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彼とわたし(2)
しおりを挟む再会のあの日、依頼の花束を彼に渡すとき、柄にもなく差し出す手が震えそうになったことは、ぜったいに椿には秘密だ。
どのお客様から受けた仕事だって、緊張するのは変わりないんだけど。
気に入ってもらえるだろうか? イメージは間違ってない? 希望通りに創れた?
そうした自分の技量に対する自信と不安がせめぎ合っていても、これで間違いナシ! と思ってお渡しすることが任されたこちらの義務だと思っている。
ただ、彼の妹を間接的にでも知っていたからこそ、形にするのが難しかったというか。
私の主観がどうしても入ってしまいそうになるというか。
あの頃のいろいろな思い出が湧き上がって、彼に渡すための花になっていない? なんて、雑念が手の動きを鈍くしたのは間違いない。
花にまつわるおとぎ話が好き。春の緑色が特に好き。ヒラヒラしててかわいいからスイートピーが好き。
本当にささやかだった会話の断片を拾って、彼の小さな妹の、現在を思い描く。
快復って言ってた。よかった、病気、治ったんだ。椿の妹だから、おとなしやかな美少女に育ってるかな。五つ下だって聞いた気がするから、今は十九歳くらいかな。
華やかに。可愛く。お祝いだから、見たら明るく幸せになるような花姿がいい。
……やっぱり必要以上に雑念が入った気がする。
一抱えある花束を目にした彼が、「ありがとう」とそれはそれは素敵な笑顔を見せてくれたものだから、私の不安なんてきれいさっぱり吹っ飛んで行ったんだけど。ドヤ顔になってなかったことを祈りたい。
一歩、お店の外に出て。
何から話そうか、どう声をかけようかと迷ってた私なんて気にする様子もなく「久しぶり、伊万里」って、先週振りみたいに普通に言ってくるから。
嬉しいんだか照れるんだか、ムズムズした気持ちのまま、「びっくりしたじゃんか」と十二年越しの文句を含んだ言葉を拗ねたようにぶつけてしまった。
休憩時間は限られていたから急きながら近況報告を交わして、連絡先を交換して。
翌日にはもう食事に行く約束をしていた。
話しても話しても、話題は尽きることなく。
どこか満ち足りない心がお互いにあったから、からかわれるくらい頻繁に会っているんじゃないかな、と思う。
「ベリーニと……、椿はジントニックでいいのか? あと、いつものおつまみのセットお願いします」
彼が頷くのを確かめて、私は店員にオーダーを伝えた。
食事を終えて、何となく飲みに流れたバー。
ここのカクテルはお手頃値段でけっこうイケる。最近の、私達の行きつけ。
「伊万里は何で俺と話すときと、他のひとと話すとき、口調が違うの?」
ふと椿が、可笑しそうに言った。
自分でも意識してなかった、そんなこと。
「あれ……、そういや何でだろ、ヘンだな?」
確かに椿に対してだけ、昔のようなざっくりした話し方をする自分がいて、首を傾げる。
「俺にはそっちの方が馴染みがあるから違和感ないけど。綺麗な女のひとになった伊万里の口から、そういう言葉遣いが出るのは面白いね」
そんな何気ない言葉に私がドキリとするなんて、思ってもいないから、言えるんだろう、椿は。
“綺麗な女のひと”だなんて、簡単に。
真面目に取るのもバカらしいくらい、サラリと。
そっちだって、そんなふうに男のひとじゃなかったくせに。
あまり変わらなかった身長は、頭ひとつ高く、細かった腕は確りと、力強くなって。
心臓の下辺りに響く、低く落ち着いた声とか。
ふとした仕草に感じる、男性用のコロンの香りとか。
そういう細かいこと全部、私をどんなにドキドキさせているかなんて、思ってもいないんだ。
――やっぱりさっき、言えばよかった。
『彼氏って、椿のこと』
『勘違い、されてるみたいなんだけど、それ、本当のことにならないかな……?』
タイミングを逃した言葉は、すぐには出てこない。
それに、ちゃんと、好きだと告白するには、自分の気持ちに自信がない。
悪いクセ。
私の恋愛はいつも、後手に回る。
(好きなのかも?)
なんてハテナがつくような、あいまいな気持ちで手をこまねいていたら、相手に好きなひとが出来て、こちらの好きは消滅してしまう、毎度毎度のパターンで。
今回もそうなっちゃうのかな。
そんなのヤだな。
チラリと、向かいに座る彼を見る。
椿とは、そうして終わっちゃうのはヤだな……。
なんて思っている時点で、答えは出ているんだ。
回り道になるのに、いつも椿はマンションの前まで送ってくれる。
雑に育った私は、当然のように女の子扱いされるのがくすぐったい。
別れ際、言おう。
絶対言うんだ。
固く決心したはずだというのに。
「送ってくれてサンキュ」
意気地無しの私は、やっぱり言い出せず、いつものように手を振ってしまう。
ばかばかばか、
それじゃダメでしょ!?
歩き出した足を止めて、もう一度彼に振り返る――前に。
「――伊万里、」
彼が、私を呼び止めた。
「好きだ」
たった数語の音が、こんなにも胸を騒がせるのは何故だろう。
聴く自分に理由があるせい?
それとも発した相手のせい?
立ち止まった私が何も反応しないからか、椿はもう一度言った。
「好きだよ」
気負っていたものがプツリと切れ、足の力が抜ける。
「伊万里?」
ペタンと地面に座り込んでしまった私に驚いて、椿が慌ててこちらへ駆け寄ってきた。
「今頃足に酒がまわったの?」
腕を引き上げながら、可笑しそうに言って。
まだ足が震えてしっかり立つことが出来ない私を、椿の腕が支える。
「……ビックリしたんだよ! なに、急に、イキナリ…っ」
動揺しまくりの私は、椿がさりげなく肩を抱き寄せたことにもあまり意識がいかなかった。
好きだと言った椿の声が頭をぐるぐるして、驚きすぎた心臓が激しく跳ねている。
「今日を逃したら、また長々待つことになりそうだったし…」
そう呟いた椿が背中に手を回してきて、足がまだガクガクしていた私は引き寄せられるままその胸にもたれかかることになって。
な、情けな……!
告白されたくらいで、こんな―――、
……え?
『好きだ』
って、言った?
いま、そう言ったの、椿?
私の、聞き間違いじゃないよね――?
目の前にあるスーツの胸元をギュッと両手で握る。
「……それ、俺は期待していいの」
クス、と耳元で笑う椿の声に、ムッと唇を結んだ。
なに余裕かまして……、
言い返そうとした私の手に椿の手のひらが重なり、
「……期待して、いいの……?」
その声と手が震えていることに気付く。
見上げると不安げな瞳とぶつかり、暴れだしたいような衝動が込み上げた。
私の唇から勝手に言葉が転がり出る。
――好き。
やっと音にできた言葉は、夜の空気に溶けて響いた。
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