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Glad
しおりを挟むめんどくさがりのくせに凝り性。私ってつくづく厄介だなあ、と思う。
PCとにらめっこをし過ぎてかすむ目を揉みほぐしながら、書き上げたデータをローカルエリアで表示してみた。
トップページにお店の外観画像、まず最初に季節の商品や期間限定メニューがわかるようにお知らせして。コンテンツはお店の紹介とコンセプト、メニューに簡単なアプローチと説明。彼のオッケーが貰えたら、ここにブログをつないで、ブックマークや問い合わせは後で追加しよう。簡単シンプル。なかなかよい感じじゃない?
ふんふん、と鼻歌など歌いつつ、ソースコードを眺めてミスがないか確認する。
そうしているうちにお風呂上がりの苑生くんがやって来て、私の手元を覗き込んだ。
「仕事ですか?」
「ううん、あのねぇ、こんな感じで作ってみたんだけど、どう思う?」
言いながら、HTMLファイルをクリックしてトップページを見せる。
一瞬あっけにとられた苑生くんは、眼鏡をかけ直してまじまじと画面を眺めた。
「織苑のホームページですか、これ」
「昔とったなんとやらで作ってみました!」
といってもうちの会社がWEB制作を請け負っていたのなんて、私が入社して数年の間だけど。当時は事務員の私も手伝わなきゃいけないくらい、こっち方面の手が足りなかったのだ。そのお陰でこうしてHTMLやCSSを弄れたりするわけです。
かれこれ十年近くは昔のことだから、プログラム言語もちょこちょこ変わっちゃってて、最初は戸惑った、とは言わないでおこう。
店内やメニューの写真を見て「いつの間に」と呟いている彼に、「ちょっと前からコソコソと」と、イタズラが成功した気分で付け加える。
「もちろんまだネットには上げてないよ。店長様の了承待ち」
苑生くんは感心するばかりで、否定的な意見は特にないようだ。よし。
「メニューコンテンツに定番紅茶の種類と、スイーツとか載せてー、苑生くんが了解してくれるんだったら、ギフト通販とかしてみるのもいいかな、と思ってるのですが」
はあ、なんて気の抜けた返事じゃ良いのか悪いのかわかりませんよ、店長様。
「最近クチコミで来店してくれる人増えたでしょ? けっこうブログなんかで紹介してもらってるの」
ネットを立ち上げてブックマークをクリックする。うちに来店してくれたお客様の食べブログや趣味ブログにアクセスして、苑生くんに見せてみた。
若いお嬢様方ばかりかと思えば、紅茶通でいらっしゃるおじ様もいたりして面白いところ。近くにある神社を参ったあと、お店に気づかれるパターンが多い。
「うわぁ……」
「知らなかった?」
頷く苑生くんにパソコンの前を明け渡し、しばらく読み終わるまで待つ。
神妙な面持ちで拝見されてますけど、悪いことは書いてないからだいじょぶよー。まあ、今までお店のことで手一杯だったものね。
ほとんど苑生くん一人で回している『織苑』は、宣伝広告も打たず、細々と経営している。印刷会社に勤めている私が、広告関係の仕事をかじったこともあって、情報発信しないことをちょっと歯がゆく思ってたのは秘密。
だけど開店四周年を迎えて、状況にも変化が生まれてきた。ここ最近、隠れ家風カフェ通ご支持の方や、ご近所の活性化などでお客様が多くなっているのだ。
以前は一人だったバイトも増やし、私も会社勤めの傍ら土日はフルで手伝っている。
売り上げ自体は黒字傾向。私の収入もあるし――でも、これから私が仕事をお休みして、表の手伝いも出来なくなれば、ちょっと厳しいかなって。
お金はあるに越したことはないし……、私も一日中家にいると暇だろーし……、
好意的な感想が多かったからか、どことなくホッとした様子で苑生くんは顔を上げた。
「ちょっとびっくりです。透子さん、よく見つけましたね」
「ホームページ作ろうかなー、どんなものかなー、ってサーフィンしてて、検索したら引っ掛かったから」
彼の手が私を引き寄せ、まるでぬいぐるみを抱っこするように腕の中に囲いこむ。
背中から抱きかかえられるように、彼の足の間に収まった私は、パソコン画面に目をやって、ひとつひとつを読み上げた。
「“イケメン店長さんが淹れるお茶が最高です!”“素朴なアンティークに囲まれてゆったりした時間が贅沢でした”“いつ行ってもホッとできます”って、みんなわかってくださってるぅ」
「透子さん……」
私の肩に額をのせていた苑生くんが唸る。はっはっは、照れるな照れるな。
「交通の便が悪いから、ちょくちょく来たくても、来られない人とかもいるみたいなのよ。そういう方向けに、お取り寄せいかがかしら、と思って。手続きとか雑多なことは私が引き受けるしさ」
「いつかはと思っていましたけど……透子さんに負担がかかりませんか?」
「うーん、しばらく家でゴロゴロするばっかりになりそうだし、このくらいはね」
私のお腹に回った彼の腕をポンと叩く。まだ言葉の意味がわかっていない苑生くんは、首を傾げるだけ。
「これから何かと入用になるし。子どもに不自由はさせたくないよねえ?」
「…………」
肩越しに彼を見てみると、眉を寄せて難しい顔。だけどまだ答えには辿り着いていないようだ。はっきり言わないと、わかんないかー。
私だって言い出しにくいんだけどな。照れちゃうっていうか、だって、まさか自分がこんなことを口にするなんてさ。
「あのね、今日病院行って来たの。会社のお昼休み、近くの産婦人科」
片言になってるって言わないで! わかってる、わかってるから!
「五週目になります。まだ安定してないから、どうかなーって思ったんだけど、やっぱりお父さんになる人には言っといたほうがいいかなーと」
「それは、言ってくれないと怒りますよ……、え?」
え、ともう一度繰り返して、苑生くんは私を見た。「本当に?」と目が訊くので、頷く。
強く抱きしめられて、ぎゅう、と思わず声が漏れる。慌てて腕を緩めた苑生くんは、深く息を吐いた。触れているところから伝わる心臓の音が激しい。
「……あーどうしよう、すげえうれしい……。ありがとう透子さん」
「共同制作ですよ?」
しかもこれからまだまだ長いんだから。だけど、私もくすりと笑って、抱きかかえられたまま背伸びし、彼に「ありがとう」のキスを送る。
嬉しいことをありがとう。一緒にいてくれてありがとう。喜んでくれてありがとう。
これからも、よろしくね――と。
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未だにウルウルが止まりません。
購入した文庫本は何度も何度も読み返し、カバーがボロボロになってしまったくらい大好きで、そんな二人にとうとうベイビーが!
幸せのお裾分けを有難うございました(*^^*)