9 / 11
B4 とある常連客の観察日記2
しおりを挟む今日もカウンターには常連客の彼女の姿があった。
彼女の定位置はカウンターの奥の席、その日の気分で飲む紅茶を選ぶ。
店が空いているときは店長と軽い会話を。それ以外の時は、持ち込んだ本を手に、ゆったりとした時間を過ごしていた。
この店に集うのは、大半が一人の時間を大事にしたいと思っている者ばかりだから、それも珍しい光景ではない。
立地のせいか、宣伝不足のせいか――これは店長の、紅茶を楽しみたい人の店というコンセプトが意図するところだが――開店当初は奮わなかった客足も、最近は口コミで店の存在が知られ、割合繁盛している。
開店から通っている俺を含む数名の常連客も次第に増え、誰が始めたのか不明だが、【織苑】愛好家ネットワークというものを作り出していた。
そして、近頃の話題と言えば。
我らが【織苑】店長と、その想い人である彼女――透子ねーさんの恋路がどうなるかどうにもならないか、というものだった。
いい年をして焦れったいんだよ、あの二人。
窓際の一角に集まり、カウンターの二人をこっそりうかがいつつ、本日の報告会。
みつあみおさげの大学生ニイナちゃんが口を開いた。
「最近二人でよく飲みに出掛けてます」
「おおっ、マジでマジで! 酔った透子ねーさんを介抱しているうちに、店長がガバッと……!」
「ないな」
「ないわー」
「ないですね。そもそも、透子さん酒豪なんですよー」
「そうなの?」
俺の問い掛けにニイナちゃんはこっくり頷く。
「そうなんです。ガバガバとかじゃないんですけど、気がついたらどれだけ飲んだんですかってくらい杯を重ねてて。しかもケロッとしてるんです」
「ねーさん……」
「さすがだわ、ねーさん」
生温く遠い目をする仲間と、首を捻る俺。
「というか、よく知ってるね?」
「うちのバイト先によく来られるんです。そこの居酒屋なんですけど、だいたい……日曜が多いですね」
「今日は……」
「日曜日……」
カウンターの中と外でほのぼのと会話している二人に俺たちの視線が集まる。
OL和泉嬢がクルリとこちらに向き直った。清々しい笑顔だ。
「ねえねえー、ちょっと今日飲みに行かないー?」
大学院生勇馬がウキウキとその誘いに乗っかる。
「だいたい閉店してからっスかね?」
「じゃあそれよりちょい早めに集まろうか」
「私、これからバイトなんでみなさんの席取っときます! 二人が来たらいい席に誘導します!」
ニイナちゃんが興奮した様子で宣言する。それをついでに、俺は携帯を出した。
「おうニイナちゃん、アドレス交換しとこうよ。赤外線イケる?」
「ハイッ」
「へえ、ニイナちゃんて新菜って書くんだ」
「クレサキさんも、こういう字だったんですねー。日が暮れるの方だと思ってました」
お互いのデータを見て、にっこりした俺たちだが、その笑顔が全然種類が違うものだということには、誰も――いや、二名以外は気がついていないだろう。
また夜にお店で! とはしゃいだ様子で店を後にする娘さんにニコニコと手を振り返し、アドレスをしっかり保管しておく。
そんな俺に突き刺さる、和泉嬢と勇馬のまなざし。
「……ちゃっかりしてるって言っていいのかしら」
「どさくさにまぎれて……」
俺は携帯をポケットに突っ込み、ニヤリと笑う。
「何のコトだか」
「このロリ」
「犯罪者」
「失礼だな。成人してるでしょ、彼女」
ニイナちゃん――新菜ちゃんは大学三年生、ぽっちゃりふっくらした身体付きに色白な肌で、大福みたいな子だなと常々思っていた。
美人でも、しいて目を引く容姿でもないが、いつもニコニコしていて、「一週間に一度の贅沢なんです!」と【織苑】へ来てお茶とケーキをひとくちひとくち大事そうにいただいている様子が、ハムスターのようで可愛らしい娘さんなのだ。
うん、はっきり言おう。
ほっちゃりさ加減と小動物の様相がとても好みです。
前から目を付けていたのだが、けっこうな年の差もあって攻めあぐねていたんだよな。
アドレスも彼女だけ知らなかったのだが――こうして、手に入れたわけだし?
楽しい明日を想像して鼻歌でも歌いかねない俺に、二人が頭を抱えた。
「どうしよう、何だか犯罪の片棒担いだような気がして罪悪感が……!」
「俺もぉ……」
まったくもって失礼な。
俺は釣った魚には餌をやりまくるししっかりじっくり可愛がるタイプだ。
悪いことなど何もない。
「店長と俺と、どっちが先に相手をモノにするか賭けるか?」
「「賭けるかァ!」」
叫んだ二人に驚いて、店長と彼女がこちらを見るが、何でもないと笑顔で返した。
(語り手の呉崎は29歳、初期からの常連客。
あとの三人は常連歴一年くらい。
まだ透子と苑生がくっつく前、書籍で言うなら12~13のあたりのお話)
0
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説


甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。


不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる