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彼の独白
しおりを挟む――彼氏じゃないって誰のこと?
我ながら、意地の悪い問いかけだったかもしれない。
“――彼氏じゃありませんてば!”
君の仕事が終わるのを見計らって訪れた店、そんな言葉が耳に入って来た。
状況からして、俺のことだと思うんだけど。
そんなに強く否定しなくても良いのに。
照れ隠し?
それとも、本当に誤解されるのが嫌だった?
君と帰るたび、買う花束の意味を知っているかな。
別れ際、数語の言葉と共に、いつも君に渡そうと思うのに、持ち帰るばかり。
幼なじみというには遠く、友人と言うには近すぎる、君との関係。
一歩踏み込んでも、君は逃げたりしない?
関係ない、なんてつい自棄になってこぼれてしまった突き放すような言葉に揺れた瞳、期待してもかまわない?
いつもは溶けて重なりあう君との空間が、今日は弾けるような熱を孕んで、二人が危ういバランスの上に今いることを教えてくる。
笑顔で話す、ふとした合間に何処かを見つめる頼りなげな顔。
らしくない、その表情は俺のせい―――?
彼女の住まいがあるマンションの前。
いつも通り手を振って、遠ざかるその背を、気付いたら呼び止めていた。
「――伊万里、」
少し驚いて振り向く君に、大事な言葉を渡すために、俺は唇を開いた―――。
運命だと思った、なんて言ったら、君はまたあの頃のようにきょとんと目を瞬かせた後、笑うだろうか。
仕事の都合で幼い頃を過ごした街に越してきたのは数ヵ月前。
戻った時、会えたらいいなと懐かしく思ったのは君だけだった。
家と学校、病院を行き来するだけで友人と遊ぶ余裕もなかった自分には、こちらに戻っても連絡をしたい相手なんていなかった。
ただ、誰もいない家に帰りたくなくて時間をつぶしていたときに、同じ時間を共有した彼女以外は。
引っ越す前の数ヶ月を親しく過ごした(と俺は思ってる)、同じクラスの園芸委員の女の子。
女の子と言っても、あの頃の彼女は髪も短く、兄弟のお下がりだという服を好んで着ているユニセックスな外見だったから、初対面だとほぼ少年だと勘違いされていた。
外で走り回っているのが似合いな、元気を体現しているような子で、委員という接点がなければ、インドアな俺とは親しくもならなかっただろう。
それくらい、あの頃の俺と彼女は違う生き物だった。
そんな相手が、大人になっても記憶に残る存在になったのは、やっぱりあの時間を過ごしたから。
男なのにとバカにされるか、もの珍しそうにされる花を育てる趣味も、裏なくスゴいなと感心するだけで、俺の話を楽しそうに聞いてくれて。
管に繋がれた妹の痩せ細った姿や、暗い父母の顔しか見ていなかった生活の中、太陽の下、笑う君が眩しかった。
仲の良いクラスメイト。
何故か気が合った相手。
学校生活の反対側で、暗い気持ちを持つしかなかった俺の、よりどころだった彼女。
だから居なくなる自分を忘れないで欲しくて、君の机に願いを込めた、小さな花束を入れた。
君はあの花言葉を笑ったけれど、その分覚えていると思ったから。
突然いなくなる俺の気持ちを、分かって欲しかった。
……まあ、友達の多い君だから、一時親しかった程度の俺をずっと忘れないでいてくれるなんて、あまり期待はしていなかったけれど。
連絡をとろうと思えば出来た。
手紙だって電話だって、休みに出かけることだって、自分さえ行動を起こせば容易かったはずだ。
まだ恋ではなく、だけど友人以上の想いを持っていた、から、なおさら、当たり前のように遠くへ行く話をして、当たり前のように連絡を取り合いたいなんて、言いたくなかった。
たった十年と少しの人生で、諦めと達観することばかり覚えていた俺は、そうしてつながりを保っていてもいずれは手近な生活に紛れて記憶の隅に消えてしまうのだろうと予想がついていた。
――これは賭け。
君に小さな傷をつけて、俺という痕を残したい。
覚えていて。
忘れないで。
いつかまた出会うだろう時に、俺のことを思い出して。
そうして仕事の帰り、必要があってたまたま寄った花屋。
大人の女性になった君がいて、――賭けに勝つ。
少年めいた強い眼差しはそのまま、
柔らかく花開いたような君が目の前にいることが、
俺を忘れないでいてくれたことが、
どんなに嬉しかったか。
子どもの俺が置き去りにした淡い想いが形を確かにしたのは間違いなくあの瞬間だった。
一緒の時間を過ごしたことを思い出す、花の香りがするその場所を、仕事に選んだのはどうしてかな。
やっぱり、運命みたいだと思わない?
幼かった頃とは違う気持ちで君を想ってる、それを、ずっと、告げたかったんだ。
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