聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

798 深夜食堂<カカオ編>

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 ケスキサーリ伯爵家の件を伝えるとは言ったものの、王宮内のあの状況を考えれば、エドヴァルドにもイル義父様にも、戻って来る時間があるとは思えない。

 フォルシアン公爵邸に戻った後、エリィ義母様が食事の支度を指示していたので、やっぱり同じように思うのだろうと考えていたら、こちらを見てニッコリと微笑んで見せた。

「多分ね、何時になろうと顔は見せに来ると思うのよ。だけどさすがに何も食べずにそこまで待っていたら、向こうだって気を遣うでしょう? だからせめて一緒の時間を過ごせるように、今は軽食だけにしておきましょうね?」

 そうして出てきた料理は、ビュッフェから一口サイズの料理を取り皿に移したかのように見える品々。
 これならば、エドヴァルドやイル義父様もさっと食べられるだろうし、自分たちはその間、チョコレートドリンクや一口スイーツで同じ食卓を囲めるだろうということらしい。
 なるほど。

 色々落ち着いたところでユティラ義姉様主催のお茶会が予定されているため、フォルシアン家自慢のアフタヌーンティーに出てくる料理はそこまでおあずけだとエリィ義母様は笑うけど、それでもまだまだ出せる料理はあるとのことで、お皿の上には初見のカカオ料理もあった。

「え、じゃ……スヴァレーフにチョコレート……?」

 お団子状に丸められて、パウダーとまではいかないものの、かなり細かく砕かれたチョコレートが振りかけられて、葉物野菜が添えられている。てっきりスイーツか何かだと思ったら、中身がジャガイモと聞いて驚いたのだ。

 いや、グルテンフリー食品としてジャガイモを使ったチョコレートケーキとかあったはずだし、何なら北海道土産で有名なポテトチップチョコもあるわけだから、奇想天外な料理では決してないのだけれど。
 そこに粉をかけたものはさすがに食べたことがなかったので、純粋に驚いたのだ。

「これ自体は〝カルトフィル〟と言うのだけれど、地方に行くと、固くなったパンを砕いて丸めて、同じような料理にしたりもするのよ?」
「あ……その方が何となく想像できます」

 ジャガイモにカカオの粉をかけるより、ラスクにチョコレートがかかっていると思う方が、よほどしっくりとくる。
 とは言え、液状のチョコが粉状になったと思えば、さほど差異はない気もしている。
 なんにせよ、先人の知恵は偉大だということだ。

「何代も前の世代は、カカオも薬扱いで王族高位貴族にしか出回らなかったのだけれど、アムレアン侯爵家の祖先が、それでは先細りだと貴族から民間に至るまでカカオを無料提供して、レシピをいくつも生み出させたのだと聞いているわ」

「それがスイーツの開発にも繋がったんですね」

 身分の上下を問わずレシピを集め回った結果、一見庶民グルメのようなレシピも貴族の食卓に上がるようになったんだろう。
 それは確かにアムレアン侯爵家の立場が、フォルシアン公爵領内でも重視されるわけである。

 砂糖のほとんど入っていないカカオとなれば、むしろ立派な料理とも言うべきで、初めて食べた〝カルトフィル〟の味は、思ったより違和感なく食べることが出来た。

「お茶会の前にでも、じっくりチョコレートの勉強会をしましょうか」

 養女とは言え既に「フォルシアン公爵家の娘」だ。
 領内のことを知らない――で済ますわけにもいかないのだろう。

「あっという間にイデオン公爵家の人間になるのでしょうけれど、今でも既に共同で商品開発をしようとしているわけでしょう? 学ぶべきではないことがあるのなら、両公爵か、あるいはどちらかが止めるはずだから、それまでは貪欲に学んでいけばいいのよ」

 私の顔色を読んだのか、エリィ義母様がそう言って悪戯っぽく微笑んだ。

 この世界の歴史、知識がゲーム以上にないことは間違いないので、私もそこは素直に頷いておこうと思った。

「奥様」

 そこに家令のラリが、エドヴァルドとイル義父様の帰宅を告げに現れた。

「……そうよねぇ」

 ラリ曰く、軽く何か口にしたらすぐに王宮に戻ると二人ともが言っているのだという。
 エリィ義母様の呟きと頷きは当然のことだし、私も「でしょうね」としか思わなかった。

「レイナちゃん、くれぐれも『無理して帰って来なくても大丈夫』的なことは言わないようにね?」
「え……でも……」

 どう考えても、無理をしているだろう。
 そう思う私に、エリィ義母様は緩々と首を横に振った。

「そんなことを言えば、拗ねて拗れて後々面倒なことになるから……ね?」
「…………えぇ」

 エリィ義母様、経験談ですか。妙に実感こもってます。
 というか、エドヴァルドとイル義父様、同類なんですか。

「言わなくても面倒なことになるかも知れないけれど……程度の問題なのよ。ね?」

 エリィ義母様……過去にいったい何が……などと聞くよりも早く、食堂ダイニングの扉が先に開かれてしまった。

「エリィ……!」

 ――なんて声を聞けば、もはや会話はそこで強制終了だ。
 イル義父様、確か最初の頃は「エリサベト」呼びだったはずなのに、どうやら「エリィ」呼びがすっかり気に入ってしまったらしい。

「ああ、エリィ! 会いたかった……!」

 そのまま、私のことはそっちのけでエリィ義母様に勢いよく抱きついている。
 邸宅の外ではフェミニストの極みのような対応が多いイル義父様だけれど、実際のところは、エリィ義母様以外どうでもよすぎての、その対応なのだ。

 私やエドヴァルドが置いてきぼりになっているのが、いい証左だと思う。

「もう。まだ、お仕事終わりじゃないのでしょう?」

 ポンポンと、軽くイル義父様の背中を叩くエリィ義母様はさすがの余裕です。照れるとか、そういったことは既に段階として通り過ぎているのかもしれない。

「そうなんだ。ぜんっぜん、終わりじゃないんだ! ダリアン侯爵やエモニエ侯爵を働かせたところで、まるで先が見えないんだ! 今日も徹夜、明日も徹夜! 5分でいい、膝枕してくれないかエリィ!」

「⁉」

 ……どうやらイル義父様的には、食事よりも「膝枕」の方が大事なようです。

「そ、それではわたくしの方が心配になってしまいます! まずはお食事を、軽くでいいですから召し上がって下さいませ……!」

 つい先日「膝枕」の何たるかを知ったエリィ義母様、さすがにちょっと動揺してます。

「そ、そうか……エリィを心配させてしまうのはよくないな……うん」

 一瞬、イル義父様が耳の垂れた犬に見えたのは内緒にしておこう。
 トボトボという表現が当てはまる歩き方で、エリィ義母様に続いてダイニングのテーブルに足を向ける。

「…………」

 そうなると、イル義父様の背後には当然エドヴァルドが残されていたわけで。

「…………」




 イル義父様。
 これ、私とエドヴァルドはどういうリアクションをとればいいんでしょうか……?












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