竜の国の探偵事務所~元英雄の弟子は冒険者ギルドで探偵を目指す~

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
32 / 40
【開業前Side Story】探偵になりたい英雄の極めて不本意な日常

第6話 張り込んでみた

しおりを挟む
 高級な宿ほどプライベート部分の保護がしっかりしているのはこちらでも似たようなものらしく、リュートやギルフォードが日がな一日窓の外を眺めていたとて、誰も二人にそのことを尋ねること、話題にすることすらもしなかった。

「なるほど……仮面だな」

 どこかのカーニバルででも使われていそうな仮面、それも鼻から下の部分は素顔が出ている形のモノだ。

 見ていれば朝と夕方、今リュートたちが滞在している所よりも明らかに安い宿から、公爵邸へと出入りしている二人。

 仮面を付けていない方が後見人の男爵と言うことだろう。

「俺たちと同じ宿でもなく、公爵邸の敷地内に滞在させているわけでもない……やはり公爵家の関係者はこの話を疑っているんだな」

 リュートの呟きに「そうだな」と、ギルフォードも賛成している。

「それでも懐中時計はホンモノなんだろうな。だから中途半端な対応になってるんだろう」

「と言うことは、懐中時計の本来の持ち主を探すべきか……」

「アイツらが公爵邸に行っていない時間にウロついているところでも行ってみるか?」

 ギルフォードの提案に、このまま毎日ここから眺めていても進展しないだろな……と、リュートも乗ってみることにした。

「けどリュート、多分だが公爵家の関係者だってそれは見張ってる筈だし、男爵たちもそれは想定済みで、迂闊な行動はしないようにしてるんじゃないか?」

「まあ、それはそうなんだが……俺が気になるのは、懐中時計はホンモノで、仮面の男はニセモノだとする。そうするとだな……」

 口元に手をあてながら考える仕種を見せるリュートに、ギルフォードが「そうすると?」と、考えの先を促した。


「……懐中時計を取り返そうとするヤツが現われるんじゃないか、と思ってな」


 昼間はブラウニール公爵にも公務があり、屋敷を空けていることが多い。
 さすがに男爵たちもその間屋敷には居座れないのだろう。
 領都の一角にある居酒屋にたむろしていることが多かった。

「働きもせず、昼間っから飲むかね。なるほどホンモノらしくないと言うより、ホンモノであって欲しくない、ってところかもな」

 むしろ揉め事を起こして欲しいのかもな?と同じ居酒屋の中、離れたテーブルから様子を窺いながらギルフォードが言い、その発言にはリュートもおおむね賛成だった。

 どう考えても目立つと思われる大剣の方は、宿の部屋に置いてきた。
 代わりに腰から普通の長剣ソードを下げておく。

 普段は魔力に任せて力技で剣をふるっているから、感覚が狂う。

 なるべく揉め事には近寄らないようにしよう、とリュートは思っているのだが、そんなことは表に出さず、出された料理に口を付ける。

「まあ、今は公爵家に認めて貰う方が先だろうから、働きようもないだろうが……確かに普段から働いているヤツの振る舞い方ではないな」

 見るからに、振る舞いがゴロツキのそれであって、男爵だと言うことの方が付け焼き刃に見えるのだ。

 その辺りも、素行不良の次男とやらの権力で何かしているのかも知れない。
 そこも今は証拠に欠けているのだが。

「もしやリュートもニセモノ説賛成派か?」

 料理ではなくエールを口にしているギルフォードも「昼間っから」と言われても仕方のない振る舞いではあるが、彼自身がちょっとやそっとでは酔わないザルであることもリュートは知っているため、それには迎合せず、本人のペースに任せていた。

「まあな……ちょっと、気になるヤツもいる」
「おっ?」

 放っておいても仮面の男は目立つし、声をかけられても適当にあしらってはいるようだが、その中で一人、自分たちと同じように明らかに仮面の男を気にしつつも、声はかけずに「監視」をしている男が一人いた。

「声かけるか?」
「そうだな……この店を出たところで、こっちの宿にしてみるか」

 似ている、似ていないはリュートにもギルフォードにも分からない。
 髪の色が同じような紅茶色だから、と言うだけでは何とも言えない。
 それでも。


「なあ、ちょっと良いか?」


 手がかりになればと、二人はその男に声をかけてみることにしたのだ。



.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜



「この部屋は……」

「ああ、だろ?」

 普通に話しかけたとしても、こちらは冒険者と軍人だ。
 相手が所在なさげに部屋を見回すのは無理からぬ話だった。

 だからリュートも最初から、手札の一部を見せることにした。
 スタスタと男の隣を通り過ぎ、窓の外を指差してみせる。

「ブラウニール公爵邸への人の出入りが丸わかりだ」
「…………!」

 ひゅっ、と相手が空気を呑み込む音が聞こえた。

「まあ、ぶっちゃけて言えばおまえも『偽物』を暴きたいんじゃないかと思ってな」
「どうして……」
「しいて言うなら、同じ匂いがしたとでも」

 具体性に欠けるとは思ったが、リュートとしても他に言いようがない。
 相手の判断を待つよりほかはなかった。

 自分よりも相手に威圧を与えそうなギルフォードのことは、後ろでいったん控えさせておく。

 暴れた時には頼む、の意だ。

「……そっちはニセモノを暴いて何をしたいんだ」
「信用してくれるのか? 側じゃないと」
「アイツらと同じ穴のむじななら、問答無用で捕まえてるかと思っただけだ」
「違いない」

 どうやら相手は相手で、比較的冷静に物事を判断出来るようだ。

「まあ、しいて言うならニセモノよりも、ニセモノを掲げて威張り散らしている方が俺らの本命だ。極端な話、ニセモノ自身にすら興味はない」

 なので比較的本音に近いところをリュートがぶつけてみると、思った通りと言うか、こちらへの警戒心を緩めたかの如く目を瞠っていた。

「……なら」

 そんな交渉が効いたのかどうか、今度は向こうからこちらの出方を窺うかの様な問いかけが投げられてきた。

「私の目的が懐中時計だと言ったら……そっちは、どうする?」

「!」

 懐中時計。
 確かブラウニール公爵が、突然の訪問者を息子と判断した唯一の品物。

 リュートとギルフォードは、一瞬二人で顔を見合わせた。

「さすがに、おまえの正体がタダのコソ泥で、懐中時計を売り払いたいだけ――とかなら、全力で止めさせてもらうぜ? それは、ブラウニール公爵の長年の思いを踏みにじる、下衆の所業だ」

 そう言うギルフォード自身、実際ちょっとしたロマンチストの傾向にある。
 懐中時計などと言う「初恋アイテム」に、もしかすると本人以上に入れ込んでいる可能性があった。

「……長年の思い……」

 だがギルフォードの言葉は、思いがけず相手の側を揺さぶっていたらしかった。

 何かをかみしめるようにそう呟いた後、そのまましっかりと、こちらの目を見返してくる。

「――私は、その時計を持つべき正当な人間だ」

「「⁉」」

「ホンモノのブラウニール公爵閣下の血を引く息子は私だ。あの時計は、病に倒れた母のための薬と引き換えだと、そう言われた挙句に奪われた。……信用、してくれるか?」


 リュートとギルフォードは、思いがけない暴露話に効果的な返しが思い浮かばず、しばらく立ち尽くすことしか出来ずにいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

処理中です...