聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

799 深夜食堂<ジビエ編>

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「…………」

 うん、鉄壁宰相と言われているエドヴァルドではあるけれど、この頃は何となく分かる。
 アレはイル義父様の如く抱きつきに行くべきなのか葛藤している顔だ。真面目に悩んでいる顔だ。

(いやいやいや、悩まなくていいから!)

 イル義父様のエリィ義母様への溺愛ぶりは、政略婚、お見合い婚が基本デフォルトの貴族社会からすれば希少、珍種もいいところのはずだ。

 何せ辟易した実の息子が高等法院で仕事人間と化して家に寄りつかないくらいなのだから。

 多分イル義父様を完コピした日には、世間が持つ宰相閣下像は崩壊する。
 ……何より私の心臓が保たないので、謹んでご遠慮申し上げたい。

「……何故だろうな」
「え?」
「イルを見習った方がになる気がするのだが」
「⁉︎」

 何言ってるんだ、この人!
 そんな「S属性刺激されてます」みたいな発言は要りません!

「さぁさぁさぁ、エドヴァルド様も座りましょう! 食べましょう! 健康第一です!」

 これ以上余計なことを言い出さないようにと、私はエドヴァルドの腕を慌てて取ったのだけれど――

「レイナ、膝枕くらいは――いいだろう?」
「……っ‼︎」

 だから耳元で囁くのはやめて――っ‼︎

「さ、さぁっ、今日の夕食は何かな⁉」

 私はいいとも悪いとも言わなかったのだけれど……こちらを向いて相好を崩すイル義父様とエリィ義母様を見ていると、強制的に「個別の5分」は取らされるような気はした。

 イル義父様の馬鹿――っ! と、叫べないのがツライ……



.゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚.゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚



 フォルシアン公爵家の料理人は、イデオン公爵家よりも人数が多いし、何よりチャレンジ精神が旺盛な人が多い。

 イデオン公爵邸が悪いというわけでは、もちろんない。
 ラズディル料理長は私が食べたいと懇願する、恐らくはこの世界では突拍子もないものであろう料理を、怪訝な顔をしながらも作ってくれるとてもありがたい人だ。

 ただ邸宅の主の在宅時間が突出して少ないため、これまでは手早く食べられる、あるいは帰宅しなかった時のことも考えての、日持ちをする料理が中心だったらしいのだ。主が何も言わなければ、イデオン公爵邸の日常のメニューは、かなり偏った時短メニューがループする日々だったという。

 私が居候することで、ようやくバリエーションが出てきたとはいえ、圧倒的に人手が足りていない。
 必然的に、フォルシアン公爵邸で出される料理とはまるでメニューが異なっている……というのが現状なのだ。

 この時も、私からは絶対に言うことのない、ある意味フォルシアン公爵邸らしい、カカオを使っての鹿肉料理がテーブルの上に並べられた。
 いわゆるジビエ料理だ。

 聞いていると、一つは異世界の鹿っぽい動物の肉を使ったラザニア。
 もう一つは、その鹿肉を使ったポトフだ。

 ラザニアは、鹿肉を香味野菜・赤ワインでじっくり煮込んだラグーソースにトロトロのホワイトソース、モッツァレラっぽいチーズで挟んで焼き上げられているとかで、そこにカカオの粉が風味付け程度に振りかけられていた。
 パスタ生地とのバランスが絶妙、ということらしい。

 そしてポトフは、鹿肉をやっぱり赤ワインでじっくり煮込んで生み出したベースに、カカオというよりはカカオニブを手作業で圧搾して採取できる“カカオバター”を香味油として垂らしたというスープが使われているのだそうだ。
 肉の旨みを活かしていて、塩や香辛料がなくても料理として成立するのだとか。

 の高級レストラン〝アンブローシェ〟もビックリな凝り具合じゃないだろうか。

「そうか、レイナちゃんは異国の出だというから、あまり知らないのかな。この国では牛と幼少期の羊の肉が上位に位置づけられているんだよ。豚はそもそもの流通量が少ないし……それ以外の動物の肉は、まだまだ貴族文化の中には完全には浸透していないんだ」

 料理を眺める私の表情を読んだのか、イル義父様がそんなことを教えてくれた。

 牛は肉と牛乳になるし、羊は肉と紙になる。それに比べると豚の活用方法が少ないため、養豚を生業とする者が圧倒的に少ないらしいのだ。
 逆に猪や鹿は野生の生息がかなり多いらしく、むしろ非貴族層の多い町や村では、そちらが主食になっている場合もあるのだという。

「そうなんですね……」

 イル義父様の管轄は軍務、刑務のはずだけど、五公爵の一人としては「知らない」では済ませられない部分なのかもしれない。

 見るとエドヴァルドも軽く頷いている。

「王宮の食堂だと、鹿肉の赤ワイン煮込みが時々出てくる。まあ……私も最近は口にしていないが。気になるなら、今度料理長ラズディルに言えばいい」

「確かに最近、エドヴァルドの姿を食堂で見なくなったと、一部の文官たちが言っていたな。やっぱり、レイナちゃん効果か? 私とて、時間の許す限り食事はエリィととりたいからな。気持ちは分かるが」

 エドヴァルドが王宮の食堂に対して軽いトラウマを持っていることは、さすがにイル義父様も知らないのかもしれない。
 エドヴァルドも、聞かれもしないことをいちいち言う気はないのだろう。

「……そんなようなものだ」

 とは言え、確かに原因は私が来てからのところにあるのだけれど……何かが違う。
 エドヴァルドの全身が「余計なことを言うな」と主張しているのが分かるので、私はこめかみを痙攣ひきつらせたまま口を閉ざすしかない。

「……なるほど」

 イル義父様も何かは察したようだけど、そこは五公爵の一人。敢えて深堀をしないことにしたようだった。
 あるいはエリィ義母様に膝枕をして貰うために、さっさと食べることにしたのか。

 多分後者だとは思うけど、私もイル義父様を見習って深堀はしないでおこう。そう思いながら初めての鹿肉料理を口に入れた。

「!」
「どうだい、レイナちゃん? 鹿だからって馬鹿に出来ないだろう?」

 軽く目を見開いた私に、目ざとく気付いたイル義父様がそう言って片目を閉じる。
 エドヴァルドの眉根が寄せられているのは、この場の皆が見ないフリをしている。

「そ、そうですね」

 私も、ここはイル義父様に合わせておこうと、コクコクと首を縦に振った。

「全然、クセがないんですね。ビックリしました」

 ラザニアはミンチ状、ポトフはスープになっているのだから、そもそも分かりづらいというのはある。
 予め言われていなければ「何のお肉だろう」くらいに思っていたかも知れない。

 けれどそれは、それだけ獣臭が上手く消されているということだ。ジビエ料理と赤ワインとの相性がいいんだろう。

「ワインはフォルシアン公爵領内でも作っているところがあるんですか?」
「ああ、オルセンのワインのことかい?」

 アンジェス国でワインと言えば、オルセン侯爵領産のワインが知名度も産出量も圧倒的。

 ただ、レストラン〝アンブローシュ〟が小規模ながらオリジナルのワインを自主生産しているように、規模は違えど同じような村や町があってもいいだろうと思ったのだ。

 はたしてイル義父様は「当たらずとも遠からずだね」と、微笑わらった。

「オルセン侯爵領内の村出身の女性が輿入れの際に苗を持って出たとかで、小規模のワインが今では作られているが、元を辿ればオルセン産だ」

 ではやっぱり高級ワインなのかと言えばそうでもなく、技術までは持って出られたわけではないため、料理用として一部富裕層に使われているのが現状らしい。

「オルセンのワインをジャブジャブと料理に注ぐような真似は、さすがにどこの貴族もしないさ。せいぜい香り付けくらいじゃないかな……って、また何か思い付いたのかい?」

 イル義父様は期待半分、エドヴァルドは諦め半分……と言った表情だ。

 また、と言われると若干不本意だけど、ここは二人とも逃げを許してくれるような雰囲気じゃなかった。

「お、お忙しい今、お聞かせする話じゃ……」
「もちろん、今は投資詐欺の裁判までに道筋を付けることと、三国会談への仕込みが最優先さ。だけど我々には公爵領の主としての顔もあるからね。聞く耳くらいはあるさ」

 ――可愛い義娘むすめの話でもあるしね。

 そう言って、実質現在王位継承権第一位の屈指のイケオジ(オジサンと呼ぶのも失礼な気はする)公爵は、その魅力をいかんなく発揮するかのように片目を閉じたのだった。










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