Open Sesame

深月織

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Ⅰ.宰相閣下と彼の侍女

6.閣下と侍女の夜のこと

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 窓の外に浮かぶ月は、私が知っている、と思うものより少し黄みが強くて大きい。
 早くに寝支度をしたものの眠りが訪れることはなく、寝台でゴロゴロしているのにも飽きて、淡い光に誘われるように窓辺に座り込んだ。
 ――自分自身のことを、覚えていないのが幸いだったのか。
 自分の知っている世界と、今いるこの世界が違う場所だと理解したあとも、私の混乱は少なかった。
 夜着の袖口から覗く腕の内側をそっとなぞる。
 薄いピンク色になった、覚えていない怪我の痕を。
 未だこの身のあちらこちらに残る、裂痕を。
 ……いつ、どこで、どうして、なぜ、負ったのか全く記憶に無い――傷の痕跡を。
 柄になく感傷的になったのは、違うようで似ている月を見たせいか。
 私がこちらに来たらしい、春が近付くせいか。


「――まだ寝とらんのか」
 床にペタリと腰を落とした私に気付き、閣下が眉をひそめた。
 執務の残っていた閣下から、先に休んでいろと退出させられて部屋に戻ったのは数刻前。食事も済ませてお風呂もいただいて明日のお復習いをして――、そこまで回想して、むっと眉根を寄せる。閣下の真似っこじゃないけど。
 明日。明日はとうとうかの姫がお越しになられる日だ。
 数日前にマシアスさんの部隊が、国境近くまで姫君を出迎えに出発された。予定では、明日の昼過ぎにご到着、僅かな休息を挟まれて夜会にご出席というスケジュール。
 ああ、夜会……ユウウツー。閣下のバカちん。
 私が閣下のパートナーとして夜会に出ることは既に皆様に知られていて。閣下の部下である文官の方々には、同情とアワレミの視線を向けられ励まされ、よく顔を合わせる厨房の方々には料理の評判のこっそりリサーチを頼まれ、お貴族様には通りすがりに睨まれ、直接イヤミを言いに来られる方もいらした。
 どこだかの姫とか姫とか閣下の昔のオンナとかとか。けっ。
「冷えとるじゃないか阿呆」
 むー、と唇をひん曲げて閣下を睨んでいると、全くこちらの不機嫌には構わずぐしゃりと髪をかき混ぜられ、次の瞬間肩に担がれてていた。
 そのまま寝台まで連れて行かれる。
 自分の身体が宙に浮いて、ユラユラと運ばれる感覚に懐かしいものを覚え。

 ――眠る時間を過ぎてるのに、まだ起きてる、とぐずる幼い私を抱っこしてベッドに寝かせてくれた――あれは、誰。
 クスクス笑いながら、額にキスして、眠るまで側に居てくれた、――――と、――――。

 その“誰か”を思い出そうとするとグラリと目眩が私を襲う。
 胃の腑から吐き気が込み上げて――
「寝ろ」
 きらぼうな言葉と同時に瞼に落ちてきた唇が、私の思考を遮った。
 冷えた身体に熱を分けるようにぎゅっと包み込むように抱き締められて、その暖かさにどこか強張っていた身がゆるむ。
 額を彼の肩に擦り付け、猫が甘えるような仕草を、ついしてしまうのは、夜だからだ。
 その密かなる闇の帳が、逆に心の内をさらけ出してしまう――
 ふっと笑みを漏らした閣下の唇が、頬を滑り、顎を食み、私のそれを塞いだ。
 条件反射で受け入れるために口を開けてしまい、失敗を悟る。
 捩じ込まれる、熱い舌。
 あっという間に絡め取られて、自分が鼻にかかった吐息を漏らすのを、どこか他人事のように聞いた。
 ……ええと、羽純眠くなってきましたからこのまま寝てもいいですか? えと、……ダメですかー。
 明日のために早く休めと仰った方、自ら睡眠妨害をなさるのはいかがなものでしょう。寝ろって言ったくせにー。
 煽るお前が悪いって、煽った覚えなんてアリマセン!
 夜着の隙間から肌を撫でてくる手に苦情を言い立てると、耳朶を噛んだ閣下が安心しろ、とささやいてくる。
「見えるところに痕はつけん」
 って安心できるわけがないでしょおー! イコール見えないところにつけるってことではないですか!
 お針子さんたちにドレスの着付けを頼んでいるのですよ!
 この間も、ビミョーな含み笑いをされたというのにこのエロ閣下!
「んむ、だめ、……ひゃぅっ」
 閣下の薄い唇が夜着からまろび出た乳房を食んで、粒を挟む。
 それだけで、中心がキュッとしこるのがわかった。
 片手はもう一方の胸を包み込み、固くなったそこを摘んで弾く。
 くちづけられながらされるそれに、私は弱い。じくじくと下腹部に疼くような痛みが広がり、吐息に熱がこもる。
「……ぅん、閣下、待っ……」
 アナタお疲れじゃないんですか! 何故にそのように体力が有り余っていらっしゃるのです!
 この期に及んでまだ抵抗を見せるのが面白くなかったのか、滑り落ちた唇が弱い脇腹を噛んだ。身が跳ねる。 
「ふぁ、ひゃぁんっ、ゃうっ」
 くすぐったさに、腹部を舐めていた彼の髪を引っ張って、身を捩った。喉の奥で笑い声を響かせ、乗り上げるように私の上に。
 広げられた足の間に熱が宛がわれる。探るように入り口を擦られて、イヤイヤをする。
 解される必要もなく蜜を溢れさせていたそこは、いたたまれなくなるような恥ずかしい音を生んで。
 身の空洞に納められるモノを欲しがっていることを教えている――
 じっと見つめてくる、深い紫紺の瞳から逃れるために背けた頬に笑みが落とされた。
 脚が抱え直される。
「っあ、ぁ、」
 ひゅうっと息を飲む。何度もされているのに、この瞬間だけは未だに慣れない。体格差もあるから、怖いんだと思う。
 ――閣下は、私を壊したりしないと分かっているのに――別の意味で、壊れそうで。
「ん……っああっ」
 欲しがっているくせに逃げようとする腰を捕まえられて、穿たれる――奥まで。
 息を吐いた彼が、一瞬、まるで褒めるようにキュッと頭を抱きしめた。かと思うと、私が疼痛に馴染む前に腰を使い出す。
 堪える間もなく声を上げた。
「んっ、やぁ、ディレイ……ッ」
 シーツを掴んでいた手を、伸ばす。
 でぃれい、とこんな時にしか呼ばない彼の名を甘えるように口にする。
 目を細めた彼が上体を重ねるように被さってくれたから、その首に腕を巻き付けしがみついた。
 片脚を抱えられて、揺さぶられて、啼く。
 自分がそうしようと意識する訳でもなく抽挿に合わせてナカが収縮して、繋がった部分から淫らな音が響く。
 唇から溢れるのは、ただ、悦びの声。
 やわらかに、包み込まれるように抱かれるのも好きだけれど、強く乱暴にされるのも、好き。
 ――そこに、自分がいると、確信できるから。
 自分が無くなりそうな不安を、忘れさせてくれるから。
 いつも無表情で涼しく、私を呼ぶ閣下の声に、胸の奥の熱を感じる、から。

 ――もっと。

 呼んで。

 満たして。

 ――忘れたままで、いさせて――

 
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