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新婚さん、修羅場です?(二)
しおりを挟む本日のバルトニェク騎士団第三隊の任務は、待機。
第一隊が外出した領主の護衛、第二隊が領館付近の警戒、第四、五隊は訓練に街の警邏、そして我が第三隊は不測の事態に備えての隊舎控えだった。
動けないので、待機の日は書類仕事を片付けることにしているのだが、ここ最近すべての案件を先回りで済ませていたため、そうやることはない。
何故か執務室に集まっている数人の部下たちのやかましい会話を聞くとはなしに聞きつつ、ぼんやりと考える。
最近、隊の規律が弛んでいると思うのは、自身の気こそが弛んでいるせいだろうか。どうやら人間は己が幸せだと周囲にも甘くなるらしい。
いかんな、いたって平和だとはいえ、何が起こるかわからないのが人の世の常だ。
「訓練内容を強化するか……」
呟きを拾った部下の一人が叫んだ。
「ちょ、隊長!? ボケーっとしてたかと思ったらなに不穏なこと言ってくれちゃってるんですか!? これ以上しごかれたら俺たち死にますし!」
「大げさな」
泣き言を一蹴して、俺は日程表に手を伸ばす。
「夜間訓練か、外部遠征……」
「本気だ! この人本気だよ! 遠征ってソレ魔物狩りですよね! いやだあああああ延々と魔物はいねーがーって山中うろつきまわるのはいやだああああ―――!!」
「そうか、じゃあ荒野にする」
「意味が違う!?」
「えーと、アタシ、その日生理休暇の予定なんでー」
「おま、都合のいい時だけ女になるな! ずりぃ!」
ぎゃあぎゃあとわめくやかましい馬鹿部下筆頭その一、その二をめぼしい出没地域に放てば、魔物の一匹や二匹や四匹、簡単に引っ張ってこられそうだ。
総団長に許可をもらって――あの人、まさかついてくるとか言い出さないだろうな……。
「あ、あ、そうだよ隊長! 遠征なんて、長期間家を留守にするつもりですか? 奥さんどうするんですか! その間お一人にするつもりですか!」
苦し紛れの言葉に、隊を分けるために名簿を繰っていた手がハッと止まる。
我に返った俺の様子に力を得たのか、馬鹿筆頭その一――ダリミルは机に両腕をついて身を乗り出した。馬鹿に馬鹿その二・イヴァが追従する。
「この街に慣れてきたとはいえ、まだ三か月ですよ? 夫が留守になるなんて心細いんじゃないかなー」
「隊長がご結婚されて三か月、ですか……ちょうど男女の仲が危うくなる時期ですね……」
イヴァの横からぼそりと呟いたヒュージは二度の結婚に失敗している。いずれも、任務で留守にしていたときに嫁がいなくなって――
俺は戦慄した。
仲が危うくなる、とか長期の留守という言葉に、心を脅かされたわけではない。騎士の妻として彼女がちゃんと心得ていてくれているものを、疑ったりしない。
ただ、問題なのは俺が彼女と一日でも離れて平気かということで――
ああ、駄目だ。今すぐ帰って妻の存在を確かめたい。早退しようかな。いや、駄目だ。仕事中だというのにこんなことでは。
ぐっと眉間に力を入れて、気を引き締め直した瞬間、妙に張り切った面持ちの侍従が扉から顔をのぞかせた。
「隊長! 奥様がお見えになられていますよ!」
「えっ」
「隊長の奥さん?」
「どこどこ」
「見たい見せて」
「…………。」
落ち着きをなくした部下どもを踏みつけ乗り越え蹴飛ばして、俺は執務室を出る。
何かの間違いではないのか。今朝家を出るとき、こちらへ来るなどと彼女は言っていなかったと思うのだが。まさか、俺に助けを求める何事かがあったのでは――
果たして、隊舎の表玄関で遠慮がちに佇んでいたのは間違いなく俺の妻だった。
俺を認めて笑顔になる。かわいい。
「――旦那様。お仕事中にごめんなさい」
「アデーラ。何故、ここに?」
驚きのためか自分でも思ってみなかった低い声が出た。
叱責されたと思ったのだろう、アデーラの顔が曇る。
そうじゃない、驚いただけだと言いたかったが、隊舎のあちこちから覗き見る気配が気に障り邪魔をして、機会を逃してしまう。
手にした籠を見せるためか持ち上げて、アデーラは訪問の理由を俺に告げた。
――結婚の経過報告だか何だか知らないが、奴らに妻の作ったものを食べさせるなどもったいなさすぎる。ありがたみのわからない奴らばかりだというのに。
俺の渋面はさらに彼女に誤解を招いたらしい。どんどん頭が下がって、気落ちした姿を見せる妻に、俺は慌てた。慌てすぎて言葉が出てこない。
「……うわー、いくらニヤけた顔俺らに見せたくないからって、ねーよなー」
「あれじゃ―奥様かわいそうだろう」
「横暴亭主」
「やばいんじゃ」
「女性の忍耐はある日突然許容量を越して爆発しますから……あれで減点数が一つたまりましたね……」
「経験談なの? ヒュージさん」
フフフ、と虚ろな男の忍び笑いに俺は固まった。覗き見している馬鹿どもが怖(こえ)ーやべーと騒ぐものだから、ますます――待て、アデーラは何と言った?
婚家で無事三か月を過ごした、祝いにと――
三か月。
――ち ょ う ど 男 女 の 仲 が 危 う く な る 時 期 で す ね――
先ほど聞いた不吉な部下の発言が、俺の思考を止める。
お仕事の邪魔をしてごめんなさい、としおれた声でささやいて、アデーラが背中を向けた。俺に、背中を。
「待っ」
「何やってんですか隊長、ようこそいらっしゃいませ奥さまー!」
「さささ、むさ苦しいところですが奥へどうぞどうぞ!」
呼び止めようとした俺を押し退けて、やかましい部下筆頭その一と二がアデーラを捕獲する。どさくさに紛れて肘を入れやがったのはどっちだ。
急所に入った衝撃をこらえる俺を置き去りに、調子よく彼女を隊舎の中に招き入れると、奴らは隊員たちが集う食堂に連れて行ってしまう。
おい。おいこら。
荒っぽいうちの連中などに妻を近づけたくなかった俺は、焦ってその後を追う。
よく言えば個性が強い、正直に評すれば変人ぞろいの第三隊の者たちはアクが強すぎて、純粋なアデーラに悪影響があると困る。
喧噪の間を縫って、彼女の声が耳に届いた。
「いつも、主人がお世話になっています――」
はにかみを隠しきれない声音に、俺は壁に頭をぶつけそうになる。
普段はまるで人妻らしくない、真白な乙女のような彼女が、たまに匂わせる『女性』とのズレに感情が振り回される。今すぐどこかで二人きりになりたい衝動を覚えつつ、俺は打ち震えていた。
主人……主人…………良い響きだな……。
*****
護衛をつけてアデーラを自宅へ返したあと、退屈を持て余していた隊員たちにその場でできる鍛錬を命じ、俺は早く仕事が終わらないかなと考える。
「あ、あれ、いま、なんかいめ、だっけ、」
「数えても、無駄だと、思い、ます」
「そもそも、隊長、見てねえ、し」
「あしが」
「しぬ」
「鍛錬じゃない、鍛錬じゃないです永久屈伸運動は拷問、です」
「し」
「ぬ」
無駄口をたたきながら野郎どもが伸びたり縮んだりしている目にうれしくない光景を見ないようにしつつ、アデーラの持ってきた麺麭を人数分に切りきざ――分けて。彼女は数が少なかったことを気にしていたようだから、ちゃんと全員に行き渡るようにしなければいけないな。
「こまぎれ」
「せっかくの」
「奥様の愛が」
「ひとくちどころではなくな」
「どんだけこころせまいの」
うん、やはり遠征はやめておこう。必要もないのに遠出して、留守中に何かが起こってはアデーラがいやバルトニェクが守れないからな。
そういえば結婚以来休暇をまったくとっていない。なんということだ。ハヴェル様と総団長が帰還したら、許可をいただいて数日休もう。アデーラと夫婦の仲を深めねば。とりあえず今日はなるべく早く帰って詫びてじっくり――
「隊長! 隊長たいへんですーーー!! ていうかちゃんと始末つけとけよこの悪趣味女難憑きがッ」
帰宅後の予定を夢想していると、アデーラを送っていったはずのイヴァが、息せき切って飛び込んできた。
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