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【結婚式篇】
プログラムⅤ◆歓談/新郎友人
しおりを挟む『これより歓談の時間となりますので、ごゆっくりお楽しみください』
落ち着いた通りのよい女性の声がそう告げて、会場はリラックスしたムードになった。
静かに会話を重ねる声や、食器が触れ合う音があちらこちらで起こる。和やかな雰囲気の中、彼らも、ひとまず運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。
新郎新婦のもとへ向かったり、各テーブルの知人たちと挨拶を交わす人々の気配を感じつつも、錦野は美しく盛られた料理に対しカトラリーを動かすことに専念する。間違っても、高砂の二人を視界には入れないように気をつけて――
「おお、すげえな嫁ちゃん、挨拶の合間に根性で食事決行してやがる」
「見事な早食い……」
「ガッついてるように見えないのがさらにすげぇ」
「それにしても幸せそうに食うなー。目ぇキラキラさせちゃって……」
同じテーブルに着いている友人たちの会話が嫌でも耳に入ってくるが、聞かないふりを貫き、目の前の《なんとか魚のなんとか・なんとか仕立て》に向き合う。
(うん、皮はパリッと身はふっくら、魚本来の甘味を引き立てる薬味に、付け合わせの野菜も素晴らしく旨い。このソースに使われているのは何だろう、コクのあるフルーティな……)
「おい、現実逃避してないで、俺たちもそろそろ顔見せに行くぞ、錦野」
顎をしゃくって平生がそう言い、錦野はビクリと肩を震わせた。腕を叩いて立ち上がるように促す嵯峨に、ぶるぶると首を振ってテーブルにしがみつき、拒否の意を示す。
「嫌だ! あんなキモイ史鷹を間近にしたくねえっ」
婚約者――もう嫁か――と一緒にいるときの彼がどんな様子か、前々から聞いてはいたが、直接見るとその違和感は凄まじい。
そりゃ長い付き合いだ、奴の笑顔を見たことがないとは言わない。
だが、あんな風に甘ったるく誰かに微笑む南条史鷹というものは、錦野の辞書の中には存在していなかった。
正直、ものすごく気持ちが悪い。戦慄を禁じ得ないほどだ。
「俺らの中で、お前が一番あいつと付き合い長いのに、なんでそうなワケ?」
「親友甲斐のないやつだなー」
「付き合いが長いからこそ余計に恐いんだろうが!」
と、言い返した瞬間嵯峨に関節をきめられて、力の抜けた体が操られた。
ヒョイヒョイと軽く要所に触れられるだけで、錦野の身体はギクシャクと勝手に動いて意思に反し立ち上がってしまう。
「う、うおお! バカ嵯峨やめろ!」
「ハイハイ、諦めて現実を直視しようなー」
「嫁ちゃんと出逢い生まれ変わってネジの緩んだ史鷹くんを、みんなで祝おうじゃないか」
仕事柄鍛えている二人に両脇を固められ、インドア派の軟弱な錦野は簡単に引きずられて行く。
ここに筧がいれば、弄られ役は分散されるのだが、本日は裏方に回っているため錦野にその役目が集中しているのだ。
もちろん錦野だって中学以来の腐れ縁を保ち続けている親友の幸せを祝わない理由もない。荒んでいた時期を知るだけに、よかったなと思いもする。
だかしかし、それとこれとは別なのだ。
(緩みきってデレデレの史鷹気持ち悪ィーーー!)
どんな女にも見せなかった柔らかな表情を見て、安心するより寒気がしてしまう自分が悲しい。
にこやかな営業スマイルで会社関係の重役らしき人物と話していた新郎が、こちらを認めてスッと目を細める。
笑っているのに背中に氷をいれられる気分を味合わせる眼差しだ。
そうだ、これだよこれ、間違ってもチョコレートソースの上に生クリーム盛ってキャラメルシロップかけるような目ではない。
皮肉げな笑みに満足を覚える自分が、間違っていることは重々承知の上で錦野は思った。
「よう花婿」
「おめでとうさん」
「お、おう……」
軽い挨拶を口にする嵯峨と平生、引きつった笑いを顔に張り付けた錦野に、新婦の興味津々な瞳が向けられる。
「……イロモノ戦隊……!」
なんだか妙な驚嘆が聞こえたのは気のせいだろうか。クマがいれば完璧なのにー、と謎の言葉を呟く新婦を新郎は呆れた目で一瞥した。
「まあ、なんだ、これがうちの嫁です」
「ご紹介に預かりました嫁です。以後よろしくお頼み申しあげます」
ぴょこんと跳ねるようにお辞儀をした悪友の花嫁に、錦野は唇に笑みを刻む。
なんというか、おかしい具合に息の合ったやり取りで、『ああ、史鷹の嫁さんだ』と納得してしまった。
史鷹と並ぶと対比でさらに小柄に見えるが、対峙してみると負けないくらいのパワーを感じる。
「嵯峨さんはこないだぶりですー。ええっと、平生さんと錦野さんですよね?」
「そっちの派手なのが平生で、普通なのが錦野」
好奇心いっぱいの声で、夫の友人たちを見上げた新婦に、新郎が補足の紹介をする。
彼女は丸い目を瞬かせて、もう一度彼らを眺めると、一つ頷いて「よし覚えた」と一人ごちた。
新婦にあれこれと話しかける嵯峨と平生を眺めていると、「おい」とサックリ刺すような冷めた声が投げ掛けられる。
錦野のよく知る顔をした新郎がこちらを見ていた。
「お前、何ビクビクしてんの?」
「……今日のお前は気持ち悪い……嫁さん溺愛しすぎだろ」
「失礼な奴だなー。溺愛で悪いか」
投げやりに答えつつノロケめいた台詞を吐く悪友に、錦野は身震いした。
「だからそれが気持ち悪いの! そういうこと言う奴じゃなかっただろ! よいか悪いかで言ったらいいことなんだろうけど気持ち悪い!」
「シメるぞ」
以前の史鷹は徹底して割りきった関係ができる女としか付き合ってこなかった。
付き合っている間は、女が望む理想の恋人として振る舞っていたが、それは仮面でしかなく、本当の意味で彼に触れる者はいなかった。
自分たちの前での姿の方が、ずっと素のままだった。
他人を拒む冷たい殻をまとって、コイツは一生作り笑いを貼り付けていくのかと、余計ながらも心配していたのだ。
何を話しているのか、新婦が笑い声を上げる。つられたようにふっとそちらを見やった史鷹が、彼女を視界に納め、瞳を和ませた。
やっぱり気持ち悪い。――でも。
「……史鷹、幸せになれそうか?」
自分の心配なんて、余計なお世話なのだろうが、それでも、なんだかんだと自分たちの大事な友人ということに代わりはない。
幸せに背を向けていた少年時代知っているからこそ――、蛇足とわかりつつも、訊いた。
錦野の問いかけに、史鷹は破顔する。
「アイツが意地でも俺を幸せにしてくれるからな」
こちらを見た新婦が、彼の笑みを認めて、照明が一段階明るくなるような笑顔を弾けさせる。
なんの曇りもない笑顔に、燻っていた不安は消え去る。
そうして、錦野もやっと素直に「おめでとう」を言えたのだった。
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