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【結婚式篇】
プログラムⅧ◆余興/同期有志
しおりを挟む取引先からの祝福の言葉、新婦の幼馴染みたちによる合奏、新郎友人のスピーチを経て、トリを努める同期有志一同が進み出た。
何やら黒い布を被った数人と、プロジェクターをセッティングする神代に、鈴鹿と史鷹は首を傾げる。
予定では、歌の余興のはずだがどうも様子が違う。
さてはサプライズか、と身構える間もなく、神代がマイクのスイッチを入れた。
ムーディーな音楽と共に照明が落とされ、スクリーンに午前中の結婚式の写真が移し出される。
ババーンとファンファーレが鳴り響き、題名がデカデカと浮かび上がった。
《~史鷹&鈴鹿・愛の劇場~》
「ちょ!?」
仰天した声を上げる新婦と咳き込む新郎をよそに、神代がシナリオを捲った。
『――新郎と新婦が出逢ったのは、七年前の春、まだ新婦が初々しいセーラー服姿の頃でした』
カシャリと音がして、目の前のスクリーンに紺色のセーラー服、お下げ髪の鈴鹿が映る。
新婦席から妙な声が漏れたが、ストーリーは続く。
『一方新郎は大学卒業後勤めていた会社を退職し、現在の義父でもある伯父が経営する来生商事に入社する準備中でした』
今度は面差しに若さを残した史鷹が映った。
『おつかいは済んだか、中坊』
『中学生じゃなーい!』
スクリーンの下方で、二人を模したパペットがチョコマカと動き、作り声で台詞が当てられる。
『同期入社の二人は、こうして出会い、想いを深めていったのです――』
説明口調な重々しいナレーションと相反するコミカルな動きのパペットが物真似声と共にキャアキャア騒ぎながら、新郎新婦の出会いから結婚までの歴史を語る。
同期有志による余興に、新郎新婦以外のものは盛り上がり、当人たちは頭を抱えたり耳を塞いだりと苦悩していた。
「やめてええええ! なんなのこの羞恥プレイ!」
「……なんかコソコソやってるなーと思ったんだよ……」
史鷹は、シレッとした顔で台本を読み上げる男を睨むが、神代は全く意に介さない。
二人の馴れ初めを知る者は笑いをこらえ、知らない者は興味深げに劇を眺める。
ストーリーは事実を含みつつ脚色まみれに進み、パペット史鷹が追っかけっこの末にスライディングタックルでパペット鈴鹿を捕まえて、プロポーズする場面で幕が下りた。
拍手喝采を浴びて観客に向かって一礼する仲間たちを、新郎新婦は恨めしく見つめる。
写真と人形劇を組み合わせた余興に、「なんという芸達者!」と褒め称えたいところだが、いかんせん自分たちの話だ。
半分以上演出が含まれているとはいえ、たまに混じるリアルがとてつもないダメージを二人に与えていた。
ちなみに嫌がれば嫌がるほど、劇が真実味を持って他者に受け取られることに二人はまだ気づいていない。
「勘弁してえええ……」
「あの演出じゃ俺が単なるロリコンみたいじゃねぇか……」
込み上げる笑みが押さえきれないといった様子の演者が、高砂の二人に恭しく新郎新婦パペットを捧げる。
バラバラと鳴る拍手が再び大きくなり、目の前にぐんにゃりと座った自分たちの人形を、なんとも言えない顔で見つめた二人は、それぞれの手にはめた。
そうして立ち上がり、皆様の期待に応えるべく人形同士に誓いの頭突きをさせながら、やけくそ気味の「ありがとうごさいました!」を叫んだのだった。
『――ここでしばらくの間、新郎新婦はお色直しのため席を中座されます。みなさま、あたたかい拍手でお見送りください』
パペットをつけたまま手を繋ぎ、どことなくふらふらした足取りで新郎新婦が退出のため席を立つ。
拍手の合間に笑いが含まれているのは気のせいではないだろう。
『新郎新婦を待つ間、本日の午前に行われました結婚式の映像をご覧くださいませ』
(みどりちゃんてば知ってたなら教えてくれたって……)
涼しげな友人の声に送られて退場した鈴鹿は、閉まった扉をジトリと睨んだ。
頭の上で吐かれた史鷹の嘆息に同意のまなざしを返して唇をとがらせる。
「もおぉ、しばらく取引先の人たちにからかわれるよぅ~」
「なんかスッゲエ生暖かい目で見られた気がするんだが……」
「みんなもあんなところでコンペの成果を見せなくていいのにっ!」
躁鬱な新郎新婦を苦笑いしながらスタッフが宥めていると、難しい顔をした筧がやって来て、「ちょっといいか」と手をあげた。
隣には山と積まれた祝電を持ついち子がいる。
彼女も困ったように眉を下げていた。
◆楽屋裏
【 ――ご結婚おめでとうございます。お二人の輝かしい門出を祝福し、前途ますますのご多幸と御家族皆様方のご隆盛をお祈り申し上げます―― 】
「……南条歴」
式場に届いた祝電の一つを前に、ピリピリした表情のフミタカさんに、あたしは遠い目であらぬ方向を眺める。次の進行の確認に来たみどりちゃんは興味無さげ。
困惑した筧さんが、フミタカさんを窺うように訊ねた。
「俺の一存で廃棄するわけにもいかんからな。……どうする?」
「燃やせ」
「いやいやフミタカさん、一応、お祝いだからさ」
「呪いの間違いだろ。せっかくのめでたい日に水差しやがって……」
まともに見たくもないと、フミタカさんは祝電を取り上げてゴミ箱に叩き込んだ。
ああもう。
子どもね、と肩をすくめて呟いたみどりちゃんに同意だ。
本当に南条家がからむと大人げないんだから。
「早く着替えないと時間が押すぞ」
なかったことにしたいらしいフミタカさんの脇を通り過ぎ、あたしはゴミ箱から捨てられた祝電を拾い、埃を払った。いや、ホントは埃ついてなかったけど気分ね、気分。
「すず」
低くあたしに呼び掛けてくる不機嫌なフミタカさんに、首を振る。
「祝いでも呪いでもほっとくと、余計祟られそうでしょ。読み上げないから。筧さん、コレあたしの荷物に入れといてください」
「ああ。……いいのか?」
プイッと顔を背けて不満を示す彼を気にした筧さんに訊かれて、あたしは頷いた。
無視しても無視しなくても厄介だとわかってるんだから、当たり障りないほうをあたしは取りますよ。
残りの祝電をみどりちゃんに手渡し、着付けに入る。
後日お礼状でも送ってお茶を濁すしかないなー。
というか、南条氏ってば絶対フミタカさんのこの反応見越して、電報打ってきてるよねえ。
愉快犯? 意外と構いたがりなのか。
ご機嫌とらなくちゃいけないあたしが苦労するんだよ、もう。
着替え終わっても、フミタカさんの仏頂面は治ってなかった。
あたしが目の前でくるくる回って見せても、ちっともこっちを見やしない。
ふてくされた子どもみたいな態度じゃ、渋いダークグレーのフロックコートが台無しだ。
ムッと眉を寄せたあたしは、フミタカさんの頬を両手で挟み込んだ。
「旦那さん! 可愛い嫁放っといていつまでも根暗い顔するならあたしにも考えがあるよ!」
ぶに、と頬肉を寄せて変顔させると、うっとおしそうに手を払われる。
「……なんだ考えって」
お前の考えなんてろくなものじゃないだろう、と冷めた眼差しを寄越したフミタカさんに、胸を張って言ってやった。
「妻を蔑ろにするようなら、実家に帰らせていただきます!」
この場合、木内家でも来生家でもどっちでも可だ。
この件に関しては両親ズはあたしの味方だろうからね!
エヘンと鼻息荒く宣言すると、フミタカさんは疲れたようなため息を溢した。
「お前それは卑怯だろ……」
「なに言ってんの。ちっちぇこと気にしてめでたい日に水差してんのはどっちだっつうの」
眉間のシワに指を突きつけてグリグリしてみる。
その手を掴んだフミタカさんは、反抗を諦めたのか天を仰いだ。
「……俺だな」
「そうだよ」
それこそあっちの思うツボだというのに。
縁は切った、関係ないって言って、一番意識しているのはフミタカさんなんだよね。
隙を突かれないために警戒するのはいいけれど、余裕をなくしちゃ元も子もない。
あっちのジャブくらい軽く笑ってかわせるくらいじゃなきゃ、いつまでたっても南条父に玩ばれるだけだ。
「……お前、ほんっとうに図太くなったよな……」
悲しげに呟かないでください。
誰のせいだっつうの。
「まだ本人が乗り込んでこないだけマシじゃない。今のところ手出しはしないって意思表示だと思うんだけど?」
「今のところ、な」
苦虫を噛み潰すフミタカさんの頬をもう一回挟んで、「あっちが舐めてくれているうちに、力をつければいいでしょ」と諭す。
しみじみと見返された。
「鈴鹿、お前ホントに逞しくなりすぎ……。ちょっとは俺が守る余地も残しておいてくれよ」
フミタカさんがヘタレを治せば問題はないと思うの。
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