2 / 40
【Case.1】狙われた竜の卵
2 僕は英雄じゃなく探偵の弟子
しおりを挟む
実は僕とリュート叔父さんとの間には、血の繋がりはまったくない。
どこまでが本当の事かは、今となっては確かめようもないけど、何でもまだS級冒険者として有名になる遥か前に、山中で「行き倒れていた」リュート叔父さんを、僕の両親が助けた――叔父さん曰く「拾って貰った」と言うことらしい。
僕の両親が「手のかかる弟みたいだ」と、笑って受け入れたとかで、だからこそ僕が物心ついた時には、リュート叔父さんは僕の両親を「義兄」「義姉」と気兼ねも裏表もなく呼んでいた。
周囲には僕のことを「甥」だと公言してくれている。
だから僕も今でも「リュート叔父さん」と呼ぶ。
それで良いんだと、両親だって言ってくれるだろう。
「おーい、ハルト~?」
目の前でひらひらと手を振られた僕は、来客応対が必要だった事を思い出して、そこでハッと我に返った。
「ああっ、すみませんギルさん!」
火竜騎獣軍部隊長ギルフォード・リードレ。
国内の治安維持を目的として組織された、武装警察集団の一角、魔獣である「火竜」を相棒に、日々警邏活動に勤しんでいる――はずなんだけど。
「リュートに用があって来たんだけど、いるか?」
騎獣する竜の種類は様々にしても、竜にまたがって空を駆ける姿は総じて世の子供達の尊敬を集めやすい。
かくいう僕だって、多少の憧れはあった。
……昔は。
「依頼の持ち込みなら、いらっしゃいます。女性冒険者との出会いが欲しくて街をブラつきたいだけなら、お留守です」
「いや、いるんじゃねぇかよ、それ!」
「叔父さんから、そう言えと言われている事を申し上げているだけですから」
「かーっ、ヤな教育が行き届いていやがる! おまえ、そんなオカタイコトじゃモテないぞ?」
「不特定多数のどうでいも良い子にモテるより、たった一人の自分が好きになった子にモテたいです」
「おまえの年齢で、そんな潤いの足りない寂しいコト言うなよー。何なら若い女の子がいっぱい来る店に今度連れて行ってやろうかー?」
今、僕の騎獣軍への憧れが風前の灯火になっているのは、ひとえにこれが原因だ。
見た目20代後半(実際は知らない)で、泣く子も黙る、火竜騎獣軍の部隊長まで務めているくらいなのだから、軍人としての実力はあるはずと思うんだけど、僕が知っているのは、目の前で軽い口調でヘラッと笑う、この人のこの姿だけだ。
「いいです、間に合ってます」
黙っていれば、街を歩く年頃の女の子の視線が向くくらいには、整った容姿の人だとは思うんだけど……とにかく、性格が残念なのだ。
僕はだんだん、真面目に答えるのが馬鹿らしくなってきて、そこでうっかり雑な答え方をしてしまったかも知れない。
冒険者と軍人は、魔獣討伐の現場でかち合う事も多いらしく、どちらかと言うと仲の良くない人たちが多いらしいし、本人たちも憎まれ口を叩き合っているけど、僕から見れば叔父さんとギルさんは、普通に「仲が良い」と思う。
叔父さんは「ギルフォード」と呼び捨てているし、僕の「ギルさん」呼びを許容しているところから言っても、間違ってはいないはずだ。
そしてそんな僕の塩対応には見向きもせず、ギルさんは、むしろ更に喰いついてきてしまった。
「えっ、何だよもう誰か意中の子がいるのか⁉ 他言無用にしてやるし、何なら手だって貸してやるから、教えてみろよ? リュートに内緒ってんなら、それも構わねぇぜ?」
「いやいやいや! ナナメ上の方向に走らないで下さい! 僕には必要ないって言うだけですから!」
「遠慮するなって! このギル――」
その瞬間「ゴン!」っと、清々しいくらいに良い音が辺りに響いた。
「……ハルトに阿呆な話をするな、この不良軍人」
どうやらリュート叔父さんが、ギルさんの頭に思い切り拳骨を落とした…と、気付くのが遅れてしまった。
哀しいやら悔しいやら、僕には見えない間の出来事だったからだ。
「ってぇ……おまえ今、手加減したか⁉ してねぇよな⁉」
「手加減していなければ、おまえの頭など今頃ミンチだ。良かったな『優しい資料室のお兄さん』で」
「……お兄さん?」
資料室の奥から顔をのぞかせた、真顔で首を傾げるリュート叔父さんに、ギルさんがこめかみを痙攣らせている。
「おまえ、俺より図々しいんじゃないのか、リュート」
「隙あらば冒険者ギルド内でナンパに勤しむ不良軍人…いや『自称・お兄さん』に言われる筋合いはない」
「誰が『自称』だ、ふざけんなよてめぇ」
……何だかいつまでたっても終わらない気がしてきたので、僕はそこで聞こえるような咳払いを、わざと入れる事にした。
「んんっ! 叔父さん、ギルさんが真面目なご用がおありみたいですよ」
最後「……今日は」と付け足したところで、ギルさんがガクっと僕の目の前の机に突っ伏した。
「そーゆーさぁ、一言多いの? それ、ぜってぇリュートの影響だよな。直せ直せ。でないと、好きになるたった一人さえ見つけられなくなるぞ。どっかの休業中の冒険者みたいに、いい年してオンナの影さえ見つけられなくなるぞー」
結局、どうやっても女性の話からは抜けられないらしい。
僕がふと叔父さんを見れば、叔父さんは「誰彼なく声をかけて、結局全員にフラれる不良軍人と一緒にされたくはない」と、憮然とした表情でそっぽを向いていた。
うん。まあ、何だかんだ言って気安い関係なんだよね、この二人。
「……で、ハルトの言う通り、今日は真面目な話なんだな」
「ああ。ザイフリートの親父さんからの、内密にして真面目な依頼」
「分かった。受ける受けないは聞いてからにせよ、とりあえずは奥で話を聞こう」
ザイフリート、の名を聞いた叔父さんは、一瞬だけ眉を顰めていたけれど、すぐにそれは覆い隠して、ギルさんに資料室の奥に来る様にと促した。
どこまでが本当の事かは、今となっては確かめようもないけど、何でもまだS級冒険者として有名になる遥か前に、山中で「行き倒れていた」リュート叔父さんを、僕の両親が助けた――叔父さん曰く「拾って貰った」と言うことらしい。
僕の両親が「手のかかる弟みたいだ」と、笑って受け入れたとかで、だからこそ僕が物心ついた時には、リュート叔父さんは僕の両親を「義兄」「義姉」と気兼ねも裏表もなく呼んでいた。
周囲には僕のことを「甥」だと公言してくれている。
だから僕も今でも「リュート叔父さん」と呼ぶ。
それで良いんだと、両親だって言ってくれるだろう。
「おーい、ハルト~?」
目の前でひらひらと手を振られた僕は、来客応対が必要だった事を思い出して、そこでハッと我に返った。
「ああっ、すみませんギルさん!」
火竜騎獣軍部隊長ギルフォード・リードレ。
国内の治安維持を目的として組織された、武装警察集団の一角、魔獣である「火竜」を相棒に、日々警邏活動に勤しんでいる――はずなんだけど。
「リュートに用があって来たんだけど、いるか?」
騎獣する竜の種類は様々にしても、竜にまたがって空を駆ける姿は総じて世の子供達の尊敬を集めやすい。
かくいう僕だって、多少の憧れはあった。
……昔は。
「依頼の持ち込みなら、いらっしゃいます。女性冒険者との出会いが欲しくて街をブラつきたいだけなら、お留守です」
「いや、いるんじゃねぇかよ、それ!」
「叔父さんから、そう言えと言われている事を申し上げているだけですから」
「かーっ、ヤな教育が行き届いていやがる! おまえ、そんなオカタイコトじゃモテないぞ?」
「不特定多数のどうでいも良い子にモテるより、たった一人の自分が好きになった子にモテたいです」
「おまえの年齢で、そんな潤いの足りない寂しいコト言うなよー。何なら若い女の子がいっぱい来る店に今度連れて行ってやろうかー?」
今、僕の騎獣軍への憧れが風前の灯火になっているのは、ひとえにこれが原因だ。
見た目20代後半(実際は知らない)で、泣く子も黙る、火竜騎獣軍の部隊長まで務めているくらいなのだから、軍人としての実力はあるはずと思うんだけど、僕が知っているのは、目の前で軽い口調でヘラッと笑う、この人のこの姿だけだ。
「いいです、間に合ってます」
黙っていれば、街を歩く年頃の女の子の視線が向くくらいには、整った容姿の人だとは思うんだけど……とにかく、性格が残念なのだ。
僕はだんだん、真面目に答えるのが馬鹿らしくなってきて、そこでうっかり雑な答え方をしてしまったかも知れない。
冒険者と軍人は、魔獣討伐の現場でかち合う事も多いらしく、どちらかと言うと仲の良くない人たちが多いらしいし、本人たちも憎まれ口を叩き合っているけど、僕から見れば叔父さんとギルさんは、普通に「仲が良い」と思う。
叔父さんは「ギルフォード」と呼び捨てているし、僕の「ギルさん」呼びを許容しているところから言っても、間違ってはいないはずだ。
そしてそんな僕の塩対応には見向きもせず、ギルさんは、むしろ更に喰いついてきてしまった。
「えっ、何だよもう誰か意中の子がいるのか⁉ 他言無用にしてやるし、何なら手だって貸してやるから、教えてみろよ? リュートに内緒ってんなら、それも構わねぇぜ?」
「いやいやいや! ナナメ上の方向に走らないで下さい! 僕には必要ないって言うだけですから!」
「遠慮するなって! このギル――」
その瞬間「ゴン!」っと、清々しいくらいに良い音が辺りに響いた。
「……ハルトに阿呆な話をするな、この不良軍人」
どうやらリュート叔父さんが、ギルさんの頭に思い切り拳骨を落とした…と、気付くのが遅れてしまった。
哀しいやら悔しいやら、僕には見えない間の出来事だったからだ。
「ってぇ……おまえ今、手加減したか⁉ してねぇよな⁉」
「手加減していなければ、おまえの頭など今頃ミンチだ。良かったな『優しい資料室のお兄さん』で」
「……お兄さん?」
資料室の奥から顔をのぞかせた、真顔で首を傾げるリュート叔父さんに、ギルさんがこめかみを痙攣らせている。
「おまえ、俺より図々しいんじゃないのか、リュート」
「隙あらば冒険者ギルド内でナンパに勤しむ不良軍人…いや『自称・お兄さん』に言われる筋合いはない」
「誰が『自称』だ、ふざけんなよてめぇ」
……何だかいつまでたっても終わらない気がしてきたので、僕はそこで聞こえるような咳払いを、わざと入れる事にした。
「んんっ! 叔父さん、ギルさんが真面目なご用がおありみたいですよ」
最後「……今日は」と付け足したところで、ギルさんがガクっと僕の目の前の机に突っ伏した。
「そーゆーさぁ、一言多いの? それ、ぜってぇリュートの影響だよな。直せ直せ。でないと、好きになるたった一人さえ見つけられなくなるぞ。どっかの休業中の冒険者みたいに、いい年してオンナの影さえ見つけられなくなるぞー」
結局、どうやっても女性の話からは抜けられないらしい。
僕がふと叔父さんを見れば、叔父さんは「誰彼なく声をかけて、結局全員にフラれる不良軍人と一緒にされたくはない」と、憮然とした表情でそっぽを向いていた。
うん。まあ、何だかんだ言って気安い関係なんだよね、この二人。
「……で、ハルトの言う通り、今日は真面目な話なんだな」
「ああ。ザイフリートの親父さんからの、内密にして真面目な依頼」
「分かった。受ける受けないは聞いてからにせよ、とりあえずは奥で話を聞こう」
ザイフリート、の名を聞いた叔父さんは、一瞬だけ眉を顰めていたけれど、すぐにそれは覆い隠して、ギルさんに資料室の奥に来る様にと促した。
1
お気に入りに追加
350
あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる