ヒロインかもしれない。

深月織

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【結婚式篇】

      ◆憧憬/友人令嬢

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 新婦のお色直しの二着目は、アクアグリーンを基調にアイスブルーのチュールレースをふんだんにあしらったAラインドレスだった。ところどころに使われている黄色やオレンジがいいアクセントになっている。
 胸元に大輪の花のコサージュ。胴は細いリボンを幾重にも巻いて引き締められ、腰から下は自然な流れで何層にも重ねられ襞を寄せられたフリルが流れる。
 琴理はドレス姿の鈴鹿を見つめ、ウットリと吐息をこぼした。
 先ほどのピンクのドレスもとても似合っていたけれど、これも素敵だ。
 小柄な鈴鹿があんな風に飾り立てられると、本当にお人形さんのようで可愛らしい。
 もちろん彼女が可愛らしいで済まされない、逞しくカッコイイ女性だとわかっているけれど――
 機嫌よく新郎新婦を眺めていた大伯父を、琴理は振り返った。
「後であのお写真いただけるかしら? ねえ、おじい様」
「本当に可愛いねえ。お前もウェディングドレスを着たくならないかい?」
「やだ、おじい様。そりゃあ、いつかはって思いますけれど、一人じゃウェディングドレスは着られませんもの」
 そう言いつつも、琴理の脳裏には自分だったらこんな感じの、といったドレスが浮かぶ。
(私なら、フンワリしたものより、ちょっと張りのある生地で……デザインはシンプルで……)
 想像のウェディングドレスを纏った琴理の隣を歩く誰かが、ふっとこちらを見つめる――
(違ーう! 違いますっ! あんな慇懃無礼男は断じて違いますっ!)
 百面相の末、真っ赤な顔でぶるぶると頭を振る琴理を、朝倉はおかしそうに眺めた。
『すっかり手なずけられて……この間まで彼女のこと〝性悪の悪女〟なんて陰口叩いていたのを忘れたんですか』
 鈴鹿とメールをやり取りするようになって、うきうきと端末をいじっていた琴理に冷たい一瞥を与えて言った男を思い出し、あんな男とは絶対に隣に並びたくもないと思いを新たにする。
(確かに失礼なことばかりしていたけど、鈴鹿さんは許してくれたものっ)
 先ほど配られたテーブルの上のドラジェを突いて、琴理はツンと唇を尖らせた。

 ――招待客にドラジェサービスをしていた新郎新婦は、琴理たちのところへもやって来た。
 少し逸った足取りの鈴鹿と、それをすぐ傍で見守るような史鷹を見て、琴理は自分がどうして頑なに彼を奪おうとしていたのか、疑問に思う。
 恋をしていると思い込んでいたときと変わらず、彼は素敵な男性だ。そう、まるで画面の向こうの偶像のように。
 彼が鈴鹿を見つめる眼差しは甘くて、こちらまで逆上せてしまいそうになるが、あくまでも「こんな風に愛されてみたいな」という傍観者気分のもの。
 鈴鹿に成り代わりたいと思わないし、代わったとして彼の態度が今と同じになると思えない。
 今まで築きあげた絆の強さがあるからこその、二人だから。
 おめでとうございます、と何度目かになる挨拶を交わして、差し出されたドラジェを受け取る。
「朝倉様、琴理さん。今日はありがとうございます」
「やあ、鈴鹿さんも史鷹君も、改めておめでとう」
「お二人とも、急なご招待でしたのに来ていただいて」
「こちらこそ、いい式に出席できて、寿命が伸びる思いだよ」
 おじい様と呼んではいるが、正しくは琴理の母親の伯父という関係である朝倉は、もともと新婦の鈴鹿と懇意だった。
 早くに鈴鹿から出席の打診をされたときは、健康上や会社関係のややこしい理由により一度は招待を断っていたらしい。が、先日にあった南条家絡みの事件で力を貸した事情や、彼女と親しくなった琴理も共に晴れ姿を是非見てほしいと乞われ、ここにいる。
 高齢の朝倉を気遣い、今日は琴理がお付きの役割だった。
 もと琴理のお目付け役、現朝倉の筆頭秘書の男からは朝倉の側に控える心得を散々に言い聞かされて、耳にタコができる気分を味わった。
 ことさら失礼な真似をしようなどとは思わないが、お目出度い場で鯱張るのもどうだと言いたい。
(おじい様も、鈴鹿さんたちも、ニコニコしているならそれが一番なのに、あの堅物陰険男ったら……)
 つい余計なことを思い出し、ムッとしそうになる口許を抑えた。それこそ不機嫌な顔をするべきではない。気を取り直して、新婦を見上げる。
「綺麗ですっ鈴鹿さん」
「そうー? なんだか自分じゃないみたいなんだけどね、ありがとう」
 はにかんで笑う彼女は、こちらの言葉を社交辞令だと思っているようだ。普段の鈴鹿は飾らない人柄なので、褒め言葉が照れくさいのだろう。
 写真撮りましょうかと同じテーブルの女性が申し出てくれたので、カメラを渡して写してもらう。朝倉と、琴理と鈴鹿とおまけの新郎が収まった画面を見て、にっこりする。
 結婚式に出るのは初めてではないが、義理や家関係のものばかりだったので、純粋にうれしかった。
 最初を考えれば、ここにいることも不思議なのに。
 身を屈めた鈴鹿が、こっそりと耳打ちしてくる。
「彼も招待してあげられなくてごめんね。一緒に居たかったでしょ」
「何の話ですかっ、まったく無用なお気遣いですからっ」
 反射的に否定を返すが、ニヤニヤと笑うばかりできちんと受け取ってもらえない。『うんうんいいんだよわかってるから』と、頷く彼女は、仲が良くなった当初から何故かお目付け役だった男と琴理の仲を勘違いしているのだ。
 どうしたらその誤解を解いてもらえるのだろうか。
 頬を染めて恨めしげに睨んだ琴理に、花嫁らしくないあけっぴろげな笑顔を見せて、鈴鹿は史鷹の隣に戻る。
「あとでブーケプルズするから、琴理さんも参加してね!」
 朝倉に向かって窺うように首を傾げると、頷いてもらえたので琴理は小さく手を振って了解の返事を送った。
 鈴鹿とのやり取りを見ていた朝倉が、琴理に優しいまなざしを送る。
「仲良くなれてよかったねえ」
「鈴鹿さんが、許してくださったから……」
 本当に、どうかしていたと自分でも思うくらい二人に対して失礼な態度を取っていたと思うのに、一度謝っただけで許してもらえたことが不思議でならなかった。
「あの子は鏡だからね」
「鏡、ですか……?」
「好意には好意を、素直に返してくれるよ。琴理さえ間違えなければ、得難い友人になってくれるだろう」
 朝倉の言うことはいつも深くて、時折ちゃんと意味をくみ取れているのか不安になる。忘れないようにしようと琴理は頷いた。
 プログラムは余興に入り、親しい人々や会社関係者のスピーチが終わると、新郎新婦の同期友人たちの人形劇が始まった。
 新郎新婦の様々なシーンを背景に、彼らの今までをコミカルにつづったそれは、改めて二人の絆の強さを窺わせるものだった。そして、友人たちとの結束の固さも。
 新郎新婦はこの余興の内容を知らなかったらしく、楽しむ招待客とは裏腹に頭を抱えて友人たちを睨んでいた。
 それすら楽しそうに受け流した彼らは、二人の怒りなどまったく平気らしい。
 琴理には、あんなふうに遠慮なく接してくれる友人はいない。
 もちろん、友人という存在がいないわけではない。だけれど、本音で話せる相手はいなかった。遠慮が先立ち、隠居したとはいえ、各界に影響を持つ朝倉の縁者という立場が心を開くことを邪魔していた。
 琴理が、自分を出せたのは鈴鹿が初めてなのだ。
 最初の経緯が経緯だったから、今の琴理は鈴鹿に対して外面を取り繕おうとする必要がない。みっともないところを見られているから、格好をつけようと思っても逆に恥ずかしくなる。
 素のままの琴理に笑いかけてくれるから、甘えることができる。
 だがそういった甘えが琴理にあるあいだは、完全に対等な友人と言えないこともわかっていた。
 でも、これからだ。
 琴理が鈴鹿と壁のない友人になりたいと望み、そうなれるように成長すれば、きっと彼女も答えてくれるだろう。
 たぶん、朝倉の言ったことはそういうことだ――。

 新郎新婦の二度目のお色直しが終わり、祝辞が読み終えられると少しの間をとって司会がマイクの前に再び立った。
『ただいまより、新婦から幸せのバトンをお渡ししたいと思います。女性の皆様は、どうぞ中央にお集まりくださいませ』
「ほら、琴理。はじまるようだよ、行っておいで」
 デコレートされたウエディングケーキを味わっていた琴理は、朝倉の促す言葉にハッと顔を上げた。慌てて席を立ち、花道のようになっている真ん中の通路へ向かう。
 友人同士固まる人々の中に一人だけで混じるのは勇気が要ったが、中には気恥ずかしいのか気乗りしない様子の者もいて、琴理はその横からこっそり混じらせてもらうことにした。
 午前中の式の時には定番のブーケトスが行われなかったのは、この披露宴での演出を行うためだったらしい。トスだったら、前へ出ることは出来なかっただろうなと思いながら、新婦の持つブーケの先につながるリボンを選ぶ。
 腕捲りのジェスチャーをした女性が気合の入った声を上げた。
「よっしゃ! 一本釣りね!」
「なんか目的違ってるよ、千葉……」
「リボン絡まってないー? 大丈夫ー?」
 わいわいと一際賑やかなのは新婦の同僚の一団で、遠慮がちなのは学生時代の友人のようだ。しかしどの顔も様々に楽しげで、その先にいる新婦を見つめた。
「それじゃあ皆様、せーので引っ張ってくださいね!」
 すでに花嫁用の猫が剥がれた鈴鹿が、元気にタイミングを促す。
 リボンがたくさん繋がったブーケを高くあげた。
 せぇの、と会場に掛け声が響き――一人の手に、丸い花束が収まる。
「おお……?」
 ブーケを手にして意外そうな呟きを漏らしたのは、先ほど気合いを入れていた女性だった。
 気合いとは裏腹に、本当に自分が手に入れるとは思っていなかったらしい。可愛らしいブーケを前に、困惑した様子が見てとれた。
 どっと笑いが沸き起こる。
「あっはっは! 千葉ちゃん年貢の納め時ってやつだね!」
「諦めて嫁に行けー」
「ほら、相方も待ち構えてるし」
「ええー……」
 ちらりと見やった視線の先に、一人の男性がいた。ブーケを持った彼女を面白そうに眺めて、「どうぞ?」といったふうに両手を広げてみせる。ぶんぶん首を振って後ずさるが、背後に回った友人たちが背を押して近づけようと押し問答を繰り返す。
 彼女の反応と周りの言葉から察するに、交際相手のようだ。
 そんなやり取りも楽しそうで、少しだけ羨みながら、琴理はハズレのリボンを手繰り寄せた。クルクルと丸めていると、輪になった先に何かが結び付けられている。
 なんだろう、と思った琴理の内心の声を聞き付けたわけでもないだろうが、新婦が両手をメガホンの形にして叫ぶ。
「他のひともリボンの先に残念賞が付いていますから、どうぞもらってやってくださいねー!」
 その呼び掛けではじめて気がついたのか、数人が慌てて離していたリボンを取り直して『残念賞』を確認しだした。
 琴理は結び目をほどいて、付けられていた小さな巾着をそっと開けてみる。
 中には花を象ったシルバーのチャームが入っていた。
 そこかしこで「かわいい」とはしゃぐ声が上がる。同意の頷きを一人返しながら、リボンを回収役のスタッフに渡して琴理は席に戻った。
「お帰り」
「外れちゃいました」
 嬉しい残念賞付きだったので、ガッカリもせず笑顔で大伯父に報告する。
 チャームを見せて、また自分も見つめた。
 ペンダントトップにもなりそうだから、家に帰ったら良い鎖がないか探してみよう。なんとなく、持っていればいいことがありそうな気がするから、お守りがわりにしよう、と思いながら自然と唇が笑みの形をつくる。
 ブーケプルズの余韻でざわめく会場を眺めていた朝倉が、そんな琴理に微笑んだ。
「さて、次は琴理の花嫁姿を見るまで元気でいないといけないね」
「気が早いですってば。……お元気ではいていただきたいですけど」
 高砂に座る二人の姿は楽しそうで、幸せそうで、一種の憧れだ。憧れで、あんな風になりたいと思うけれど、それにはまず自分という人間をしっかりと確立する必要がある。
 朝倉の縁者でもなく、上原の令嬢でもなく、上原琴理にならなくては。
 誰かに恋をしたり、まして結婚など、早い。
 二十をとうに過ぎて、気づくのが遅いと誰かには言われそうだが。
 いつかは彼女にふさわしい友人になりたい。
 自分が花嫁になるのは、そのあと。
 そんなふうに思える今の自分が、琴理は新鮮で楽しかった。
 そんな彼女に目を細めながら「ちょっと発破をかけるべきかねぇ」と謎の言葉を漏らす朝倉に、琴理は首を傾げた。
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