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新婚さん、修羅場です?(三)
しおりを挟む「ミロシュのやつにはね、今までに結婚を考えた女性が二人いたよ」
結婚式の準備のために、領館に滞在していた私に、ご領主さまが謎めいた笑みを浮かべそう言った。
――君は、大丈夫? と。
*****
旦那様はおっぱい星人なのかしら、どうなのかしら。
このお胸様を崇めていらしたのなら私のおっぱいとは名ばかりの贅肉はいまいちなのではないかしら、どうかしら。当人、よく揉んでくるけどな……!
目の前のお胸様をじいっと見つめて、私は首をかしげた。
「ええっと、それで、主人はまだ帰っておりませんが、お嬢様は私に何の御用でしょう」
うちで一番金銭的に贅沢をした客間にて、私はいわゆる夫の昔の恋人(推定)に問いかける。
お供の侍女どのによるお毒見を済ませられた茶を口にして、「あら、悪くないわね」という表情をしたお胸様もとい令嬢。令嬢って言っても私より年上っぽいですが。
「顔が見たかったの」
ほほう。どうぞこの平凡顔でよろしければご堪能くださいませ。その代わりこちらもじっくりねっちょり観察させていただいてもよろしいでしょうか嫌って言ってもする。こんな違う生き物みたいな別嬪さん、もう見ることもないかもしれないし……!
お貴族様に関わることなんて昔も今もなかったから、受け答えに失礼がないか緊張しつつお茶のお代わりを注ぐ。緊張している割には図太い態度だって? テンパってんだよわかってくれ。
「ご存知かしら? ミロシュは私の恋人だったの」
「はい、まあ、風の噂で貴族のご令嬢とお付き合いされていたことは存じ上げております」
が、それがどこの誰かは知らなかったし、目の前にいらっしゃる『モトカノ』さん(確定)も、どこの誰様だか知らなかったりする。名乗られてないし、聞かないほうがいい気がするのよ。
イヴァさんは、えーとなんだっけ、あ、あんぶろ、しゅ? あんぶなんとか侯が、って言ってたっけ。侯って侯爵? 侯爵家のお姫様かぁ、ここの貴族階級ってどうなってるんだっけ。公が一番上なんだっけ? あと下が子爵で男爵?
――昔の昔、趣味のために調べたこともあったけれど、あの国は貴族制度はとっくの昔に廃止されていたし、それもそもそも他国のものを取り入れた制度だったし、だいたいその国々で意味が違ったし、おまけにファンタジーのなんちゃって貴族が頭の中で混ざっちゃってたし、だいたいこっちでの爵位がどうなってるかなんて私には一生縁がないものだと思っていたから知識を仕入れもしなかったのだ。
今後、旦那様が王宮に直接伺候することはご領主様の様子からしてありえないだろうけれど、そのご領主様に随従して訪れることはあるかもしれない。一応、妻の心得としてお勉強しておいたほうがいいのかも。
あ、ご領主様は辺境伯だそうですよ。……辺境の伯爵って意味じゃないよね……?
頭の中でめまぐるしくいろいろ考えたあげく私の思考が脱線するのはいつものことだ。表には出していないからいいよね!
一見大人しげに続きの言葉を待っている風の私に、令嬢が唇を開く。
「あの人の妻になった者が、どんな女か見てみたかったんだわ」
その呟きは、自分で自分の心を確かめるようなものだった。
空色よりも濃い青の瞳は澄んでいて、その言葉通り、何の裏の意味もなくただ私を「見たかった」のだとわかる。
いくらでも見てくださってかまわないのだが、ええと、ちょっと……美女にじっと見詰められるの照れるわあああ! この方のお顔私好みなんだもん! そんなに見つめないで、恋に落ちちゃう!
美女って、美女とひとくくりに語っても、「そうだねーきれいだねー」って美は認めるけど何も心が動かされない美と、「うっはー! ちょー好み! いいいいいい!」とドンドコ踊りだしたくなる美があるじゃない。この場合、完全に後者だった。
いやだ、旦那様と私の好みかぶってるかも。
それでどうして私でOKだったの、という疑問は強くなるけれど。
「ミロシュは、どうかしら?」
「どう、とは……」
あいまいな令嬢の言葉に、私は先ほど別れた夫の姿を脳裏に思い浮かべた。
隊員さんたちのノリが良かったから、私自身は当初の目的も果たせて満足なんだけど、ミロシュ様を困らせてしまったようだ。内助の功を気取ったのが悪かったのだろうか。
三か月たつのに、まだ旦那様の間合いがわからない。
さておき、この方が聞きたいのはそんなことじゃなくて。
「ええと、お元気です、よ?」
健康状態はいたって上々。しっかり栄養管理してますからね。
夜遅くても朝はきっちりいつもの時間に起床、ってどんな体力してるんだと言いたくなるほどです。
ムズムズとイケナイことを訊ねてしまいそうになる口を、理性の力で押しとどめて閉ざす。
いやあ、公然と「ミロシュ様の体力についていく秘訣ってありますか?」なんて訊けないよー!
一度に何回がデフォ、とか少しでも回数を減らすために手とか口を使うのはアリですか、とか、ビミョーにアノ時言葉攻めされちゃうのは以前からでしたー? とか訊けないでしょー! こんなお姫様にー! 訊きたい! 訊きたいけど! ご本人はともかくキッツイ目でこちらを睨んでいる侍女さんに無礼討ちされそうだ。
令嬢はぐるりと部屋を見回したあと、長椅子(ソファ)の上に乗せたクッションに手を当て、考えこまれる素振りだ。
なにかございましたか! そのパッチワークは自信作なんですが、端切れ縫い合わせとか貧乏くさかったですか!
「辺境伯に娶せられて、婚姻を結んだと聞いたけれど……お前は、あの方をどう思っていて?」
こう訊くということは、令嬢はミロシュ様に未練があるのだろうか。
でも、私から取り返してやるなんていう熱意は感じられない。だいたいそんな気概があるなら、別れていないだろう。
答えに迷ってしまった私に焦れたのか、彼女の目が不審にひそめられる。おっと。
「ええと、大満足の旦那様です。私を尊重してくださいますし、お優しいですし、手がステキだし、カッコイイし、普段はキリッとしていらっしゃるのにふにゃっとされた笑顔もかわいいしご飯もよく食べてくださるし、敬語攻めのフェチはなかったはずなんですけどあれやられちゃうとわけわかんなくなっちゃうのが困りものですね!」
おまけに手とダブルでアレコレされちゃうともうもう好きにして状態に!
答え始めたときは何か痛みをこらえる表情だった令嬢が、呆れた色を乗せて小さく首を振った。あれ。なんかまずかったか。何言った、私。
「――あの人の出自については」
「……孤児ってことですか?」
結婚するときに、ミロシュ様に「こういう育ちですが構いませんか」と、どこか恐れるように告げられた。
実際のところ、それまで彼にさんざん苦汁を舐めさせてきたのだろうと思わせる身の上のことは、申し訳ないけれど、私にはどうでもよかった。
この世界は危険も多くて、今は平和だけれどおじいちゃんの代には国と国との、種族と種族との、人と魔物との、などなど戦争なんて日常だったという。
そんなふうに、命が簡単に失われる世界で、身内を亡くしてしまう状況は多々あると思う。
まあ、ミロシュ様の場合は戦争孤児じゃなくて棄児だってところがネックなんだろうけど。
「んー、捨て子とかひどいなと思いますけれど、でも、人にはそれぞれ事情があるのでしょうし、両親や状況に恵まれた私が何を言っても上からのようだし、言えるのは旦那様頑張ってこられたんだなってことで。幸い旦那様も周囲の方に恵まれて立派に成長されて、巡り巡って私も彼と結婚できましたし、けっかおーらい……じゃなくて、よかったなって」
お陰様で友人にもうらやましがられる美丈夫な夫ですー。
しかし、彼がこれまでの恋人と幸せになれなかったのは、これが原因か。
どうしてこんな優良物件が残ってるんだって思っていたら、そりゃお相手が貴族様じゃ身分差が厳しいよね。私にはラッキーだったけど。
「旦那様はどうお思いか、わかりませんが。私自身は、あの人と一緒になれて幸せだと思っています」
ご領主の紹介だからと、義理で結婚したわけではないことを、この方には――おそらく彼に気持ちを残されているこの女性には、はっきり告げておくべきだと思った私は、一言一言をしっかり見つめて口にした。
ら。
「――俺も、そう思っている」
予期せぬ声に、私も令嬢も一瞬固まる。
いつの間に、いつからいたのか、気配を感じさせずにミロシュ様が扉の前に立っていた。
盗み聞きとは卑怯なり、ですよ、旦那様!
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