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一軒目

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帝都での学院生活が始まって7日経ち、少しこの生活にも慣れてきた。

お姉ちゃんはコレットさんと距離を縮めており、コレットさんもお姉ちゃんの事をエレナちゃんと呼ぶようになった。

お姉ちゃんはコレットさんという友達をつくったわけだけど、僕にはまだ友達はできていない。
カムイ君が放課後に一緒に訓練をしようと誘ってはくれるけど、誘っているのは僕だけではなく、仲良くなろうというよりは、戦い方を学んで自身がもっと強くなりたいという感じだ。
だから、友達というわけではない。
仲良くはなっていると思うけど……。

スレッド君ともあれから話していない。
距離をとられているというのもあるし、正直何を話せばいいかもわからない。

だから、お姉ちゃんとコレットさんの話によくお邪魔している。

スレッド君から継承権争いの話を聞いた以外は、特に変わったことは起きず、他にやることもないので訓練に励んだり、回復魔法の可能性についてお姉ちゃんと検証していたけれど、問題が発生する。

「知っている者もいると思うが、皇帝陛下に対する抗議が激化している。戦を望まないセレイユ皇女を女帝とすれば、スキルを消されることはないという噂が広まったこともあり、各地で暴動にまで発展している。これに伴い、争いが飛び火して生徒の安全が確保出来ない可能性を考慮し、しばらくの間学院は休みとすることになった。学生寮に残るのも、家に帰るのも自由とするが、むやみに外出はしないように。また、以前から言っているとおり、抗議には参加しないようにすること。今日の訓練も中止だ」
朝のホームルームでガルド先生が連絡事項を話す。

徴兵から逃れる為に帝都の学院に来たわけだけど、こっちの学院で学べないのに、それを理由に帰らずにいていいのだろうか……?

「休みの間、訓練場を使うことは出来ませんか?」
カムイ君が質問する。

「学院の門は全て閉める。学生寮を除き、学院の敷地に入ることは出来ない。自室で出来ることをしなさい」

「部屋の中で火魔法なんて使えません。ボヤ騒ぎになってしまいます」

「気持ちはわかるが、これは決定事項だ。私に言っても結論が変わることはない。どうしてもと言うなら学院長に言うしかない。諦めなさい」

「……わかりました」
1人許せば、何人も人が集まってしまうだろう。
そうなると、休みにした意味がなくなってしまう。
これは仕方ないとして、カムイ君は諦めるしかない。

他に質問する人はおらず、ゾロゾロと教室から退出していく。

「俺達も屋敷に帰るか」
ロック君に言われて席を立つけど、頭を抱えているカムイ君のことが気になる。

「学生寮に寄ってもいいかな?」

「俺は構わないぜ。少しくらい寄り道したっていいだろ。どうせ屋敷に戻ってもやることはない」

「カムイ君。訓練が出来る場所が欲しいんだよね。許可が出るなら、学生寮の庭に簡単には壊れない建物を建てようか?激しい魔法の練習は出来ないと思うけど、土魔法で作るから燃えることはないと思うよ」

「そんな大変そうなことを頼んでいいのか?」

「大丈夫だよ。僕の訓練の成果を見せる時でもあるから」

「助かる。ありがとう」

カムイ君がマルクスさんに学生寮の横に訓練用の小さい建物を建ててもいいか直談判したところ、すんなりと許可が降りた。
建物が壊れて、他の生徒を危険に晒すようなことがないようにするという条件は付けられたけれど。

カムイ君の案内で学生寮へと行き、少し離れた所に土魔法で家を建てる。
倉庫のような、直方体の家だ。
カムイ君は火魔法をメインで使うので、中毒にならないように窓枠も作って、空気の通り道にする。
ガラスを土魔法で作ることが僕には出来ないので、窓枠には何も入っていない。

「こんな一瞬で……。土壁を積み上げていくのだと思っていた」
カムイ君が驚いている。
訓練の成果が出ているということかと、僕は少し満足するけど……

ギュギィィィ!バンっ!!

ドールハウスを作る時と同じように出入り口のドアも一緒に作った結果、ドアは力任せにしか動かすことが出来ず、動いたと思ったら蝶番が壊れてドアが倒れた。

まだ、僕の土魔法の熟練度は、そこまでの物を作れる程ではなかったようだ。

「……。」
自分の技量が足りていないことを自覚した僕は、無言のままパーツごとにドアを作り、先ほどの倉庫型の訓練場にはめ込む。
蝶番がどうしても耐久性に欠けるので、今回はスライド式のドアにした。
少し歪ではあるけど、ローラーも付けたのであまり力を入れなくても開閉が可能だ。

「出来たよ。試しに中で魔法を使ってもらえる?」

「あ、ああ」
カムイ君が中に入り、模擬戦の時に見た火の槍を壁に放つ。

壁が少しだけ崩れる。

「もう一回お願い」
崩れた壁を直してから硬化のスキルでさらに壁を硬くしてから、もう一度魔法を放ってもらう。

ヨシ!
キズが付くくらいで、崩れることはないな。

後は結界を張っておけば、当分は壊れないだろう。

「天井が崩れたら危ないから、壁が崩れたり、ヒビが入ったら使うのをやめてね」

「いつまでも壊れないような気がするが、これで訓練が続けられる。ありがとう」

「カムイ君はなんでそんなに強くなりたいの?」

「俺は親父が倒せなかったアイスドラゴンを倒したいんだ」

「カムイ君のお父さんはアイスドラゴンと戦ったことがあるの?」

「いや、親父は遠くから見ただけだ。あそこに雪山があるのが見えると思うが、あそこで親父はアイスドラゴンを見つけてしまった。親父はAランクの冒険者で、どんな危険な依頼でもこなす自慢の親父だった。でも、雪山から帰ってきた日から親父は変わってしまった。難しい依頼を受けなくなり、ただ金を稼ぐ為だけに冒険者を続けている。ドラゴンを見つけてしまったのだから、生きて帰ってきてくれただけで俺は嬉しい。親父が簡単な依頼しか受けなくなったのは、死んだら俺が悲しむことに気付いたからだとお袋から聞いている。でも、その時は逃げたとしても、次は倒せるように親父には挑戦し続けて欲しかった。もちろん、今の俺が親父が倒せなかったアイスドラゴンを倒せるとは思っていない。今後、倒せるようになる可能性も低いだろう。だから1分1秒を無駄にしたくないんだ」
やりたいことがあって、それに向かって努力しているカムイ君が眩しく見える。

「それじゃあ僕たちは帰るけど、このまま王都に帰ることになるかもしれないから言っておくね。お世話になりました。訓練に誘ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「お礼を言うのは俺の方だ。俺は卒業したら冒険者になる。依頼で王都に行くこともあるだろう。その時に強くなった俺を見せにいく」
カムイ君とまた会う事を約束して握手する。
カムイ君とは友達になれていたんだなと思い直す。

「お前みたいな奴は嫌いじゃない。死ぬ覚悟があるならここに行け」
ロック君がカムイ君にメモと木彫りのメダルを渡す。

「ここに何かあるのか?」

「俺を鍛えた師匠がいる。それを見せればお前が鍛えるに値するかの審査はしてくれるだろう。師匠の修行から生きて帰ってこれたなら、アイスドラゴンくらい一撃で葬れる力を得ているはずだ。ただし、修行は地獄そのもので、途中で逃げる事は許されない。学院も退学することになるだろう。よく考えて決めろ」

「……君と同じくらい強くなれるのか?」
カムイ君は真剣な顔で聞く。

「それはお前と師匠次第だ。師匠には秘密が多い。その秘密を話してもいいと判断されたなら、俺以上に強くなれるかもしれないな。ただ、普通の幸せを送りたいなら、鍛えてはもらっても秘密は聞かない方がいい。聞くならそれ相応の覚悟が必要だ」
ロック君の師匠とはどんな人なのだろうか。
正直、気になる。

「よく考えて決める。ありがとな。次会った時は、少しでも苦戦させられるように成長してみせる」

「楽しみにしている」
なんだかんだでロック君とカムイ君も仲良くなっていたようだ。

用事も済んだので、コレットさんの家に挨拶をしてから屋敷へと帰る。

「帝国がこの様子だと、戦になることはないでしょう。王国の兵が進軍しているという話も聞かないので、ダイス君がうまくやったと期待して王都に帰りましょうか。何かやり残したことはありますか?」
屋敷で時間を潰していると、遅れて帰ってきた学院長に集められて、帰還することになった旨を伝えられる。

確かに王国がどれだけ戦をしたくても、帝国は迎え撃つという選択は取れないだろう。
戦になった時点で、勝っても負けても、帝国は民衆からの信頼を完全に失うことになる。
よほどのバカでない限り、皇帝はそんな決定をしないはずだ。

「コレットさんとカムイ君には別れの挨拶はしてきました」

「帝都から出られなくなると困りますので、急ではありますが、準備が出来次第出発します。ルフさん、出発の準備を手伝ってください」

「かしこまりました」
ルフにより、馬車と移動中の食料の準備が急ピッチで行われ、僕達はその日の内に帝都を出発した。
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