新婚さんのひとり言

深月織

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新婚さん、修羅場です?(五)

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 金髪の旦那様と、金髪のお姫様と。
 どちらも神様に「贔屓が過ぎるんじゃないの!」と突っ込みを入れたくなる美を与えられた方々だ。
 並んだところはさぞかし絵になるんだろうなー、と僻みでもなく諦めでもなくそう思っていたんだけど。
 実際は、期待していたほどではなかった。はて、どうしてだろう。

 何が目的だったの、と問いたくなるあっさりとした令嬢の退場に、当事者であるにもかかわらず、私は「ええ~っ」とブーイングしたくなった。
 新婚家庭に昔の恋人が現れるとなったら、当然修羅場があるものだとわくわく……もとい、覚悟していた私の立場は! ミロシュ様もスッキリと達観した面持ちで見送ってないで、何かないんですか、ほらほら!
 令嬢との一言二言のやり取りの末、何かを納得した様子の彼をその場に置いて、私は彼女を追いかけた。――追って、何と声をかけるのかも決めないまま。
 馬車に乗り込もうとする彼女を呼び止めようとしたその時。
「お前のせいで台無しだわ」
 苦々しげにぶつけられた敵意が私の足を止めた。
 門から玄関に続く家の前の草木を整えた脇道に、踏ん張るようにして立っていたのは、令嬢の侍女さんだった。
「ミロシュ様はお嬢様と一緒になる方なのに……! どうしてお前のような小娘と結婚されてしまったの」
 ――嫌われているな、と思っていたけれど、理由は予想していたものと少し違った。
 てっきり、私のような平民小娘が姫君と同じ場所の空気吸ってんなよ的な、身分差別だと偏見で思っていたのに、それよりもややこしい感情の事情だったらしい。
 ようするにこの人はお嬢様と我が旦那様との復縁を願っていらっしゃって、なのにお二人が離れられた隙に私のような女と結婚しちゃったとかどうしてくれんのよ、って?
 でも、当のご本人たちは復縁など考えてはいないようだけれど。
 侍女さんは侍女さんで自分の世界に入ってしまわれている。
「あの方にお会いすれば、きっとお嬢様を助けてくださると――」
「……助け? ご令嬢は何かお困りなんですか」
 問い返した私にハッとして侍女さんは唇を噛む。そして、意を決してこちらに顎を突き出した。
 この人もそれなりに上流の方なのだろう、傲慢な仕草がとてもお似合いになる。そんな場合でもないのに、またしても私は見惚れてしまった。すごいわー、めったに経験できないわ―。
 感心している私の表情など気にも留めないのか最初から目に入っていないのか、侍女さんは自分の言いたいことだけ言う。
「今からでもいいわ。お前、ミロシュ様と離縁なさい。どうせさほど考えもせず世俗の習いに従って結婚したのでしょう。あの方だって辺境伯に言われなければお嬢様を裏切るはずはないもの。――ほかの相手でもいいはずよ、なんならわたくしが条件の良い次の相手でも探して差し上げるわ」
 うわあ、この人暴走してるよ。
 主想いが行き過ぎちゃってるのか、鬼気迫る雰囲気で発せられた言い分に私は内心ドン引きした。
 令嬢とミロシュ様の過去のあれこれについては今さら考えても所詮過去のことだし、こっちは今まさに夫婦関係を構築しているところなのだ。令嬢ならいざ知らず、旦那様が私でいいというものを第三者にアレコレ言われたくもない。
 実際には私、昔の女の出現を脳内で茶化していても、それなりにムカッとはしていたらしい。
 出たのは硬い声だった。
「申し訳ありませんが。こちらは簡単に夫を挿げ替えることなどできませんし、したくもありません。旦那様と令嬢と、旦那様と私の関係についてはそれぞれで解決すべきものだと思いますので、ご提案についてはお断り申し上げます」
 あからさまにこっちを下に思ってる相手に強気で煽るのはまずいかな、なんて冷静に考える暇もなく、そう、言い返してしまった。
 案の定、頭に血を上らせた侍女さんは私に向かって一歩踏み出す。
「この、」
 続く言葉はなんだったのか。
「――なにをしているの」
 彼女が口を開くよりも前に、馬車に乗っていたはずの令嬢が、厳しい声音で侍女さんを止めた。
「お嬢様……」
 途端に勢いをなくした彼女は、悔しげに私を一瞥したあと、令嬢を置いて馬車へと走り去る。
 大事なお嬢様、置いて行ってもいいのでしょうかー。
 ちょっとドキドキしてしまった心臓をなだめていると、嘆息した令嬢が私に頭を下げた。わああ、もったいないっ。憂い顔も美しいですー!
「ごめんなさい。やっぱり来るべきじゃなかったわね……」
「えっと、でも、必要なことだったのでしょう?」
 よくわからないけれど、旦那様はすっきりした顔でいらしたし、令嬢も気が済んだように見えたのだ。
 そこにあった二人の年月を感じて、もやっとしなかったと言えば嘘になりますが。それはそれ。
 私の確認に、揺らいだ儚げな瞳が強い意志を宿したものに変わる。
「……そうね、彼が幸せになっているとわかったし、私も負けていられないと、決心できたわ」
 やっぱりよくわからないんだけど、それこそさっき言ったとおり、『旦那様と令嬢との関係についてはそれぞれで解決すべきもの』なのだろう。
 吹っ切るように、令嬢は明るくどこか悪戯っぽく微笑まれた。
「私、来月に嫁ぐの。ちょうどこことは反対側ね。チャデクの領主のもとへ行くのよ」
「え?」
「あちらは随分年上の方ですし、後継もいらっしゃるから……後添えとはいっても気楽なものね。でも、だからかしら。侍女が余計な気をまわして……あなたには理不尽だったわね」
「それで、いいんですか」
 言ってしまったあと後悔した。これ以上余計なことを言わないように手で口元を抑える。
 いいわけがない。でも、どうしようもない。
 旦那様には私がいて、令嬢には貴族のものとしての事情がある。そんなことすべて飲み込んで、もしかしたら、最後と思ってここに来られたのかもしれない。
 いわば、勝った立場の私が訊ねるべきことではなかった。
 気まずい思いが全部私の顔に出てたのか、令嬢はくすりと笑い声を漏らし、「ひとつ聞いてもいいかしら?」と問いを投げられた。

   *****

 令嬢を見送った私は、彼女から聞かされた言葉に悩みつつ家の中へ戻る。廊下でこちらに向かってきたミロシュ様と行き会った。
 のんきな顔をされている(ように見えた)旦那様を、つい詰ってしまう。
 チャデク地方はこの国とは仲の悪い隣国マリスタとの境にある領地だ。そんなところに嫁ぐって、政略丸出しよね? しかもオヤジの後妻さんとかもったいないのよもったいないのよ! つい私にケンカを売ってしまった侍女さんの気持ちがわかるわ。
 昔の恋人が窮地に陥るかもしれないのに旦那様のんきすぎー! 八つ当たりってわかってますよ!
 しかもミロシュ様……知っていたとか、開いた口が塞がらない……!
 恋敵に肩入れする妻の無言の憤慨に困惑した旦那様は、宥めるように私の背に腕を回してきた。
「彼女があちらに行くことは、マリスタと隣国側への偏向が強いチャデクへ牽制の意味も含まれているんです。次期王の従妹姫で、武名で知られたアンブロシュ侯の愛娘が、あの地に縁付くことで無駄な争いを避けられるように」
「でも、でもそれって、危険も同じくらいですよね? ……ミロシュ様は心配じゃないんですか」
 私の疑問にミロシュ様は苦笑する。
「私ごときが心配するなど、失礼ですね。あの方のことだ、数年もたたないうちにあちらの人々を掌握して、逆に乗っ取るくらいのことはしかねませんから」
 確信を持った言葉に、私は別れる間際に見た令嬢の冴えた笑みを思い出した。
 ――難しい立場に置かれることはわかってるの。でも、だからこそ幸せになってみせるわ。
 背筋を伸ばして前を向く、凛とした姿は、仕事に向かうミロシュ様が見せるものに似ていて。
 彼女もまた、闘う人であることを私に教えた。
 並んだ姿に感じた違和感。二人はおとぎ話で語られる、美姫と騎士ではない。戦友なのだろう。
 それが、なんだか悔しかった。
「……ふーん、さっすが、よくおわかりになられているんですねー。結婚まで考えていらしたお相手ですものねー」
 分かり合っちゃって何よ、という不満をつい表に出してしまった私は、またも己の失言を後悔する羽目になる。
 プイとそむけた顔に視線を感じて、チラリと旦那様を見やったならば。
 普段日常でふいに見せる笑みとは種類の違う、満面の笑みをたたえたミロシュ様と目が合う。
 合って、しまった。
「な、なんですか……」
「あなたがあまり平然としているし、彼女の味方のようなことを言うので不安だったのですが」
 背に回されていた腕が、腰に回って向き合う姿勢に変わる。見上げたミロシュ様の顔は、完全に捕食者のそれだった。
 こぼれかけた悲鳴をとっさに飲み込む。
 ちゅ、と唇に軽いキスを落とされる。
 あれ、なんでいつの間になにがどうしてこんな雰囲気になってるんだとハテナが頭の中を乱舞している私をよそに、旦那様の色気たっぷりの声が耳朶をくすぐった。
「ちゃんと悋気してくださっていたんですね。うれしいです」
「は? え、ちが、そーゆーのじゃなくて、ですねっ」
 だめだこの状況で弁明してもただのツンデレ……!
 ウキウキという擬音まで聞こえそうな謎の上機嫌で、ミロシュ様の手がチュニックの帯を解きつつ、スカートの中に侵入する。
「あ、だめ……み、みろしゅさま……っ」
 こんなところで発情しないでー! という私の訴えは最初の部分だけ捉えられたらしい。
 くちづけの合間に「そうですね、寝室に行きましょう」と彼はささやいて、酸欠と愛撫にヘロヘロになった私を抱き上げた。
 その間も、ちゅっちゅと遊ぶように落とされるくちづけ。
 まだ日も落ちていないのに旦那様のこのテンション、私大ピンチ……! やっぱりミロシュ様の体力についていく秘訣を訊いておくんだった……! と思ってもモトカノ様は去ってしまわれたあと。
 赤と青の顔色を行ったり来たりしていた私は、寝室の扉を開けながら旦那様が呟いた「三ヶ月目の呪いなんて私たちには関係ないですよね」という言葉の意味を、とうとう訊ね返すことができなかった、の、だった……。


 了.
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