ヒロインかもしれない。

深月織

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【結婚式篇】

エピローグ2

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「何を今さら」
「感慨に浸ってるの。ずうぅっとお互いに対象外だった相手と結婚するとか、ちょっと前までのあたしなら、担がれてるのかと思うとこだよ」
 というか、プロポーズだって信じられなくて逃げたし。
 半年前の逃走を思い出したのか、眉をひそめてフミタカさんがあたしの頬を抓る。
「対象外だと思っていたのはお前だけだろ」
「だって、あたしフミタカさんの好みとかけ離れてたじゃんか」
 美人でー、スタイルよくてー、理性的でー、と指折り数えながら彼の恋人の条件を提示してみると、そうだなと悪びれもせず肯定が返ってくる。
 正直すぎるだろうと背中を拳骨で叩いた。
「――だが、一生側にいて離したくないと思ったのはお前だけだぞ」
 グーしたままの手を握り、鼻先に軽いキス。
 甘いこと言って懐柔しようとしても、そうはいかないんだからねっ。
 ムッと尖らせた唇にも、口づけを落として。
「そういう鈴鹿の“好みのタイプ”は聞いたことがなかったな?」
 言ってみろ、とニヤリ笑う。
 ぎえー、ヤブヘビだっ。
「いや特に。考えたことなかったし? 選り好みできるほどの者でもありませんし?」
 ジリジリと後退りして逃げようとするものの、フミタカさんの腕は簡単にあたしの腰を捕まえて、逃げないように膝に乗せられた。
「好みがないということは好きになった俺がタイプということだな」
「なんでそうなるかな!?」
 フミタカさんレベルが普通にタイプって、高望み過ぎるでしょ!
 満足げに頷いているフミタカさんの背中をもう一回叩いて、否定の意を示すも、構うようなひとではなかった。
 そういうことにしとけ、なんて嘯いてキスが深くなる。
「……理想と現実は違うんだよね……違う意味で」
「どういう意味だ」
 全く余裕のフミタカさんは、酸欠でグッタリしたあたしに悪戯のようなキスを繰り返す。
 普通のあたしは、普通のひとと、普通に結婚して、普通の家庭を作るんだと思っていた。
 こんな、一般的にハイレベルなひとと、愛し合って、玉の輿ともいえる結婚をするなんてこと、夢見がちで現実が見えていない少女のころはいざ知らず、本気で叶うとも思っていなかったのに。
 いずれ会社の頂点に立つひとの奥さんですよ。イケメンハイスペックな旦那様ですよ。呆れるくらいあたしにベタ甘ですよ!
 あたしにしてみれば、理想が普通で現実が普通じゃなかったってことになるのかな。
 もちろん現状に文句があるわけじゃない。全然ない。そんな贅沢言ったらバチ当たる。
 まあ、ちょっとときどき遠い目になっちゃうこともあるけれど。
 普通とか普通じゃないとか全部放り投げて、残るのは、想っているひとに想われている、幸せ。
 でも、自分が幸せだな~って能天気に思う反面、ちゃんとフミタカさんもそう感じてくれているかなって、ふと弱気の虫に付かれるんだ。
 愛されている分、ちゃんと返せてる?
「フミタカさん」
 しっかり抱き込まれていた身体を離して、眼鏡を外した彼の顔を覗き込む。
 出会った当時は、この顔に密かにドキドキしていたものだけど、慣れちゃったのかな。
 ううん、顔そのものよりも、愛撫を中断された形になった不満そうな眉間の皺とか、眇めた眼差しとか、キスを返すと緩む表情とか――そちらのほうに、ときめくようになったんだ。
 あたしがすることに反応してくれる全てが愛しいの。
「すず?」
 検分するように見ていたことがバレたのだろうか、問い質すような声音に一つ瞬きして、あたしは口を開いた。
「フミタカさん、幸せ?」
 唐突な質問に、フミタカさんの目が見張られる。
「――お前は?」
「ちょお幸せ」
 あたしのおバカっぽい答えに目元を和ませて、笑う。
「なら、俺もだ」
 こちらに追従するような言い方はズルイと思うのよ?

 ナイティに手をかけたフミタカさんが脱がせにくいな、と文句を言う。
 さっきはニヤニヤしてたくせに。
 伸びない素材だからね! おしゃれ重視っぽいからね!
 着たままするかとかふざけたことを言う彼をペチリと叩いて、自分でも身体を捻ったりして協力する。
 脱がされるたびにワーキャー言っていたのに、あたしも成長したものよ……いや、教育されたのか?
「お前、こういうときに余所事考えるの、変わらんな」
 集中しろ、と唇を食まれる。
 余所事考えるのも照れ隠しの一貫だと思ってよ。
 視線を向けられるだけで熱が上がってくるの。
 輪郭を辿るような目線に、触れられていなくても感じてしまう。
 慣れたといっても、フミタカさんの眼差しは充分凶器にもなり得るってこと、自覚していてほしい。
 ゆるゆると肌の表面を撫でる手の動きに、無意識に力んでいた身体の力が抜けていく。同時に、別のところから沸き上がるもの。
 されるままだったはじめてのときとは違って、応えることも覚えたのに、いつまでたっても、フミタカさんが優位には代わりないんだろうな。ほんの少しの悔しさを滲ませて、あたしは滑り込んでくる舌を噛んだ。
 こんなちょっとした反抗も、彼にとっては子猫のパンチほどの痛みもなく、逆にお仕置きされてしまうわけで。
 汗の浮いた胸元を唇が滑って、ふくらみを食みながら色づいた頂きを舌先でくすぐってくる。もう片方の乳房は大きな手のひらに包まれ、柔い刺激を与えられる。
 息が弾む。
 もう少し、もうちょっと強い痛みがほしいのに、与えられず、もがいて足でシーツを掻いた。
 こちらから欲しいと言わせるために、ゆっくりと官能を高めて、フミタカさんはあたしを焦らす。
 その余裕がカチンと来るんだってば。
 悪い癖だと理解しながらも、むくむくと盛り上がってきた負けん気に逆らわず、あたしは反抗を開始した。
 足にちょうど当たった彼の熱を膝頭で刺激して、両手で胸のあたりにある頭を抱き抱える。むぎゅっと胸に押しつけるように。
 巨乳には全然足りないボリュームでもそれなりに顔を挟むことくらいできますもの~。
 くぐもった文句が聞こえたが無視だ。
 ――あっ、なんか不穏な気配!
「いたっ」
 がぶりと肉を噛まれて声をあげた。ぎゅっと強く吸われて、鬱血ができたと思われる痛みに、フミタカさんの髪を引っ張る。
 顔を上げたフミタカさんが物騒な笑みを見せる。
「……イタズラしてる余裕があるなら、たっぷり可愛がってやろうな?」
 ぎょえー。
 結構です、というあたしの拒否の言葉は、口腔に突っ込まれた彼の指に阻まれた。
 指の腹がぬるりと舌を滑る。指がキスのときと同じ動きを見せて、口の中を捏ねたかと思うと、もう片方の手が腰を撫でて下肢に移り、内股に差し込まれる。
 濡れが足りないとか余計なこと言わなくていいからー!
 いっぺんは卑怯だと思うの! 体格差をこんなときに利用しないでほしいの! 経験値が尋常でなくあるのはわかってるから、その手腕をおおいに発揮しないでください!
 と、心の中では盛大に喚いていても、実際のあたしは言葉にならない声を上げ、首を振るだけ。
 唇と、弱い胸の先と、足の間に執拗な愛撫を施され、呼吸が苦しくなるまで責められる。
「……あっ、っあ、だめ、それ、やっ……」
 散々になぶられ痺れた舌で、呂律の回らない拒否の言葉を紡ぐ。
 もちろんフミタカさんがあたしの言うことなど聞くわけもない。
 下腹部に頭を埋めたかと思うと、中を掻き乱す指はそのままに、腫れて敏感になった粒に舌先を這わせてくる。
 小さなところに与えられる小さな刺激なのに、全身に電気が走ったようにあたしの体は跳ねた。
 気持ちいいか、なんて訊かれても答えられない。
 自分でもわかるくらい熱をはらんで潤んだ襞を舐められて、弄られて、根を上げて泣き出すまで『可愛がられ』る。
 た、たまには有言不実行でもいいんだよぅ……!
「うぅ……フミタカさんの、ヘンタイ……」
 ゼイゼイとこっちは息も絶え絶えだというのに、準備運動が終わったくらいの熱っぽさを保ったフミタカさんが「お前体力落ちた?」などとムカツクことを言う。
 オッサンのくせにフミタカさんが体力ありすぎるんだよ!
「いや、確かに肉が落ちてる」
「わあっ」
 このへんとか、と脇腹を握られ声を上げた。
「痩せたとか言って!」
 ぼやーんとしていた肉付きが、曲線がくっきりするほど引き締まって見えるようになったのは、結婚前エステのお陰だ。
 特にダイエットをした覚えもないので、たぶんそう。
「いや、痩せたとかじゃないだろ、この減り方は」
 コロリと俯せに返されて、やっぱり減ってるとあちこちを撫で回される。
 ちょっと、もぅ、敏感になってるからあんまり触らな……
「……っひゃう!?」
 持ち上げられたお尻に、歯が当たる。
 誰の? なんて決まってるし、っていうか噛むなー!
 ジタバタするあたしを押さえつけて喉を鳴らしたフミタカさんが、後ろから身体を重ねてくる。
「俺はもうちょいポヨっとしてるほうが好み」
「し、失礼だしっ……!」
 せっかく育てた胸も減ってないかと掴まれて、揉みしだかれた。特に技巧を凝らされたわけでもないのに、頭がぼうっとして、なすがまま。
 赤く主張してる尖りを抓まれ弾かれて、そのたびに震えて泉が溢れる。
「っぁ、も、う……っ」
「うん、欲しいか?」
 水音が溢れる入り口の弱いところを捏ねながら、フミタカさんが、そそのかす。
 きゅうっと痛む奥が切なくて、あたしがそうなってることもわかっているくせに、まだ言わせようとするフミタカさんをぼやけた視界で睨みつけた。
 くつりと笑って、体を起こした彼は、あたしを引き上げると膝に乗せて、腰と腰を密着させてくる。
 熱い昂りが肝心なところを外して擦れて、焦れったい。
「フミ、タカさ、ん……っ」
 身体を捩る。
 自分で足を広げて、招き入れているなんて意識してなかった。
 力の入らない腕を、彼の首に回すのが精一杯。
 肌を擦りよせて、名前を呼びながらいやいやと頭を振ってぐずるあたしに、フミタカさんが「この小悪魔」、と呟く。
「あぁっ」
 いっぱいにされる。
 待ち焦がれていたものを受け入れて、喉を喘がせた。
「勝ったー!」と一瞬思ったけど、実際のとこ中にフミタカさんを感じただけでイってしまいそう。
 イきたいけれどもったいなくて、浅く早く呼吸をして、なんとか衝動を逃がした。
 収まりが悪いのか、はたまた他の意図あってか、探るようにフミタカさんは内壁を突いてくる。
 苦しい、けど、同じように息を弾ませているフミタカさんの呼気に、じんわりとした喜びを覚える。
 はじめての夜も、思ったなぁ。
 好きな人が、あたしの身体で、熱くなってくれている。
 女としての幸せ。
「ん、フミタカさん、違うの、ここ……」
 ここがいいの、とあたしは自分から腰を動かす。
 いいところに当たりそうで当たらないんだもの。わざとだろうけれど、散々弄ばれていたあたしは、もう我慢できなかった。
 もっと動いて、とおねだりする。
 もっともっと、気持ちいいことが欲しい。
 フミタカさんが、欲しい。
「お前な……、さっきはあれだけ言わなかったくせに……っ」
 堪えるように息を詰めた彼が、あたしの身体を倒して、深く穿ってくる。
 深く深く、あたし自身も知らないところまで、その先に。
 彼を飲み込んで、彼を受け止める。
「……手、ぎゅってして……っ、一緒、に」
 あたしのお願いに、指が絡められる。
 右手と左手、お互いのそれぞれにはまった指輪で、繋がって。
 ずっと一緒にいる約束を、もう一度誓う。

 全部お前のだ、ってフミタカさんが言ったから、あたしも、全部フミタカさんのものだよ、とささやいた。




結婚式篇・了
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