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奥さんのひとり言(中)
しおりを挟むさて、ミロシュ様と結婚して私は食堂の看板娘から専業主婦になったわけだけれど、これが意外と性に合っていたらしく、毎日がとても楽しい。
結婚にあたり、ご領主のすすめでミロシュ様はそれまで住んでいた隊舎を出て、仕事場からそれほど離れていない一等地に家を購入した。我々夫婦(照れるわぁ)の新居ですね。
そうして日常生活に関することは不得手な彼が、私にお家回りのことをすべて任せてくれたおかげで、退屈している暇も新生活に戸惑っている暇もなくなったわけです。
なにしろ実家は私を頭に三、五、八という開きで妹たちが生まれたので、かしましい上にプライバシーなどというものは皆無で、自分の時間や空間を持つことができなかったのだ。
ミロシュ様から「家にいる時間が多いアデーラの過ごしやすいように、自由にしてください」と言質をとったが最後、遠慮も何もなく私イズムにしてやりましたとも!
好きな色柄のカーテン! 共布でクッションも大量に作っちゃう! 花も飾っていいかな! あっちは私の乙女部屋、この部屋は靴を脱いでラグにそのまま座っちゃう憩いのゴロゴロ部屋! ……いや、あの、昼間に思い出したら居たたまれなくなるのでここでは夫婦の営み禁止、禁止ー!
もちろんミロシュ様の部屋と書斎は落ち着いた空間を保てるように、装飾は抑えぎみにしましたよ。
応接室は誰をご案内しても失礼のないように、少しだけ見栄を張って高級なもので揃えて、お掃除は毎日一番最初に行なってます。
客間は上品に、かつくつろげる雰囲気を演出して。まだお客様を迎えたことはないけれど、旦那様の立場からそのうちそれなりの地位の方がいらっしゃることもあるだろうし、準備は万端です。
もう少し手が空いたら、庭も整えたい。裏手にはすでに家庭菜園が出来つつある。
あまりにも忙しなく私が働き回るものだから、気を使ったミロシュ様に使用人を雇うことを提案されたけれど、それは最終手段にしたい。
そもそもわたしもミロシュ様も、生活のために他人を使うということが向いていないタイプだ。『自分のことは自分でやる』が幼い頃から身についているし、貧乏性だし。
ミロシュ様の騎士隊長という身分から、いずれは体裁を整える必要があるだろうけれど、まだ先でいいと思うの。
家事は嫌いではないし、ムキになって働いているわけではなく、趣味で――好きでしていることだから。
そう言っているのに自分への気遣いかと言葉の裏を探ろうとするので、「新婚生活の邪魔されたくないですし!」と匂わせてみたら、ほんのり頬を赤らめてミロシュ様は納得した。
ていうか! 三十手前の男が恥じらうとか! はにかむとか! 勘弁してください思い出し悶えるじゃないかこんにゃろう旦那様がかっこかわいすぎてたまらんのああああ!! その日はいつもよりさらに念入りにされてしまったし! 何がとか訊くな憤死してまうやろー!!
――旦那様が、マジ萌え物件すぎて毎日以下略。
食事に関してというと、お料理は私の一番得意とするところ。人気食堂の娘を二十一年やってたんだもの。
お野菜多めに、だけどガッツリ肉食の旦那様のためにお肉は良いものをしっかりいただけるよう、お財布とにらめっこしつつ腕によりをかけて食卓に出す。
……不満を言うならば、何を作っても「美味しいですよ」の反応しか返ってこないことかな。
贅沢?
でもさ、お愛想でも義理でもなく本当に美味しいって思っていることは毎回キレイに無くなるお料理からもわかるんだけど、ちょっと、こう、張り合いがないっていうか! 不味いなら不味い(そもそも不味いものを作るなんて材料費がもったいないことしないけど)、美味いなら美味いと表情に出してほしいって思……いま全身で“美味しい!”を表現している夫を想像して、そのありえなさに思考が停止した。
うん、こわい。
ミロシュ様はたまのデレがギャップ萌えなのでいいや、もう。おいおい順応させていただこう。
カトラリーを扱う手を毎日堪能させてもらえるだけで、至福のひとときだし。
私がつい使いやすさを優先して持っていた二本の棒つまりお箸を、興味深げに握って苦悩しつつ使い方を試行錯誤される姿も、なんというかごっつあんです!
ヤバい思い出し動悸が激しい。
手取り手取り扱い方をお教え差し上げたい……! 添えて! 握って! 誘導して! いかがわしくないよ!
あの手に触ってハアハアしない自信ができたら、決行しようそうしよう。
――そんな感じで今のところ、生まれ育った環境から離れても、暇をもて余すことも寂しくなることもなく充実した毎日を送っている。
主婦友達を作るのは、もうちょっとあとになりそうかな? いろいろと他のご家庭はどうなのかとか、訊きたいこともあるんだけど――
****
今朝の宣言通り夕刻に帰宅したミロシュ様だったが、持ち帰りの仕事を押し付けられたとかで、夕食のあと書斎にこもりきりなった。
せっかく定時の帰宅だったのに残念ですねー、とは不機嫌そうな旦那様を前にして言えなかったので、そっとリラックス効果のある薬草茶を差し入れしておく。実家の常連さんでもある旅の薬師さんから購入したもので、なかなかにお味もお値段もよろしく、秘蔵の逸品だ。
私はというと、後片付けに明日の朝食の下ごしらえをして主婦の仕事を終えると、お風呂に長々浸かって一日の疲れを癒して――おっと、上がったあとの記憶がないぞ?
寝室に繋がる部屋のソファに座っていたはずが、気がついたら寝台の上で何故かミロシュ様の胸にもたれるように対面で膝抱きにされていた。
(胸筋……かたい……)頬に当たる感触に文句を呟きながら状況を判断するに、うたた寝していた私を寝台まで運んで抱っこ、だろうか。
ふわふわと暖かい風が髪を撫で、梳いていた。
魔術の素養があるミロシュ様が、もったいなくも力を操って濡れたままだった髪を乾かしてくださっているようだ。
と、いうことは。
手ぇぇえ! 指ぃいぃ! あの手指に! 髪を触られている! うおおおお!
私が気持ち悪く興奮して覚醒したことに気づいたのか、ミロシュ様が身動ぐ。
名前を呼ばれて。
――あ、ええと、はい。
否やも何もなく、落とされた口づけに妻として応えた。
お仕事、終わったのかな?
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