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秘密篇
第十四話 満月《みつるつき》(三)
しおりを挟むちゅ、とこめかみに王子の唇が触れては離れる。
……えーと、なんと申しますか。
王子の立てた膝の間にワタクシ座らされておりますの。後ろから抱っこされるみたいに。腕で囲い込まれちゃったりなんかして。
い、いちゃいちゃ……、いちゃいちゃ、まがう方なきコレはいちゃいちゃだああ!!
そりゃここは私邸で、周りに誰もいないことになってますが。
実際はある程度の距離を保って近衛の人はいるし、それにそれにそれにだ!
「……うっわーラブラブだぁ、あの永和が~」
「ちょ、ここからじゃ見えないよ、ダンナの顔ー。ナギ、退いてよぅ」
「やぁん」
ガサゴソ。
………。
王子、気付いてないはずないよね、気配に敏いひとだもの、なに上機嫌で更に拘束するのですかあああっっ!
「だあっ!」
がばりと立ち上がり王子の腕から逃れる。向かって右側の茂みを指差し。
「とっとと出てきなさいよそこのデバガメ連中! 覗き見とはいい度胸だわッ」
「やぁだ、永和ったらコワーイ」
「アレよ、いちゃいちゃ邪魔されたから」
「……雷撃落とすよ」
ドスの効いた声で再度促すと、ようやく姿を見せる。
緋色の二人組。
あたしの友人達だった。
「みんなからの~、結婚祝い、届けに来たのよぉ~」
なにが入ってるんだかずだ袋を引きずりながら草木を掻き分けやって来る。
のんびりした話し方のお色気娘はナギ。
「私たち永和――カノンの、幼馴染なんです。申し訳ありません、突然押しかけて」
そつなくにこやかに王子に話しかけるのはヒサメ。
2人はあたしの緋の里での幼馴染で悪友、もちろん魔女。
突然すぎるわ! 姿を隠してここまで近寄るって近衛の人の立場がないじゃんか!
目線で侵入者に気付いて慌てて駆け寄る隊員さんたちを抑えて、王子は2人を笑顔で迎えた。
うう……ことごとく失礼な身内ばかりでごめんなさい、王子~。
「初めまして、イーディアスと申します」
そんなとびきりの笑顔向ける必要ないから。
ていうか仏頂面で充分だから。
案の定、王子を見上げてぽうっとなってる2人を牽制する位置であたしは彼女たちを紹介し、お祝いだとかいうあやしい袋を受け取る。
「ドウモアリガトウ、ホカノミンナニモヨロシクネ、ジャアマタネ」
「うわ棒読み!」
「追い返す気満々ねぇ~」
おうともさ。
うちの旦那さまに余計なちょっかいを出されてはたまらんのよ。このカップルクラッシャーズめ。
「永和のくせに独占欲丸出しだよ…」
「成長したのねえ~、……胸以外」
「あんたたち不法侵入で警備に引き渡して欲しい?」
言ってから気付いた。駄目だ、近衛は2人の好みのいい男揃いだ! 王子の大事な部下をこいつらの毒牙にかける訳には……!
「カノンどの、私は席を外しますね。久しぶりにお会いになられたんでしょう?」
ふわりと肩を抱かれて、王子は微笑む。
……ホント、出来たひとだわ。
らぶらぶよ、里のみんなに良いネタが出来たわ、と丸聞こえで言い合う友人たちを黙殺して、あたしは王子にごめんね、とささやいた。
「でさ。あんたに頼まれてた件だけど」
「旦那さま、厄介なのに気に入られちゃったみたいねぇ?」
王子の姿が家の中に消えて。
近衛の人たちもどう指示したんだか、気配が感じ取れないくらいに遠ざかって。
耳も目もなくなってから、あたしは念を入れて周囲に結界を張った。
完全に遮断されたとたん、ガラリと雰囲気を変えたナギとヒサメに苦笑する。
「わかったの?」
「手こずったけどね。そいつがあまり知られてないからじゃなくて、逆」
「みんな、関わりたくないんだって~」
「……同族にそう言われてるの?」
王子にかけられた呪いを知ってすぐに、あたしはナギとヒサメに連絡を取った。
こんなで一応、2人は対魔族を専門としてるのだ。
魔族って言っても様々、人間にも色々なひとがいるように、中には普通に付き合えるのもいる。
なら、友好関係が広く(どういう友好関係かは訊かないこと)、いざというときの対し方も詳しい彼女たちに教えてもらうのが手っ取り早い。
そう思って。
――ヴァンセリアール、そういう名前の魔族を知らないか――
伝言を送って、まさか昨日の今日でこんなとこまで来るなんて思ってなかったけど。
「みんっなウンザリした顔するのよねぇ。その名前聞いて」
「災厄そのものだから、関わらないほうがいいって」
……一体。
「魔族としての力は上級」
「行動原理は自分が面白いかどうか」
「相手が誰であっても、自分の好き放題」
「一度目をつけられたら逃げられないと思った方がいい」
「ヘタに手出しすると恐ろしいことになるから、流しとけって」
畳み掛けるように並べ立てられる情報に、あたしは地面にめり込みそうになった。
なんなんだソイツは!
混乱を好む魔族だから覚悟してたけど、同族にもそう言わせるってどんななの!
「とにかく面倒くさいらしいよ~」
「ガンバ、永和!」
専門家の2人にかかってもどうしようもない情報ばかりのようだった。無責任な励ましを投げてくる友人に恨みがましいまなざしを送る。
「……ソイツの領域は?」
「わかんない」
「みんな知らないの」
いっせーの、で声を揃えて。
「「関わりたくないから」」
王子ーーー!!
貴方一体どこでそんな変質者引っ掛けてこられたんですかーーーッ!!
「関わるなって、関わるなって、こっちは旦那さまの命がかかってんのよ!」
あまりのことに絶叫すると、2人はアハハと軽い笑い声を立てた。
「しかも永和ったら既に呪を封じちゃったでしょ? ケンカ売ったに等しいよね」
「うん、そのうちあっちからやって来るだろうし、慌てて探さなくてもいいんじゃなぁい?」
他人事だと思ってええぇ―――!!
「ってことで。」と、二人はずだ袋を引き寄せた。ガサゴソと中から様々なものを取り出して。
「これ、アマザから滋養強壮剤」
「こっちは催淫効果のあるアロマ」
「ユヅカから子宝に恵まれるお守り」
「フミヲから“どんな幼児体型でもバッチリ・これでイチコロ☆ベビードール”」
「あと永和にはちょっと早いかもだけど、アレなオモチャ……」
「帰れ! 今すぐ帰れ!!」
皆が何を考えてるのか知らないがロクなことではない。
何だこの夜のオトナグッズは!
真っ赤になって湯気をたてるあたしに、その反応が見たかったのよと言わんばかりにケラケラ笑う。
「いやぁ、アンタ跡取り作っとかないといけないでしょ」
「相手も一国の王子だからねぇ」
あたしたちがどうにかなるのを前提に話さないで頂きたい。てか、みんながみんなそんな反応かっ。
「冗談じゃないわよ、相手が誰であろーと負けるつもりなんかないからね! けちょんけちょんにしてやるもんね!」
きいっと勢い込んで叫ぶと、おぉー、なんて気の抜けた拍手が帰ってくる。
……遊んでる、遊ばれてる、完全にっ。
脱力して地に身体を投げ出す。そんなあたしを眺めてクスクス笑いながら、ヒサメは肩をすくめた。
「永和が本気出してソイツと争うと、この国焦土と化しそうよね。そのときは守護結界くらいなら張ってやるから、教えなさいね」
あたしたちしかいない空間に、うふふっと無駄な色気を振り撒き、ナギも微笑む。
「他の魔族相手のフォローくらいはしてあげるわぁ」
――そんな軽口を装って申し出された内容に、不覚にもあたしは言葉に詰まってしまった。
それは、裏を読めば味方に付いてくれるってことで。
掟があるから、みんなは直接この私的な争いには関わったりできない。
でも、そうして後ろを守ってくれる相手がいるってわかっていれば、いつもは躊躇う全力を出せるってことで。
このオフザケみたいな贈り物をくれた連中も、“そのとき”は力になってくれるのだという意思表示なんだ。
実際には、そう簡単なことじゃないのもわかってる。
緋の魔女は世俗のことに関わってはいけない、
その力を私欲のために使ってはならない、
自分に降りかかる火の粉を払うことまでは禁じられていないから、あたしは夫の敵である魔族と戦えるけれど。
みんなが、あたしに力を貸してくれるということは、大なり小なり何らかの罰則を与えられる。
それを覚悟の申し出に、あたしは、また泣きそうになった。
何なのもう!
今日はみんなしてあたしを泣かせる日なの?
あたし、こんなに感激屋さんじゃなかったはずなのに。
情緒不安定なわけでもないけど。
あたしったら、しあわせ者なんじゃん、なんてこっそり思った。
騒がしい珍客が厚かましく夕食まで食らってゆき、近衛のおにーさんたちに愛想を振り撒きつつ去っていった、あと。
彼女たちがここまで訪ねてきた本当の理由には何も触れず、王子はあたしを裏手の湖まで散歩に誘った。
手を繋いでゆっくり歩く。
月光があたしたちを淡く照らしていた。
「――具合はいかがですか?」
「うん、全然平気。ここは自然の大気が濃いから、普通に過ごしてるだけでも回復は早いの」
そうですか、とやわらかく微笑む王子に、あたしは「それで?」と促した。
「何かお話があったんじゃないんですか」
ぱちぱち瞬きしたあと、敵いませんね、なんて笑って。
王子は深呼吸してあたしに向き直った。――ひざまつく。
「いまさら、と思われるかもしれませんが。……逃げるのはやめました」
キョトンとするあたしの手を取って、胸元から取り出した、それを手のひらに重ねて置く。
「貴女を縛りたくなくて――だけど想いは消せなくて――浅ましく、呪いのせいにして、傍へ来てしまった私を赦してくださいますか」
……赦すもなにも、もう、そういう次元じゃなくなってるのに、律儀に問う彼が愛しかった。
愛しいと、思うように、なっていた。
手のひらに置かれた小さな金の輪の感触に、その意味に、鼓動が早くなる。
ドレスの裾に口付けて、あたしを見上げ、王子はまるで慈悲を乞うように、アメジストの瞳を揺らめかせた。
「――貴女を愛しています。
カノン・シュライア・永和・ラシェレット。私と、結婚してください」
ぎゅっと瞼を閉じる。
重ね合わされた手を、握り返す。
――はい。
震えた、自分でも聞き取れるかという微かな声。
それを王子が確かに受け取ったと分かったのは、彼が綻ぶような笑顔をその面に浮かべたから。
するりと金色の輪があたしの指に通る。
あたしも、もう片方を取って彼の指に通す。
契約を意味する指に、それはしっかり馴染んだ。
両手を重ね合わせて、視線を合わせた王子が、その形のよい唇を開く。
「 ――日照のもと、月詠のもと、共に根の國に下る日も―― 」
玲瓏とした声で紡がれる、誓いの言の葉に、あたしは瞬く。
東の国――あたしのもうひとつの故郷に伝わる、それは婚礼の祝詞。
淀みなく紡がれた、その言の葉が魂に刻み込まれる呪だと、彼は知っているんだろうか。
「輪廻の炎をくぐるまで――」
出会ったときから真っ直ぐに向けられる、澄んだアメジストの瞳。
その瞳が、魔女のあたしに特別な魔法をかけた。
唇を開く。
「「 共に 」」
声が、重なる。
円い月の光の下、あたしたちは、魂と運命を結ぶくちづけを交わした―――。
「っひゃあ!?」
前触れもなく抱き上げられ、バランスを崩したあたしは落ちないように慌てて彼の首に手を回す。無邪気に笑う王子の顔が、すぐ傍に。
「――もう、待ちませんよ。貴女を私のものにします」
嬉しそうに言われた言葉の意味を悟って、あたしは真っ赤になった。
「――じゃあ、あたしも貴方をあたしのものにするから」
負けじと言い返す。望むところです、なんて悪戯っぽく笑った王子は、あたしをお姫さま抱っこで部屋へと運ぶ。
満ち足りた月が、あたしたちを祝福するように輝く。
――そうして。
ある日突然現れた、あたしのお婿様は、その夜、本当の、本物の、あたしの旦那さまに、なった――。
<秘密篇・了>
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