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【開業前Side Story】探偵になりたい英雄の極めて不本意な日常

第4話 仮面の男

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 聞けばその男爵が「ブラウニール公爵閣下の息子を連れてきた」と言って門前にやって来た時、既にその息子と言うのが魔道具による「特定の人間にしか外せない」仮面と言うのを装着させられていたらしい。

「何でも街外れで魔獣に襲われて、とても人に見せられない怪我を負ったため……ってコトらしいぜ」

「それで、どうやって母親だ父親だと証明するつもりだったんだ」

「ああ……まあ、よくある話? 若かりし頃の公爵が、懐中時計をプレゼントしていたらしい。たとえ結ばれなくてもこの時計が同じ時を刻む……とか何とか。言ってて自分が恥ずかしいな、これ」

 思わず、と言ったていで両腕を寒そうにさすっているギルフォードに、リュートも気持ちは分かる、と頷いていた。

「一応、その時計は持っていたわけか」
「そう言うことだ」
「で、その話のどこにザイフリート辺境伯家が絡むんだ?」

 ギルフォード自身は火竜騎獣軍の人間で、その騎獣軍を統括するのがザイフリート辺境伯家。

 普通に考えれば、その「公爵が外で作った子」の信憑性を、辺境伯家が確かめようとしているとしか見えなかった。

 ザイフリート辺境伯家が、ブラウニール公爵家の派閥、寄り子だと言うのは聞いたものの、だからと言ってそんなプライベートな部分にまで首を突っ込む理由にはなっていない。

 リュートの疑問に、もっともだとばかりにギルフォードが「ああ」と、答えた。

「その『息子らしき男』を連れてきた男爵がいるって言ったろ?」
「言ったな」
「それがザイフリート辺境伯家の次男の取り巻きらしい」

 次男の取り巻き、と口にしたギルフォードの口調には、かなりのトゲがある。

 眉を顰めたリュートに気付いたのか、ギルフォードも「ここだけの話、その次男が札付きのワル、素行不良の問題児なんだよ」と、庇う様子もなく口にした。

「どう考えても、初恋の美談を語れるようなツラでも素性でもないって話でな」

「……公爵殿の考えは横に置いて、ザイフリート辺境伯家の方ではその『息子らしき男』はニセモノだと思ってるってコトか」

 そして出来れば、その素行不良だと言う次男がこれ以上やらかさないよう、辺境伯の名が不名誉な形で広まらない内に、秘密裡に表舞台から退かせたいのかも知れない。

 そう言った、リュートが言葉にしなかったところも含めて、ギルフォードは「そんなところだ」と、答えたように見えた。

「なるほど、そう言う話ならまあ……」
「そう荒唐無稽なコトは言っていないだろう、リュート?」

 実際、DNA鑑定とかそんな都合の良い仕組みがこの世界にある訳ではない以上、ブラウニール公爵と息子を名乗る男との血の繋がりに固執するよりも、後見人を名乗る男爵から攻めた方がよほど話が早い。

 それならば確かに、調べることは出来る気がした。

「受けてくれるなら、現当主エイベル・ザイフリート辺境伯も協力は惜しまないと言っている。元より三男は我が火竜騎獣軍のアンヘル・ザイフリート軍団長。長男のミハイルさんは王都で次期辺境伯としての公務をすでにこなしているから、実質当主と三男の協力の下で……って感じだな」

「仮にその仮面の男がホンモノだったら、どうするんだ?さしずめその男爵とザイフリート辺境伯家の次男が狙っているのは、公爵家から後見料なり何なり難癖付けて金を引き出すコトなんだろう?ホンモノだったら思い通りになっちまうぞ」

「その辺りは当主のエイベル様が何とでも考えて下さるだろうよ。例えばそのまま後見をザイフリート辺境伯家で受け持つ――実際の後見は男爵や次男とは限らない、とな?」

「げ」

「あくまで予想だ、予想。エイベル様はそれくらいやりかねないお方だからな」

 何と言っても現役辺境伯家当主だ。

 そう言われてしまうと、妙な説得力と共にリュートも頷かざるを得ない。
 要はとうに次男は見放している、と言うことなんだろう。

「そうそう、おまえが引き受けてくれた場合の報酬なんだが、おまえの場合はもう冒険者としてある程度稼ぎもあるだろう?下手に地位とか与えられて、辺境伯家や寄り親の公爵家に縛られるのも嫌だろうからって、エイベル様から別の提案を預かってる」

「別の提案?」

「おまえが今、世話になってるって言うカーヘンの仕立て屋。そこにエイベル様の娘さんの誕生日パーティーのドレスを何着か依頼するのはどうか?――だ、そうだ」

「!」

 それは、あまりにリュートのツボを突いた提案だった。

 もともとリュートが冒険者になったのだって、行き倒れていたリュートを親切にも拾って住まわせてくれた、若夫婦とその小さなへ息子への恩返しのために、生活費を稼ごうと始めたものだ。

 竜を倒し、冒険者として一躍有名になった後も、リュートは定期的にまとまった額を彼らに渡している。

 今のところは、仕立て屋として充分に食べて行けているからと、夫妻がリュートのお金をリュートと息子の将来のための資金として残しているのを知っている。

 これ以上、お金は彼らに喜ばれないだろうと分かっていたのだ。

 だからこそ「仕立て屋への依頼」を報酬にと言う辺境伯からの提案は、お金よりもリュートにとっては魅力的な提案だった。

 お世辞を抜きにしても、夫妻の仕立ては王都の店にもそう引けを取らないとリュートは思っているし、夫妻もきっと、腕を振るう機会が与えられたと喜んでくれるだろう。

「分かった、その条件で受けようギルフォード」

 そう頷いたリュートに「助かる」と、ギルフォードは軽く片手を上げながら礼を口にした。

「いや。辺境伯の慧眼にむしろ驚いているよ」

 そして長男も優秀、三男は騎獣軍の軍団長。
 何故次男だけが歪む……?とは思ったものの、むしろ、だからこそ、他人には分からないコンプレックスがあるのかも知れない。

「じゃあ、一緒にリクルへ行こうぜリュート。多分もう今頃は辺境伯家名義での指名依頼がリュートに出されている頃合いだ。地元カーヘンに戻るのは、その後ってコトで」

 まるで辺境伯家ごと、誰もリュートが断ると思っていなかった口ぶりだ。

「ギルフォード」

 若干釈然としない気持ちをこめて、リュートは再度念押しをしておいた。

「受けるのは良いが、今度『何でも屋』っつったらぶっ飛ばすからな。俺の居た国では『探偵』って呼ぶんだって説明しただろう」

「ああ、そうだっけ?悪ぃ悪ぃ、そっちの方が言いやすくてな、つい」

「ついじゃねぇよ。鳥頭呼ばわりされたくなければ覚えろ」

 分かったのか分かっていないのか、ギルフォードは「ははっ……!」と楽しげに笑っただけだった。
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