1 / 3
crystalsugar #1
しおりを挟むクリスマスをきっかけにカップルになる人々もいれば、破局を迎える者もいる。
どちらの割合が多いのか、統計を取ったら面白いかもしれない。
当事者としては、まったくもって面白くもなんともないけれどね。
ジングルベルジングルベル商業主義~、と歌ったのは部下の誰だっただろう。
不景気とはいえそれなりに賑わいを見せている店内を眺め渡しながら、本日の予算達成まであと何万、と考えている販売業の私にとってはクリスマスなどリア充をカモる絶好の機会。
恋人に服のプレゼントはいかがですか! 服はよくわからないとおっしゃるかたは小物はどうでしょう! うちは質のわりにリーズナブルなお品が揃ってますよー! などという思いを営業スマイルの裏に潜ませて道行く人々に「いらっしゃいませ」と声をかけ続ける。
サービス業従事者に季節のイベントも年末年始もなく、あるのは便乗商法だけ。
アパレルマネキンも十年を過ぎると悟るものだ。
特にクリスマスから続く年末商戦は一年で最大の稼ぎ時。
十二月に入ると店内にはエンドレスでクリスマスソングが流れ、脳内に刷り込まれる頃には次の新年福袋作業が迫っている。もういくつ寝ると、なんて悠長なことは言っていられない。
夏物クリアランスセールが終わるのを待たずに秋物、と思ったらさして間を置かずに冬物対応そして年々早められるセールに対しての山積み作業。在庫管理に目を回し現場のこちらはてんてこ舞いだというのに、上の方々は会議だミーティングだ報告だと一息着く暇も与えてくれず、命じてくださる。
呼びだすのは成績悪いときだけにしてくれよ! 十分間だけのお褒めのお言葉を賜るためだけに一時間かけて本社に出向きたくないのよ! うれしいけど!
まともな休みを取ったのはいつだろうと手帳を眺め、店長試験など受けるのではなかった、と思うのは何度目か。
かといって、横暴上司に楯突く権利を得るために上がったステージを簡単に捨てられるわけもなく、今日も今日とて商いに精を出すしかないのだった。
いや、店長である私自ら店頭で数を稼ぐことはないんですけどね……、本来なら下の子に任せて、日に日に山積みになっていく事務仕事に取り掛かりたいんですけどね……。
サービス業従事者に季節のイベントも年末年始もなく、あるのは便乗商法だけ――という私の常識はもう古いのだろうか。
最近の若いアルバイターは土日祝日イベントが何よりも重要らしく、悪びれもせずに「この日出勤できませんから!」と率先して申し出てくるわけで……うん、まあね、気持ちはわかる。世間の皆様がキャッキャしたりのんびりしている時に何故働かねばならないのかと、私も思ったことがないとは言わない。
だけどね、そこはそれ、働くってそういうことだからね……。この職務を選んだのは自分だし……。
だというのに、ここを休むならあっちは出てきてほしいな、とお願いしたら人非人扱いされるのは解せぬ。
一人だけの希望を聞くわけにもいかないのよ? と諭したら「パワハラです!」と子供が覚えたての言葉を得意げに使っちゃうみたいに鼻息荒くしてくれるし。
十歳も離れてると言葉が通じないときもあるよね……。
あげくに「店長は恋人がいないからクリスマスに仕事でも平気なんですね」などと言うにあたってはもうおばちゃん物が言えなくて、保育士の魂寄せをするべきかなって思ったわ……。
堂々巡りの会話に結局説き伏せることに疲れた私がどうしようかな、と遠い目になってると痺れを切らした他の娘たちが穴埋めをすることで決着がついたのだ。
店長の威厳がない私が悪いのか、時代が違うのか。
出勤せずに済むとわかった途端、ふてくされた態度をご機嫌にして訊いてもいない彼氏とのイベント予定を教えてくれたバイト娘は、呆れた顔をした先輩同僚たちの、あの、冷ややかな眼差しの意味も分かっていないだろうな……。
こっちは『このガキそろそろ何とかしろ』という副店長の無言の訴えに恐々としていたというのに。いやもう、切る方向で考えているけれどね……。
それとなく、アルバイトの解雇と交替要員の補充を本社に要請したけれど、お前の管理が悪いからだとけんもほろろだし。
見てろ、せめて今年もダントツの数字叩き出して「そろそろ若い娘に引き継ぎしたらどうだ」とかおぬかしくださった野郎に吠え面かかせてやる……!
普段よりも思考が荒んでいるのは決してハッピーメリークリスマスのせいではない。きっと。
「……いらっしゃいませ~!」 来店の気配に条件反射となった笑顔を振り撒く。入ってきたのは若い男の子三人だった。
私の声掛けにびくりと立ちすくんだのは硬派な印象の男の子で、続けて「こんにちは~」と西のイントネーションで愛想よく笑顔を返してくれたイケメンくん、俺は単なる付添いですという風を隠さないクール眼鏡くん。
あらあら、ご来店いただくには少し珍しいタイプの青年たちですこと。
高校生か大学生だろうか、うちはレディースだから、十中八九彼女へのプレゼント購入ですねー?
ブランド対象は少し背伸びしたい学生から働く女性までなので、予想される年代から場違いというわけでもない。学生さん向けラインの物もございますので、是非どうぞ。
「何かお探しでしたら、ご遠慮なくおっしゃってくださいね」
ニコリと微笑んで、視界に入る範囲で商品を整頓する姿勢になる。
一人であればアドバイスのために接客につくが、ご友人がいらっしゃるなら付かず離れずがよいだろうとの判断だ。
「花野ちゃんにはこれとかいいんやない?」
「うるせえ、お前は自分のほう選んでろ」
「妃菜ちゃんはアレで身に着けるモノに確りとポリシーがあってやな、めっちゃむつかしいねん……」
「知るか」
察するに、硬派くんの彼女ちゃんに贈るものをお求めのよう。イケメンくんが彼におススメしたバッグがイメージに合致しているなら、彼女は清楚な可愛い系、と。うーん、それならアレとかコレとか……。
「姉さん居ないな。それを見越してきたんだろ?」
会話を小耳にはさみながら提案する商品を思い浮かべていると、フロアを見回した眼鏡くんがそんなことを言う。硬派くんは苦い顔だ。
ねえさん、とは……。
怪訝な表情は見せなかったと思うのだが、ふと目が合ったイケメンくんがこちらへ寄ってくる。
「ごめんなさい、えーと、井澤実咲さんて今日お休みです?」
……あのおっぱいめが若い子侍らかしてるとかバツイチの私に対する自慢かあああああ!!
指名された部下に対する理不尽な八つ当たりを押し止めて、表面は申し訳なさげな表情を作る。
「井澤はいま休憩に出ておりますが」
「いらっしゃいませー!」
「……戻ってきました」
タイミングがいいのかコントでもねらっているのか。元気よく帰店したおっぱいもとい副店長井澤を振り返ると、彼らの姿に「おお?」と目を瞠っていた。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
美枝子とゆうすけ~かあさんに恋したら
佐伯達男
恋愛
お見合いを断られた青年が好きになった人は…
お見合い相手のバツイチママであった。
バツイチで4人の孫ちゃんのおばあちゃんとうんと年下の青年の恋に、ますます複雑になって行く30娘の恋模様。



文月帳〜短編&番外編〜
文月 青
恋愛
読み切りの短編やショートショート、サブキャラから派生した番外編などを書いていきたいと思います。
恋愛がメインですが、普段はあまり書かない苦いお話も入れてみたいです。
不定期更新です。

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

悩める子爵と無垢な花
トウリン
恋愛
貴族でありながらウィリスサイド警邏隊副長の任に就くルーカス・アシュクロフトは、任務のさ中一人の少女を救った。可憐な彼女に一目で心を奪われたルーカス。だが、少女は一切の記憶を失っていた。彼女は身元が判らぬままフィオナという名を与えられ、警邏隊詰所に身を寄せることになった。失われたフィオナの過去故に、すぐ傍にいながらも最後の一歩を縮めることができずにいたルーカスだったが、ある事件をきっかけに事態は大きく動き始める。
※他サイトにも投稿します。

星降る夜に君想う
uribou
恋愛
高校生の夏樹(なつき)は、星空を眺めるのが好きな少女。彼女はある夜、都会から転校してきた少年・透(とおる)と出会う。二人は星を通じて心を通わせ、互いの夢について語り合うようになった。
しかし、透には重い病気という秘密があった。余命が限られていることを知りながらも、彼は夏樹との時間を大切に過ごしていた。やがて病状が悪化し、透は入院することになるが、別れを告げずに去ってしまう。後日、夏樹は透からの手紙を受け取る。そこには、彼女への感謝と、星空の下でまた会おうという約束が綴られてあった。夏樹は透の夢を胸に抱きながら、自分の夢に向かって進んでいく決意を固める。

牢で出会った私の王子
優摘
恋愛
無実の罪で牢に入れられたリオノーラは、1カ月後処刑された。
しかし、再び自分は牢の中に居た。断首された筈なのに、牢に入れられた日に時間が戻っていたのだ。
2度もそれを繰り返し、戸惑うリオノーラが牢で出会ったのは自分よりも年若い、美しい少年だった。
「じゃあ、行こう」
と言う彼に誘われて、気が付くとリオノーラは他国の森の中に居た・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる