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【Case.1】狙われた竜の卵
5 誰がための報酬
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「ま、ハルトには刺激の強い話かも知れんが」
そう言いつつギルさんが教えてくれたところによると、山間で今回見つかったのは、黒妖犬と呼ばれる、見た目は犬ながら火を吹く特殊能力を備えた魔獣だったそうだ。
国内でもそこそこ有名だと言う冒険者パーティーによって、黒妖犬自体の討伐は上手くカタが付いたものの、実はそこからが大変だった、と言うのがギルさんの話だった。
「黒妖犬は一体で動く事が少ない。複数で組んで、獲物を追いつめて、炎以外にも鋭い爪や牙でトドメを刺す。だからまあ、その時も複数たむろしていた、ねぐらごと潰したワケなんだが」
当然、ねぐらと言うからには餌場があり、食糧が蓄えられていたりした。
そこに、既に食べられてしまった後の竜の幼体の骨や卵の殻、もちろん、まだ食べられる前だった、生きた魔獣たちも含めて、なかなかに現場は凄惨な空気が漂っていたらしい。
確かに、冒険者ではない僕にとっては、ちょっと想像しただけでも吐き気をもよおしそうだ。
いやいや、ダメだダメだ!これじゃいつまでたっても、叔父さんに心配をかけてしまう!
僕はふるふると首を横に振りながら、不気味な想像を頭から追い払った。
「骨や殻と言った、素材になり得るモノはギルドに運ばれて、運良く喰われる前だった魔獣たちは、近場のザイフリート辺境伯家に預けられて、今後どうするかを話し合われる予定だった」
「だった……ね」
机の上に肩肘をついたリュート叔父さんは、ギルさんの話を聞いて難しい顔をしている。
「冒険者側に非はない、と?」
「ああ。連中に罪がない事は、もう分かってる。ヤツらは東の辺境伯領の手前の街で、素材や生きた魔獣たちを『辺境伯家の家臣』を名乗る者たちに引き渡しているんだ。討伐による報酬は依頼を出したギルドから得るものだし、現れた連中は辺境伯家を示す火竜の紋章入りの甲冑を着用していた。それ以上を疑えってのは酷ってモンだ」
「そして、そこから素材と魔獣は行方不明……そう言う訳か」
「そうだ」
二人の表情は、真剣だった。
僕は黙って二人のお茶を注ぎ直して、話の続きに聞き耳を立てた。
「だが当然、辺境伯家からも捜索の人手は割いているんだろう? 公平な目で、何を探れと言うんだ」
「問題なのは、火竜以外の騎獣軍でも似た騒ぎが起きてるってコトなんだよ。そしてその都度当該辺境伯家が疑われて、一部、当主交代の騒ぎにまで発展している」
「……ほう。おまえの所以外に、どこがやられているんだ」
「風竜と地竜だ。それで今回の火竜だろう?残る水竜が疑われるのはもちろんだが、逆に水竜騎獣軍の連中からも、自分達への疑いの目を逸らしたい、自作自演じゃないかと突っかかられてな」
国を魔物の襲撃から護ると言う点において、辺境伯家同士の争いと言うのは、あまり好ましくない。
それは国を引っ掻き回したい、他国からの仕掛けではないのかと言うリュート叔父さんに、ギルさんはかなり苦い表情を浮かべた。
日ごろは闊達な、ギルさんらしくない表情だ。
「それが断定出来ないから困ってんだよ。大体がホラ、火竜には素行不良の次男サマがいるだろう? 手元に金が欲しくてやったんじゃないかって言われると、親父さんにしろ、他の兄弟、当主様にしろ、明確には否定出来ねぇんだよ」
「あー……」
天井を見上げるリュート叔父さんの顔色が、何だか良くない。
どうやら軍団長さんのすぐ上のお兄さんは、あまり評判の良くない人みたいだ。
(家名で呼ぶと、該当者がポコポコ湧いて出るから、アンヘルと、名前で呼ぶように軍団長さんからは言われているけど、恐れ多くて未だ心の中でしか呼べていない)
公平な目で――と言うからには、きっと、いざと言う時には忖度なくその兄を捕まえてくれと言う事なんだろう。
竜を堕とす者、などど言う二つ名を持つ叔父さんは、貴族の身分制度にも軍の規律にも縛られない。
多分、王家以外に口を出せる唯一の人じゃないかと思う。
「一応だな……」
そう言ったギルさんが、床に置いてあった鞄の中から書類の束を取り出して、机の上に置いた。
「被害にあった風竜、地竜、今回の火竜――騎獣軍に限られちまうが、調書を持って来た。この資料室の中なら、読んでも良い……と言うか、むしろ盗まれない様に資料室で保管しておいて欲しい。いくら親父さんの顔が利くっつっても、手癖の悪いヤツはどこにでもいる。その点、冒険者ギルドの資料室ほど防犯設備の整った場所もないからな」
「待て、拒否権の三文字はどこに行った」
目の前に積まれた紙の束を見ながら、リュート叔父さんが半目になっている。
「そう言うなって! 親父さんも、この件が上手く片付けば、可能な範囲で好きな素材を譲るって言ってたんだよ! おまえはいいかも知れんが、ハルトの護身用の武器になりそうな素材とか、あったって困らねぇだろ?」
「ほう?それがオリハルコンだったとしても、用意する気はあると?」
「ミスリルでも何でもっつってたから、どうしてもって言えば、何とかするんじゃねぇの?」
しれっとギルさんは言っているけれど、ミスリルは上位の冒険者が持つ様な武器の素材で、相当に高額、希少。
そしてオリハルコンは、さらにそれよりも上位の鉱物だ。
あれば、家くらい余裕で建つんじゃないだろうか。
「おまえ……」
「頼むよ、リュート! さすがに親父さんが失脚するかもって言うのは、俺も見過ごせない。必要なら俺の手もいつでも貸す!」
後で聞いた事だけど、行き場のなかったリュート叔父さんを僕の両親が家に招き入れたように、ギルさんも元孤児で、ザイフリート辺境伯家に拾われて、軍団長さんの下につく事になったんだそうだ。
そう聞けば、僕には少し、ギルさんの気持ちが分かる気がした。
僕だって、リュート叔父さんがいなければ、事故で両親を失った後、どう転んだか分からないんだから。
そして僕が、叔父さんの足手まといにならない様、護身術を含めてあれこれと習いたがっているのを目の前の二人は知っている。
叔父さん自身、多少の報酬では心が動かないだろうところを、ギルさんは「僕のため」と言う事で揺さぶっていた。
そう言いつつギルさんが教えてくれたところによると、山間で今回見つかったのは、黒妖犬と呼ばれる、見た目は犬ながら火を吹く特殊能力を備えた魔獣だったそうだ。
国内でもそこそこ有名だと言う冒険者パーティーによって、黒妖犬自体の討伐は上手くカタが付いたものの、実はそこからが大変だった、と言うのがギルさんの話だった。
「黒妖犬は一体で動く事が少ない。複数で組んで、獲物を追いつめて、炎以外にも鋭い爪や牙でトドメを刺す。だからまあ、その時も複数たむろしていた、ねぐらごと潰したワケなんだが」
当然、ねぐらと言うからには餌場があり、食糧が蓄えられていたりした。
そこに、既に食べられてしまった後の竜の幼体の骨や卵の殻、もちろん、まだ食べられる前だった、生きた魔獣たちも含めて、なかなかに現場は凄惨な空気が漂っていたらしい。
確かに、冒険者ではない僕にとっては、ちょっと想像しただけでも吐き気をもよおしそうだ。
いやいや、ダメだダメだ!これじゃいつまでたっても、叔父さんに心配をかけてしまう!
僕はふるふると首を横に振りながら、不気味な想像を頭から追い払った。
「骨や殻と言った、素材になり得るモノはギルドに運ばれて、運良く喰われる前だった魔獣たちは、近場のザイフリート辺境伯家に預けられて、今後どうするかを話し合われる予定だった」
「だった……ね」
机の上に肩肘をついたリュート叔父さんは、ギルさんの話を聞いて難しい顔をしている。
「冒険者側に非はない、と?」
「ああ。連中に罪がない事は、もう分かってる。ヤツらは東の辺境伯領の手前の街で、素材や生きた魔獣たちを『辺境伯家の家臣』を名乗る者たちに引き渡しているんだ。討伐による報酬は依頼を出したギルドから得るものだし、現れた連中は辺境伯家を示す火竜の紋章入りの甲冑を着用していた。それ以上を疑えってのは酷ってモンだ」
「そして、そこから素材と魔獣は行方不明……そう言う訳か」
「そうだ」
二人の表情は、真剣だった。
僕は黙って二人のお茶を注ぎ直して、話の続きに聞き耳を立てた。
「だが当然、辺境伯家からも捜索の人手は割いているんだろう? 公平な目で、何を探れと言うんだ」
「問題なのは、火竜以外の騎獣軍でも似た騒ぎが起きてるってコトなんだよ。そしてその都度当該辺境伯家が疑われて、一部、当主交代の騒ぎにまで発展している」
「……ほう。おまえの所以外に、どこがやられているんだ」
「風竜と地竜だ。それで今回の火竜だろう?残る水竜が疑われるのはもちろんだが、逆に水竜騎獣軍の連中からも、自分達への疑いの目を逸らしたい、自作自演じゃないかと突っかかられてな」
国を魔物の襲撃から護ると言う点において、辺境伯家同士の争いと言うのは、あまり好ましくない。
それは国を引っ掻き回したい、他国からの仕掛けではないのかと言うリュート叔父さんに、ギルさんはかなり苦い表情を浮かべた。
日ごろは闊達な、ギルさんらしくない表情だ。
「それが断定出来ないから困ってんだよ。大体がホラ、火竜には素行不良の次男サマがいるだろう? 手元に金が欲しくてやったんじゃないかって言われると、親父さんにしろ、他の兄弟、当主様にしろ、明確には否定出来ねぇんだよ」
「あー……」
天井を見上げるリュート叔父さんの顔色が、何だか良くない。
どうやら軍団長さんのすぐ上のお兄さんは、あまり評判の良くない人みたいだ。
(家名で呼ぶと、該当者がポコポコ湧いて出るから、アンヘルと、名前で呼ぶように軍団長さんからは言われているけど、恐れ多くて未だ心の中でしか呼べていない)
公平な目で――と言うからには、きっと、いざと言う時には忖度なくその兄を捕まえてくれと言う事なんだろう。
竜を堕とす者、などど言う二つ名を持つ叔父さんは、貴族の身分制度にも軍の規律にも縛られない。
多分、王家以外に口を出せる唯一の人じゃないかと思う。
「一応だな……」
そう言ったギルさんが、床に置いてあった鞄の中から書類の束を取り出して、机の上に置いた。
「被害にあった風竜、地竜、今回の火竜――騎獣軍に限られちまうが、調書を持って来た。この資料室の中なら、読んでも良い……と言うか、むしろ盗まれない様に資料室で保管しておいて欲しい。いくら親父さんの顔が利くっつっても、手癖の悪いヤツはどこにでもいる。その点、冒険者ギルドの資料室ほど防犯設備の整った場所もないからな」
「待て、拒否権の三文字はどこに行った」
目の前に積まれた紙の束を見ながら、リュート叔父さんが半目になっている。
「そう言うなって! 親父さんも、この件が上手く片付けば、可能な範囲で好きな素材を譲るって言ってたんだよ! おまえはいいかも知れんが、ハルトの護身用の武器になりそうな素材とか、あったって困らねぇだろ?」
「ほう?それがオリハルコンだったとしても、用意する気はあると?」
「ミスリルでも何でもっつってたから、どうしてもって言えば、何とかするんじゃねぇの?」
しれっとギルさんは言っているけれど、ミスリルは上位の冒険者が持つ様な武器の素材で、相当に高額、希少。
そしてオリハルコンは、さらにそれよりも上位の鉱物だ。
あれば、家くらい余裕で建つんじゃないだろうか。
「おまえ……」
「頼むよ、リュート! さすがに親父さんが失脚するかもって言うのは、俺も見過ごせない。必要なら俺の手もいつでも貸す!」
後で聞いた事だけど、行き場のなかったリュート叔父さんを僕の両親が家に招き入れたように、ギルさんも元孤児で、ザイフリート辺境伯家に拾われて、軍団長さんの下につく事になったんだそうだ。
そう聞けば、僕には少し、ギルさんの気持ちが分かる気がした。
僕だって、リュート叔父さんがいなければ、事故で両親を失った後、どう転んだか分からないんだから。
そして僕が、叔父さんの足手まといにならない様、護身術を含めてあれこれと習いたがっているのを目の前の二人は知っている。
叔父さん自身、多少の報酬では心が動かないだろうところを、ギルさんは「僕のため」と言う事で揺さぶっていた。
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