Open Sesame 余録

深月織

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めりくり閣下と侍女

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 部屋に戻ると小娘が手書きのかれんだぁを前に、腕組みをして立っていた。俺が帰ってきたのに気づいて、パタパタやってくる。
「お帰りなさいませ閣下! ゴハンの用意しますねー」
 上衣を手渡しながら頷いて、暦に目を向けた。
 グリグリと子どもの落書きのように印されていた日付に、「何かあるのか?」と訊ねると、「クリスマスです!」と興奮した返事。
「いえ、こちらでのこの日が十二月二十五日かは正確にはわかりませんが、たぶんこのへんってことで!」
 ハスミの世界の時とこちらの時にはズレがある。
『あちらの一日は二十四時間、こっちは二十五時間、一月は三十日こっちは五十日、一年は十二月こっちは八月、てゆかそもそも一分の定義自体こちらとあちらで同じではないんじゃないですか? って考え出したらワカンナクナッテキタ!』
 こちらのことを教えているときに、そう叫んだハスミは阿呆だが頭は悪くない。気づいただけでも上等だろう。
 熱が出る! とそれ以上考えるのを止めたことだけは、いただけないが。だから阿呆のままなんだ。
 ――そのズレを自分の中で消化するために、あちらとこちらを照らし合わせた暦を手作りし、よくわからない風習を持ち出したりする。今のように。
「くりすますとは何だ」
「神さまの誕生日です! あれ? キリストって神さまじゃないかー。ええっと……とにかく、この日は恋人同士がいちゃいちゃしたり、ごちそう作って家族や友だちとパーティーしたりする日なのです! プレゼント交換は必須です!」
 神とやらはどこに行った。
 詳しく聞こうにも、ハスミの説明はいつも支離滅裂だ。記憶喪失のせいではなく、細かいことにこだわらない小娘自身の性質のせいで。
「ミートローフ作りますよ! さすがに鳥の丸焼きは無理ですし、あれって実はそんなに美味しくないんじゃないかとハスミ的には思うのです! ソースとか工夫すればそうでもないんですけど、残った骨と身で作ったスープは美味しいんですけどねー」
 いつもあれは誉めてもらって、と言いかけて、黙り込む。
“いつも”“誰に”“誉めて”もらっていたのだろう――自問する声が頭に響いた。封じた扉の向こうに見え隠れする面影は、三人。それはおそらく、喪われたあの二人と、会うことも叶わないあちらにいるハスミの兄弟だろうと、俺は見当をつけている。
 理不尽に家族を失い、その生死すら知ることも出来ない彼の者は、今どうしているのか。時折頭を掠める。考えても、詮ないことを。
 本来の運命の道筋から、彼女たちを奪った罪は、いつか購わなければならないときがやって来るだろう。
 ただ、今は――
「――ハスミ、数日後の食事のことより、俺は今日の食事の方が気になるんだが?」
 動きを止めていた娘はハッと面を上げて、瞬きする。
 おっとそうでした! と先ほどまでの憂いを拭い去り、奥へ身を翻す後ろ姿を見送った。
 ――今は、少しでも、あの娘が健やかでいられるよう、心を配ることしか出来ないが。
 傷が癒えるその日まで。否、そのあとも。
「本日は具だくさんシチューです! ミートパイも焼いてみましたー!」
 この能天気な笑顔を守るのは、俺であればと願った。

 
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