるなら、私には彼の思考は読めないので、おそらく主導権はあっちにあるんじゃないかな。
私のその結論に、ディレイさんは頷いて肯定する。
「意外と頭は回るようだな。その通り、俺の知識を核にしてお前に言葉を分けている。詳しい説明が必要か?」
「意外とか失礼! いえ、きっと聞いても意味不明な予感がビシバシするのでケッコウです! っていうか、」
ダダモレ? 妄想だとかチラッと思ったこともダダモレですか?
「ダダモレだ。まあ、俺も疲れるから、読もうとしない限りは全て伝わるわけではない」
「プライバシーの侵害ですよっ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ私にあきれた顔を隠さず、ディレイさんは私の額をまた突く。
「ならとっととこちらの言葉を覚えるんだな。ローダリアに言語指導するようにも言っておこう」
うぇ。勉強かー、私、英語の成績よくなかったんだけどな……。と、浮かび上がる記憶はあるのに。それにまつわる個人的なエピソードが思い出せない。
無理矢理思い出そうとすると、吐き気が込み上げるのはすでに実験済み。
記憶を取り戻すことを、まるで身体が拒んでいるみたいだ。
本当に、なにがあってどうしたんだろう、私は――
「ハスミ」
呼ばれて、顔を上げる。同時に、私を指す名前が、ジンワリと浸透していくような気がした。
――ハスミ。そう、羽純、それが私の名前。私を表す名前。
他者に呼ばれることで、その文字の連なりは、自分のものになる。
だから、
もっと、呼んで。
繋ぎとめて―――
虚ろな私が奥底でそう叫んでいたことに、彼は気がついていたんだろうか。
名前を呼ばれた私は、ボンヤリしたまなざしを彼に向けていた。
コツコツと頭をノックするように軽く叩かれる。
「少ない中身でいくら悩んでも、無駄だと思うぞ? まずは増やすことを考えたらどうだ」
憎々しいまでに整った顔で、陰険にディレイさんが笑む。
私はキョトンと瞬いて、言われたセリフを理解したあと、頭の中でありとあらゆる罵倒を彼に投げつけた。
愉快そうな笑い声を上げて、彼は寝室から出て行く。
――チクショウ、絶対に短期間でコトバ覚えてやる、ぎゃふんと言うが良い!
……そうして、私が上手く乗せられたことに気づくのは、もうしばらくしてからのこと。
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