ヒロインかもしれない。

深月織

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【結婚式篇】

プログラムⅥ◆お色直し中/彼と彼女のオハナシアイ

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 史鷹が控室に出向くと、ちょうど鈴鹿のヘアセットが終わったところだった。
 支度の済んだ鈴鹿は、新婦のドレスカラーと同じ色にネクタイとチーフを替えた史鷹をチラチラ見てはそっぽを向く。
 あれこれと揉めてようやく決まったドレスを鏡に映し、にらめっこしながら、胸元を触ったりフリルを弄ったりと落ち着きがない。
「お似合いですよ」というスタッフの誉め言葉もいまいち信用できないらしい。お世辞に決まってるとか思っている顔だ。
 確かに否定の言葉など言えないだろうが、それ以前に似合わない物を史鷹が着させるわけはないと理解していないのだろうか。
(もっと誉め言葉に慣れさせておくべきだったか?)と思うものの、元からこちらの「可愛い」を額面通りに受け取れない性格だったと思い出し、苦笑する。
 自分に対する「可愛い」は、イコール「子どもっぽい」だと思い込んでいるのだ。
 ずっと言い続ければいつかは素直に微笑むだろうか。
「俺と茜ちゃんの目に狂いはないな」
 デコレーションができあがった鈴鹿を眺め回して頷いていると、当の花嫁はぎゅっと顔をしかめて唇を尖らせた。
「フミタカさんたちの言葉は贔屓目が過ぎて信用できないし」
 ほらこれだ。
「会場に入ったら○×まるばつアンケートでも取るか?」
「主役に対してそう思ったとしてもバツつける人なんていないよ!」
 キィッと噛みつく鈴鹿の手をとって、史鷹は手首の内側に口付けた。
 唇や他にもしてやりたいところだったが、今はお預け。
「めちゃくちゃ可愛い。脱がせたい」
 ささやきに顔を真っ赤にした鈴鹿は、なんでそうなる、と怒鳴りたいが怒鳴れずに口を開閉する。
 史鷹は満足した。とてもよくこちらの気持ちが伝わったらしい。
 見ざる聞かざるを保ったスタッフからドルチェの入った籠を受け取り、鈴鹿の手を引く。
「……フミタカさんのヘンタイロリコン……」
 赤面したままブツブツと悪態をついている鈴鹿に、「そういえば」と史鷹はつとめて明るい声を上げた。
「――さっきお前の仲良しらしいオトモダチに囲まれてな。なんだかどこかで見たことがある女性ばかりで、世間は狭いなーと思ったんだが」
 ギクリと鈴鹿の肩が強張る。
「一体いつの間にあんなお姉さんたちと知り合っていたのか、是非とも聞かせてもらいたいなぁ?」
 よそを向く頬を摘まんで、顔を覗き込む。往生際悪く視線を合わせようとしない鈴鹿に、「心臓止めるつもりかと思ったわ」とぼやいてみせる。
 不服そうに唇を結んだ鈴鹿は、しぶしぶ非を認めた。
「……内緒にしてたのは悪かったよ。フミタカさんは嫌がると思ったし」
「思ったのに、どうして呼んだ? さすがにちょっと気まずいぞ」
 当時は鈴鹿のことをなんとも想っていなかったと思い込んでいた故の放蕩だったし、どんな関係を結んでいたか知られていることも承知している。
 しかし披露宴に昔の恋人を招待するなど、とんだマナー違反だ。
「うん、ごめん。でも、ちゃんと彼女たちにも見届けて欲しかったんだ」
 鈴鹿も単なる悪ふざけで、彼の昔の恋人を呼んだわけじゃない。
「割り切った仲だっていっても、接すればそこに何かしらの感情は生まれるでしょう? 別れたあとも、彼女たちがフミタカさんを気がかりに思って、あたしと繋がりを持ったのがいい証拠」
 あのときの鈴鹿は、彼女たちがどうして自分に声をかけてきたのかわからなかったけれど。
 史鷹の隠れた想いを察していたというのが理由なら、推測できることがある。
 たぶん、試されていた。
 鈴鹿が史鷹に見合う者か。
 その一方で、二人の行く末を見守っていてもくれた。
 どちらの考えも根本にあるのは、史鷹に対する想い。
 一度は恋人だった男が、幸せになれるか、または虚しさを抱えたまま生きるかどうか――
「だから、フミタカさんはあたしが幸せにするから、もう大丈夫だよってところを見て欲しかったの」
「……俺が彼女たちといい加減な関係を結んでいたことを責めたいか?」
「あたしと付き合う以前のことは仕方ないよ。……ううん、そうなのかも」
 史鷹の問いかけに頭を振りかけ、首を傾げた。
 恋愛ではないと、史鷹も彼女たちも言う。
 史鷹と彼女たちの間にあったのが、ただの性愛なら鈴鹿は気にしなかった。
 そこに心はないから。
 だが、史鷹のことを気遣い、想い人と思われる鈴鹿にコンタクトを取り、友好関係を築いた彼女たちにあるのは、愛情だ。
 あからさまに、史鷹の様子を訊ねられることはなかった。
 世間話のついでにふと漏らした彼の近況を耳にして、どこか安堵するように微笑む、それくらいだった。だからなおさら、気にかけているのだと感じた。
 笑みを交わす彼女たちの間の連帯感。
 そのころ史鷹とはただの同期だっただけの自分にはわからない、彼の恋人だったことがある人たちが持つ、絆のようなもの。
 その中には入れないことが寂しかった。
「みんなに安心して欲しかったの。でも、見せつけたいって気持ちもあった、のかな……」
 過去に彼との時間を過ごした女性たちに、自分たちの幸せを見せつけたかった、なんて。
 今さら気付いた無意識の対抗心に、鈴鹿は目を伏せた。
(我ながら心狭いなぁ)
 彼女たちから聞く史鷹の姿は、『いつも隙のない男』だった。
 確かにそういう面もあると知っていたけれど、鈴鹿の前での史鷹は違うから。
 当たり前だけれど、自分の知らない史鷹がいる。鈴鹿に見せない顔を見ていた者がいる。それが悔しかった。
 黙って鈴鹿の言い分を聞いていた史鷹は、目を瞬く。
「なあ鈴鹿。それってヤキモチか」
「……だったらなに」
 何やら楽しそうな花婿の声音に、鈴鹿はムッと眉を寄せた。
 史鷹の想いは自分のもとにあって、揺らぐことはない。
 だから、この嫉妬は意味のないものだ。
 そんなことはよくわかっている。
 わかっているけれど、モヤモヤするものはするのだ。
 よりにもよってその原因に楽しまれる覚えはない。
 花嫁に下から睨み付けられたというのに、花婿の気分は上向く。
「そうか。昔のこととはいえ、妬いてももらえないのかと拗ねるところだったぞ」
「……ナニそれ」
 ヤキモチなんて焼きたくなかった鈴鹿は、史鷹の言葉に怒っていいのか呆れていいのか迷う。
「心が広すぎる嫁さんだと、今まで情けないことばかりしていた旦那は不安になるんだよ」
 中途半端に身体と情を重ねて、自分だけ綺麗に別れたつもりで、彼女たちの内に心配という未練の欠片を残した。
 史鷹という影を残したままでは、彼女たちとて自らの幸せを追いきれない。
 だから、却って良い機会だろう。
 レースの手袋に包まれた鈴鹿の手を取って、ふと唇に笑みを刻む。
「こうなったら、彼女たちが呆れるくらい目一杯幸せだってところ見せて、心配無用だって理解してもらおうか」
「バカ夫婦宣言!?」
 何かを開き直った史鷹の表情に、鈴鹿は思わず戦(おのの)いた。
『――新郎新婦がお色直しをすまされまして、ご入場されます。皆様盛大な拍手でもって、お迎え下さいませ』
 体勢を整える間もなく、アナウンスとBGMに合わせて扉が開く。
 招待客は、蕩けるような笑みを浮かべた新郎に腰をガッチリ捕まえられ、ひきつった笑いを貼り付かせた新婦を目にしたのだった。
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