魔女とお婿様

深月織

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秘密篇

第五話 芽生えるもの

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「どーしたんですか、辛気くさいため息ばっかついて」
 何となく習慣になってしまったテラスでの朝食、ミルクたっぷりのティーをすするあたしをじっと見つめて、憂いが増して更に麗しい夫はポツリと呟いた。
「休暇、明日までなんです……」
「ああ、いつになったら仕事行くのかなと思ってました。長い休暇でしたよねぇ~、ダイジョブだったんですか? こんなに長く留守にしていて」
 けろりと答えるあたしに拗ねたように向けられる瞳。
「……カノンどのは寂しくないんですか、私と離れるのが」
 いやいやいや大げさな。
 ていうか、一週間前は知らない同士だったじゃないの。
 しかも偽物夫婦で寂しいも何も……、
 って、だからそういう目で見るのはやめーいッ! ずいぶん慣れたとはいえ、心臓がね、動悸がね、あわわわわ、
「そういえばまだでしたね……?」
「は? ななななにがですかにゃ!?」
 噛んだ。
 テーブルに少し身を乗り出した王子が微笑んで、クルクルと私の髪を長い指先で弄ぶ。
 スルリと巻き付けた髪を解いた指先は、頬をなぞり、唇に触れて―――あたしは、一対の紫水晶に囚われたまま、瞬きすらできない。
「……おはようございますの、キス……」
 引き寄せられるまま、唇が触れる―――刹那、あたしは魔術杖をかざした手のひらに呼び出し、掴むと即座に上空に結界を張った。
 ドン、と押し寄せてきた風に結界がたわむけれど、そんなくらいではあたしの術は壊れない。
 それに相手はわかってる。
 あンのクソガキっ!
 怒鳴ろうと顔を上げようとしたけれど、でかいものに視界を塞がれてそれは叶わなかった。
「何者だ、無礼な」
 低い恫喝。
 いつの間に剣を抜いたのか、王子が見たこともない厳しい顔で、空に浮かぶ黒い点を睨み付けていた。
 守るようにあたしを背後に隠して。
 えっと、そんなことしなくてもダイジョブなんだけど、
 ……ちょっとだけ、初めて見る凛々しい王子にときめいたのは内緒。だって、魔女のあたしが誰かに守られるのなんて、初めてなんだもの。
 くいくい、と王子の袖を引っ張って、危険がないことを訴える。
 王子は気配をゆるめて、だけどあたしに寄り添ったまま、ソレが降りてくるのを黙って見ていた。
 滑るように庭に舞い降り、緋色の上衣をひるがえしてナナメにこちらを見やる、少年。
 あたし曰くクソガキ、
 王子曰く無礼なやつ。
「興醒めだな。なにソイツ? 永和」
 緋の一族の一員で、ついでにあたしの従弟であるカルマが、不機嫌にそうつぶやいた。
 


 

「行き遅れが結婚したって聞いてよ。その物好きの顔を見に来てやったんだよ」
 見に来ていただかなくても良かったんですけど。
 相変わらずふてぶてしくこちらを見下ろす(ムカつくことにこのクソガキには二年前身長を抜かされたのよ)カルマはわざと目の前の王子を無視している様子だ。
 失礼な子だなぁ、親戚として恥ずかしいよ、お姉さんは。
「カノンどの……彼は?」
 まだあたしを庇うように立っていた王子が少し身を屈めて、あたしにささやく。
「あ、ごめんね王子。ビックリしたよね、この子は緋の魔女の仲間で、あたしの従弟なんです。礼儀知らずでホントごめんなさい」
「イトコ……」
 ひそめた眉も美しいってどうなの、我が夫。
 彼が身を屈めたことで間近になった美貌に今更ながら少し見とれる。
 まつげながー。  キスするときはいつも突然で、そんなことにまで気付いてなかったけど。
 ていうか目ぇつぶっちゃうし。
 ってなに考えてんの、あたし!
 おかしなことを思い出して挙動不審になったあたしに気付いたのか、ふ、と王子の瞳がこちらへ向けられる。
 柔らかく笑むそれに、あたしはいつも囚われる。
 なんか、こう、ジタバタしたくなるっていうか。
 落ち着かない気分になるのよ。
 今度本格的に王子が魔眼保持者じゃないか調べてみなくちゃ。
「……っおい! 客に茶も出ないのかよ!」
 堪え性のない子ども丸出しで、カルマが怒鳴る。
「あーもーうるさい。あんたがいつ客になったのよ。毎度突然現れてはケンカ吹っ掛けるヤツを客とは呼ばんわ」
「お貴族暮らしで腕が鈍ってないか確かめてやってるんじゃん」
 ったくもー、くそ生意気なんだから。
 あたしより十歳年下のカルマは、これでも一族の中ではかなりの術者だ。
 あの母様に、もう少し経験さえ積めば最年少幹部になれるだろうって言われてるくらいだから、その実力は押して知るべし。
 だがしかし。
 こうしてあたしに意味のないケンカを売って来る間は、幹部になんてなれっこないわよ、クソガキが。
「すまない、客が来たからお茶の用意を頼めるだろうか」
 あたしとカルマが睨み合っている横で、王子がおっとりとメイドに声をかける。
 やだ、王子に気を使わせてどうするのよ、あたし。
 そうよ、ここは大人の態度を見せないと!
「取りあえず座りなさいよ、カルマ。それから、ちゃんとご挨拶してちょうだい、ええと、あたしの……旦那様、の、イーディアス様よ」
 いつも冗談で我が夫とか言ってるけど、あらためてこんな風に誰かに紹介すると何故か照れる。
 ちらりと王子を窺うと、花が綻ぶようなフンワリした笑顔であたしを見てるもんだから、また心臓がジタバタしそうになる。
 ダメだ、病気かもしれない。
 怪しい動きをする心臓を必死に落ち着かせていると、ガタン! と荒く椅子に腰を下ろしたカルマが、見下したような目を王子に向けた。
「……ずいぶん見栄えする財産泥棒だな。アンタ、魔女と結婚するなんてよっぽど金に困ってんの、もしくはこんな成長不良の女が好きって人種?」
「ちょ……! カルマ、あんたねぇっ」
「カノンどの」
 よりによって誰に対して暴言を!
 激昂しかけたあたしを、王子の落ち着いた瞳が宥める。
 恥ずかしすぎる、とことん礼儀知らずがあたしの従弟……!
「だって王子、」
「かまいませんよ。大事な実の姉ともいえる従姉がいきなり現れた男と結婚なんて、心配するのは当たり前です。盗られた気がするんでしょう、きっと」
 そんな可愛い神経してないよ、こいつは。
「でも失礼過ぎます。あたしはいつものことだから良いけれど、初対面の王子にまで! 一族はどういう教育してるんだって思われちゃうじゃないっ、このバカ!」
 刺々しい目付きで自分を睨んでいるカルマに対し、あくまでも王子は大人の態度。
「男の子にはよくあることですよ。全てのことに反抗的になってしまうというのは」
「ええ~? カルマは生まれたときから常に反抗的ですよ、っていうか、王子にもあったの、そういう時が?」
 優しくて温厚な(勿論それだけじゃないって分かってるけど)王子の反抗期、興味津々で訊ねると、彼は首を傾げる。
「どう……だったでしょう。先にすぐ下の弟が問題をおこしていたから、私は反抗した覚えがないですね……」
 ほらやっぱり~。
 こいつが失礼なのは生まれつきだ。
「……無視してんじゃねえよ、この色ボケ」
 ガツン、とあたしが座っていた椅子の足を蹴って、カルマが注視を求める。
 いっ……、だからガキだっつの!
 衝撃に打った腰を押さえていると、気遣わしげに王子があたしの背を撫でてくれる。
 少し眉をひそめて。
「いくら身内でも、あまり私の妻に失礼なことはしないでくれないか、カルマどの」
「……はあ? なにスカしてんの、あんた」
 白けた様子を隠さず、馬鹿にしたような笑いを見せる。
 っていうか、なんでここまで王子を敵対視してんのこの子。
 いつもは気持ち悪いくらい、あたし以外には猫かぶるくせに。
 やっぱりアレ、気に入らないあたしの旦那様だから、おんなじように気に入らないのかしら。
 だからと言ってこの態度は許しがたい。
 あたしは出したままだった魔術杖をカルマの頭に振り下ろす。
 通常なら避けられるはずのその攻撃をカルマが見事に食らったのは、王子に気を取られていたせいか。
「っってえ! 何しやがるこの貧乳!」
「お黙りこのクソガキ! 本来なら例え緋の一族だとしてもあんたのその失礼な態度で長から幹部一同までお詫びに来なきゃいけない相手よ王子は! だって王子なんだから!」
「カノンどの、かまいませんよ。 子どもの言うことですし、私もここに居るときは、ただの貴女の夫ですから」
 王子、王子なのに心が広すぎるよー!
 なのに、カルマときたら……!
「王子って……バッカじゃねえの、そんなアダ名……」
「アダ名じゃないわよこのバカ、バカはテメェだ!」
 更に鉄拳制裁を加えようとしたあたしをやんわり後ろから抱き止める。
 失礼にも険しい目をしたバカルマに穏やかに王子が告げた。
「失礼、カルマどの。最初にちゃんと名乗るべきだったね。私はイーディアス・グラム・フォート・ブランシェリウム……今は、トーワ・ラシェレットの名を頂いているが、少し前まではこの国の王位継承者だった」
 ギュッと不機嫌にしかめられたカルマの眉が、訝しげになり、次いで、間抜けに弧を描いた。
「銀の王太子……? マジかよ」
 マジですよ、バ~カ、己の愚かさを噛み締めよ!
「彼女と結婚するために、王太子では無くなったけれどね。……君の大事な従姉の、夫として認めてもらえるかな?」
 いやだから、カルマに認めてもらうことなんてないってば。
 てか、大事な従姉なんかじゃないし。
「……勝手にすれば? 別に誰がその幼児体型の旦那になろうが、一族に迷惑かからなきゃ俺はかまわねえよ。あんた、ホントに物好きだな」
「君がそれを言うのかい?」
 吐き捨てるようなカルマの言葉に、謎めいた笑みを返す王子。
 立ち上がったカルマは舌打ちして、緋色の着物を翻し、杖に跨がった。
 え、あれ、帰んの?
「せいぜいその王子さまに捨てられねえようにするんだな、乱暴者!」
 って最後までムカつく捨て台詞か。

「ホントに何しに来たんだろ、アイツ」
 空に小さくなる点を見送って、あたしがつぶやくと、王子がクスリと笑みを漏らす。
「だから、最初に言った通り、私の顔を見に来たんでしょう」
 物好きの顔を……って?
 それだけのためにわざわざ? 物好きはどっちだ。
「カノンどの」
「ふぃ?」
 呼び掛けられて、見上げると柔らかく触れる唇。
 不意打ちのそれに驚いてパチパチ瞬きをすると、悪戯っぽく王子が笑った。
「……さっき、いいところで邪魔されましたからね。その分の利子を頂いても?」
「っえ、んっ、ちょ……」
 腰から抱き上げられて、膝の上に乗せられる。
 角度を変えて、押し当てられる唇を、どういったわけか拒めず。
 拒もうともせず。
 溶けるようなキスに慣らされて、それを心地好いと感じるあたしがいた―――。

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