竜の国の探偵事務所~元英雄の弟子は冒険者ギルドで探偵を目指す~

渡邊 香梨

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【開業前Side Story】探偵になりたい英雄の極めて不本意な日常

第7話 覚悟必須 証明不要

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 自ら「ホンモノの公爵子息(庶子)」と名乗った男は、名をアトスだと自己申告した。

 どうしてそういう言い方になるのかと言うと、今、ブラウニール公爵邸に出入りをしている仮面の男も「アトス」と名乗っているからなんだそうだ。

「なるほどな。ああ、俺はギルフォード、こっちはリュート。ざっくり言えば〝竜持ち〟だ」

 騎乗するための「自分の竜」を持っているのは、基本、王の近衛か辺境の騎獣軍関係者か、上位クラスの冒険者。このどれかでしかない。

 適度に背後はぼかしながらも、嘘は言っていない。
 それにアトスの方も、それ以上を根掘り葉掘り聞くつもりはないようだった。

 よく言えば、今の自分の置かれている状況をキチンと把握していると言うことだろう。

 どうやら問題の懐中時計にも「アトス」の名はガッツリと刻まれているらしい。
 仮面の男が違う名前だったとしても、それは「アトス」と名乗るだろう。

「他に自分がホンモノだって証明出来るような何か持ってねぇのかよ」

 ダメもとで聞いているであろうギルフォードに対し、案の定アトスも首を横に振っている。

「私が直接母の想い出を語ったところで、仮面のアイツから聞いたとでも言われてしまえば言い返せない。目に見える証拠と言われれば、あれだけなんだ」

「顔は?俺らは公爵も相手の女性の顔も知らねぇけど、見れば一目瞭然とか……」

「髪と瞳は父の色、全体的には母の容貌と言われていたから何とも……」

 なるほど。
 だからこその仮面なんだろう。

 髪と瞳さえ、ブラウニール公爵に似た人間を探し出してくれば、あとは仮面で覆い隠してしまえば良い。

 それに聞けば魔獣に襲われてケガをしたのも本当で、実際には背中に大きな傷跡が残っているのだとアトスは言い、一瞬だけ着ていた服をはだけさせてこちらに背中をチラ見せした。

 野郎が悩ましげに服を脱いでもなぁ……などと呟いているギルフォードは思い切りはたいておいて、リュートもちゃんとその傷は視認した。

「なるほどな。魔獣に襲われたとの話が身辺調査の段階で出たとして、顔と背中の違いなら、噂がどこかで歪んだんだろう――くらいにしか思われないと踏んだんだな」

「そう……かも知れない」

 やはり現時点でニセモノの主張を覆すことは難しいのか、と表情かおを曇らせるアトスに、リュートは「方法がないワケじゃない」と、アトスの顔をずいっと覗き込んだ。

「ハッキリ言えば身体張って貰わないとならないんだが……どうする?それ以上のケガを負わない保証もない」

「!」

 ハッと顔を上げたアトスに、絶対内容を分かっていないだろうにギルフォードが「まあでも、腹を括れないならおまえがこの先ニセモノ扱いされるコトになるぜ?」などと煽っている。

 多少の口惜しさはあるが、こう言った交渉事は軍人であるギルフォードの方がリュートより何枚も上手だ。

 手札が揃っていなくとも勝負をかけられる。
 その思い切りの良さは、なぜかリュートがカード勝負でギルフォードに負け越していることの証でもある気がしていた。

「……懐中時計がなくとも、使える手だてがあると?」
「身体さえ張れるなら」

 ここでアトスの耳に優しいことばかりを言っていても始まらない。
 リュートもギルフォードに倣って、しれっとそこで相槌を打つ。

「…………分かった」

 ぎゅっと目を閉じて、少しの間考えているようだったが、それも長い間のことではなかった。

 分かったと、そう言ったアトスはリュートとギルフォードに向かってしっかりと顔を上げて見せたのだ。

「信じて貰えるかどうかは分からないが、私は母の形見を取り戻したいだけで、公爵家の名前や父の財産に関しては興味がない。ああ……叶うなら、母を愛してくれていたのか、それくらいは聞いてみたいとは思うが、本当にそれだけだ。あとはそちらの良いようにしてくれて構わない」

 なるほど、と答えたリュートとギルフォードの声は奇しくもハモっていた。

「お互い様なコトを言えば、父親のコトをぶん殴ろうが財産をぶん取ろうが、それは自分で納得のいくようにすれば、それでイイんじゃねぇの?って感じだけどな」

「特に俺なんかは、そこまで面倒見ろとは言われてないしな」

「あっ、リュートてめぇ、ちゃっかり責任転嫁しやがったな⁉」

「事実だ」

「くっ……この自由人め」

 それが軍人との違いだと思いながらも、そこまでリュートは口にしなかった。

 皆、それぞれに事情があって今の職業を選択しているのだから、それ以上は自分が言うべき言葉ではないのだ。

「まあいい。コイツ、やる気はあるみたいだから説明してやれば?」

 そしてギルフォードも、リュートが口を閉ざした続きの言葉を分かっていながらも、それ以上はその話に触れずに、巧妙に話題を転換してきた。

 リュートも「仕方がない」とばかりに咳払いをして、話を本筋へと戻すことにした。

「今、ブラウニール公爵邸に出入りしている仮面の男がニセモノだとして、だ」

「証拠がない」

「おまえ意外に短気なのか、アトス? 俺の故郷じゃ『短気は損気』って窘められるぞ?」

 とりあえず聞け、と言うとアトスも渋々黙り込んだ。

「確かに証拠がない。だがニセモノは、自分がニセモノだと言うことを誰よりもよく分かっている。毎日、いつかホンモノが別の証拠を持って押しかけて来るんじゃないかと怯えてる」

「!」

 先に反応を見せたのはギルフォードの方で、アトスはまだ、リュートの話の続きを大人しく待っていた。

「証拠がなければ、ニセモノの怯えた心を揺さぶってやれば良い。何も目の前で証拠を突き付けるばかりが自白の手段じゃない」

「……と、言うと」

 即座に思い至らない辺りが、一般人と軍人あるいは冒険者との差だろう。
 そもそもが、荒事慣れしていないのだ。

「ただ目の前をうろちょろしてやるだけで良い。いかにもホンモノが、公爵邸訪問のタイミングを窺ってます、と言ったていでな」

 そうなれば、ニセモノは焦る。
 ここまで上手くいっていた筈の自分の牙城が突き崩されてしまうと焦るだろう。

 本当に証拠の品は懐中時計だけだったのか?

 何度か目につくように姿を現せば、疑心暗鬼が膨らみ、そう間を置かずに「排除した方が早い」との結論に到達するだろう。

 ニセモノであるが故に、後ろめたさと恐怖が墓穴を掘らせる。

 そこに新たな証拠は必要ない。
 要するに心理戦だ。

「この場合、アイツらがニセモノだと断言さえ出来れば良い。極端な話、おまえがホンモノであることの証明は必要ない。その証明は、おまえがニセモノを蹴落とした瞬間から要求されるモノであって、今じゃない」

 そして俺たちはホンモノである証明を必要としていない――。
 そう言ってリュートは、口角をつり上げた。


「アトス。ニセモノの襲撃を受ける、覚悟と根性はあるか?」
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