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A6 Annunciazione
しおりを挟む今日も今日とて、会社帰りに織苑。
かわりばえしませんね、なんて言わないでちょうだい、私はこれで満足してるんだから。
OLの私と自営業の彼は、休みの日が合わないことが多いので、わずかな会瀬の時間でも貴重なの。
紅茶と彼とどっちがメインなんだという疑問はお空の彼方へかっ飛ばしちゃって、今日は何を飲もうかなー、とウキウキ気分でドアを開ける。
とたん、ふわりと漂って胸を満たす紅茶の香りに、今日も幸せだなぁと思うのです。
ドアを開けると、カウンターにいる彼が真っ先に目に入る。私を認めて、柔らかくなる表情。
「ただいま苑生くん」
「お帰りなさい、透子さん」
この笑顔で疲れた神経も癒されるってものよ。
彼の笑顔に頬を緩めていると、コソコソと忍び笑う気配に素早く辺りを窺った。窓際のソファに身を寄せあって座る新婚夫婦を発見して、半目になる。
「あんたたち何やってんの?」
「ちょっとさー、俺たちと彼に対する態度違いすぎると思わね?」
「そりゃ彼氏と友人じゃ違うと思うよ。まあ、わたしも透子のデレてるところなんてレアすぎて、目を疑ったけど」
拳を握ってワナワナと震える私をよそに、寛ぎまくったバカと親友が好き勝手なことをぬかす。
篤史と珠美のバカップル……いやおバカ夫婦が、私の憩いの場所にどうして我が物顔でいるのだ!(こんなでもお客だとわかってますけどね!)
カウンターで私たちのやり取りを、苦笑して眺めていた苑生くんを振り返った。
「苑生くん、いつからいるのこのバカップル!」
「ええと……二時間前、ですか」
「追い出していいよ!」
「いえ、一応お客様ですので……」
一応ってことは苑生くんも微妙に思っていたんじゃないの。
二時間も長居したんだ、それだけのお金を落としていって貰うわよ。
とりあえずオーダーしてから友人たちに向き直る。ニヤニヤしやがってこんにゃろう共が!
「あんたたち、なにしてたのよ」
「うん? 待ち合わせして帰るところだったんだけど、」
「ちょっとお茶していかないってなって、」
「この近くだったら苑生くんとこ行こうか~って、」
「来ちゃった」
何が、来ちゃった☆ だ。
お気楽バカップルを殺意を込めて睨み付ける私に、苑生くんのフォローの声。
ちょっと嬉しそうだ。嫌な予感。
「透子さんの学生時代の話、聞かせていただいてたんですよ」
恐 れ て い た こ と が !!
「それでどんなあることないこと苑生くんに吹き込んでたの、何言った篤史!」
「俺かよ~」
「ろくなこと言わないのはあんたの方でしょっ」
親友に胸ぐらを掴まれている夫をニコニコ見つめて、珠美が口を開く。
「透子が生徒会の真の支配者だったとか~、裏で姉御とかオヤビンて呼ばれてたとか~。夏休み下着ドロ捕物帖とか~、生徒会長調教疑惑とか~。わたしも同じ高校だったらよかったなって。楽しかっただろうなぁ」
味方が味方でなかったことに青くなって、ブルブルと私の顔色を窺っていた篤史は、慌てて苑生くんに話を向けた。
「今度アルバム見せてあげるって約束してたんだよね。髪の長い透子、今となってはレアだし!」
「余計なことすんな!」
現在ショートボブの私ですが、学生時代は背を覆う長髪だった。ワンレンもしくはスダレ前髪、シャギーなんて技はなくて今見ると重たくてヤボったいんだけど、その時は時代に合ってたのよ!
「顔の中身は変わってないからいいじゃん」
「問題が違うわこの馬鹿」
「透子さんの今のヘアスタイルがとても似合ってるから、ロングヘア、想像付かないんですよね」
…………。
にこにこと、一見褒めているような台詞なんだけど、でも、実はちょっと不機嫌よね、苑生くん?
佐倉くんがまだ私のヘアカット担当しているの、そんなに気にくわないの? でも不可抗力っていうか!
私の気が逸れたのがわかったのか、篤史がササッと逃げて距離を取り、安堵の息を吐く。
「高校なつかしいな~。二年の時が一番楽しかったかな! 結婚式で皆に会えたけど、女子はともかく、野郎どもばっかり老けてたの、あれ何でだろうな?」
「結婚すると油断して弛んじゃうんじゃないの、アンタもせいぜい気を付けな」
主に腹とか腹とか腹とかね!
年齢的に一度付いた肉は落ちないんだよねぇ……。
他人のことは言えない自分自身の余り肉を見つめて、楽しくない笑いが漏れる。
これから自転車で会社通勤することを考えた方がいいかもしれない。
苑生くんが背が高いし、わりと体格もいいから、隣にいても比較対象的に惑わされて、一見私も普通に見えるけどちょっとヤバイ。
体重は変わらなくてもこう、たるみとかむくみがね……!
目の前に注文したお茶が出てきたことで、私の意識はそちらへ。懲りない篤史は再び彼と会話を始める。
「苑生くんは高校どこだった?」
「俺は実家がK市だったので、近くの王樺台付属に。部活もやっていなかったので、面白味のない高校時代でしたよ」
「みんな一緒だったらきっと楽しかったのにね~」
珠美が無邪気なことを言ったが、いや無理でしょ、と私は内心呟いた。
だって、さ。
「苑生くんが高校生のときって、俺たちは」
「社会人一年目かな……」
ぼそりと呟いた私の言葉に、バカ夫婦の笑顔が固まった。当然、私は目をそらす。
おそるおそる、篤史が彼に問いかけて。
「……ちなみに俺たちが高一のころっていうと……」
「ええと、……小学五年か六年生ですか」
苑生くんの声が、無言になった私たちの間に落ちた。
「透子……」
「聞こえない! 聞こえないわよー!」
「犯罪……」
「苑生くんとっくの昔に成人してるし!」
くっそう、だからあんまり年齢差のことは考えたくなかったんだよ! ランドセル背負った半ズボンのちび苑生くんを想像したら、さぞかし可愛かったんだろうな、なんてついニヤけちゃうけどっ!
「なんだろう、俺、いま、高校生の透子が小学生の苑生くんと縁側でヨーカン食いながらまったりしてる想像しても、違和感感じなかった……」
「大丈夫、わたしもだから」
篤史の失礼な言葉に頷く珠美。あんたたちが私たちをどんな風に見ているかよぉくわかったよ。
バカ夫婦は無視して年下の恋人に向き直る。私が渋い顔をしているというのに笑っている彼に、もう、とむくれて見せて。
「小学生の苑生くんにも、会ってみたかったけどね」
「女の子みたいだったから、俺としてはあんまり……」
なんと、そんな美少女ゼヒ見たい。
今度その頃の写真も見せて、と言おうとした私の言葉は、相変わらず空気を読まない篤史の声に遮られる。
「透子が苑生くん似の子ども産めばいいじゃ~ん! 成長過程をつぶさに観察っ! 今なら俺たちの子どもと幼なじみというプレミアがついてくる!」
「そんなプレミアいるかっ! …………は?」
突っ込んだあとで、その意味に気づいた。珠美を見ると、くすぐったそうに肩を竦めてはにかむ。
「七週目、過ぎたとこなの。本当は報告に来たんだよ」
「透子と苑生くんには面倒かけたし、一番に教えてやろうと思ってさ」
おおお……!
何故か偉そうな篤史を押し退け、珠美の隣に腰を下ろした。そろりとお腹を撫でる。
「大丈夫なの? 暖かくしてなくていい? 具合悪くなったりしてない? 篤史の子どもってとこがかなり不安を誘発するけど育て方によるか、珠美に似ればいいけど! はっ、紅茶! カフェイン! 何飲んだ、カフェイン駄目じゃないの!」
「透子じゃないからそんなに量は飲まないってば。それに、店長さんがちゃんとノンカフェインの、選んでくれたし」
興奮した私の剣幕に、珠美が笑い声を上げた。
そうなの? と苑生くんに目で訊ねると、いくつか置いてあるノンカフェインティーのうちの一つを示す。
むう。ならいいけど。
「っていうか苑生くん、私より先に聞いてたの?」
「はい、すみません」
クスクスと肩を揺らす苑生くんに、さっきの自分のテンパリ様が恥ずかしくなって、ちょっと唇を尖らせた。
気を取り直し、幸せそうに微笑む友人に笑顔を向ける。
「おめでと、珠美」
「ありがとう」
後ろでなんかうるさいのが「俺には? 俺には?」と騒いでいるが、やっぱり無視する。
変わらないようでいて、少しずつ変わっていく。
今日も隣にいる君と、その変化を楽しみにしてみようと思っていることは、もう少しだけ、秘めておこう。
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