聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

797 まずは6秒

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 アンジェス国は、王都を中心として5つの公爵領に分かれてはいるものの、公爵家の直轄領というものは存在しない。
 侯爵以下の貴族が公爵領の中で領地を分けあって運営をしており、その運営を取りまとめているのが公爵の立ち位置だ。

 その公爵の公務としては、抱えている領地の税収の管理や予算の運営が主な仕事になる。とは言え、領地下の貴族家における冠婚葬祭に関しても多少の責務は生じる。

 子爵家以下の家の冠婚葬祭に関しては、直属の伯爵家や侯爵家がその内容を吟味して取り仕切っていて、公爵として場に関わるのは、高位貴族とされる伯爵家・侯爵家の、新たに領主となる者からの宣誓を受けることと、領主の葬儀に参列する、あるいは弔問に行くこととになるらしい。

 成人デビュタントや婚姻に関しては、公的には地方法院や高等法院への届け出で済まされるものであり、領地でのパーティーは各個人任せ、友人として祝の場に赴くことも各個人に任せられている。

 土着の祭りや儀式などに至っては、その土地の領主が取り仕切るものであって、高位貴族が口を出すことはあまりない。必要があれば、どれも金銭や芸術品の類を贈るのが一般的だという。

 つまり当代ケスキサーリ伯爵の死は、エドヴァルドが次の領主からの挨拶を受けることと、弔問に行く必要があることとを同時に告げていたのだ。

「弔問……」

 次に領主となる者が挨拶に来るというのは、すなわち領地から王都に出てくるということだ。
 それならば、車も飛行機も電車もない中、ある程度の日数はかかるのだから、日程の差し迫っている三国会談への影響はまずないだろう。

 問題は、弔問じゃないだろうか。

 無意識のうちに眉根を寄せていたのかも知れない。
 ヤンネがそんな私にチラリと視線を向けた。

「まさかまともに馬車を使って領地訪問をすると思っていたか?」

 何かちょっとカチンときたけれど、「まさか」と軽く肩を竦めるにとどめた。

「ただ、どう考えてもそんな時間はないのに、どうするのが最善なんだろうなぁ……と、思っただけです」

「高位貴族の領主の死去による代替わりは、王宮側も認める『領地側におけるやむを得ない事情トラブル』の一種だ。三親等までの一族の者が王宮にいた場合を含め、簡易型転移装置の使用が許可されている」

 なるほど王宮官吏としても、領地との往復で一か月も二か月も仕事を抜けられては困るわけか。
 その当人がいれば、行先登録だって出来るわけだから、移動は可能ということなのだろう。

 もし該当者がおらず、公爵本人に領地訪問の機会がその時点までなかったとしても、王宮の管理部には、代々王都学園に入学する子息によって場所を登録された簡易型転移装置が、いつでも使用可能な状態で一定数保管されているのだと言う。

 王都学園は貴族の子弟が必ず籍を置くところであり、労せず登録と在庫の確保は出来るのだ。
 よく出来たシステムというべきだった。

「今、ケスキサーリに連なる官吏は王宮にはいないが、装置の在庫はあるはずだ。それを使って赴かれることにはなるだろうが……葬儀の場に立ち会うことはさすがに難しいだろう」

「それって、ケスキサーリ伯爵家の反感を買ったりは?」

「国家行事が絡めば、宰相閣下に葬儀出席の強要が出来ないことくらいは馬鹿でも理解出来よう。今、王都で起きている投資詐欺の情報を多少流すことにはなるだろうが、それをもって後日の弔問を確約すればさほど問題にはなるまい」

 エドヴァルドに限らず、国家行事、王宮行事が絡んで領地訪問出来ないことは他の公爵領でもある話だそうで、弔意を表して後日の訪問を約束すれば、最低限非礼を問われることはないということのようだった。

 馬鹿だったらどうするんだ、とは思ったものの、私はケスキサーリ伯爵家については何も知らない状態なので、ここは口を挟まないでおく。それはそれで、揉めたらヤンネが何とでもするのだろう。いや、してもらおう。

 イデオン公爵領内では、長らく高位貴族の葬送の儀は執り行われていなかったらしく、直近でベルセリウス侯爵家の領主交代がそれにあたるらしかった。

(あぁ、確か将軍が就任早々舐められまいと喧嘩を売って、逆に『領地が干上がってもいいならやってみろ』と返り討ちにあったとか何とか……)

 その話を、ヤンネが知っているのか、知らないのかはともかく、ベルセリウス侯爵家の領主交代自体が結構前のことらしい。
 過去の資料を読み返して、疎漏がないようにしないとならないと、ヤンネはぶつぶつ呟いていた。

「……そう言えば、今はフォルシアン公爵家に居るようだが」
「…………はぁ、そうですね」

 エドヴァルドとの婚約が成立したこと、フォルシアン公爵家の養女になったこと。事務所で臨時雇用となっているユセフがいるのだから、ヤンネとて聞かずとも把握しているはず。
 何が言いたいのかが分からず、知らず気の抜けた返事になってしまう。

「閣下とはお会いしているのか」
「…………はい?」

 更に予想だにしなかった問いかけに、返す声が裏返ってしまったが、ヤンネは頓着していないようだった。

「今日明日予定があるなら伝言を託すし、そうでないなら事務所に帰って手紙を書く。恐らくは後日弔問という形になるだろうが、確認は必要だ」

「…………」

 伝言。ヤンネが、私に。
 空耳か、明日は雪か。

 多分そう思ったことは表情かおに出たはずだ。
 ここまでくると、さすがにヤンネの眉間にも思い切り皺が寄っていた。

「一番早く閣下に話が伝わる方法を模索して何が悪い。御託はいいから結論を述べろ」

 教えて下さい、くらい言えないのか――とは思ったものの、それがヤンネの言う「御託」なんだろうなと思ったら、何だか言いたくなくなってしまった。

(いやいや。私は大人、私は大人……)

 怒りを感じたら、まずは6秒待てと何かで耳にした。
 アンガーマネジメントがどうとか、そんな話だった。

 前回は、そんなことを考える間もなく商法書に手が伸びていたけど、さすがにここは王都商業ギルドの中だ。
 黙って6秒待つのも地味にキツイので、心の中で「私は大人」とひたすら唱えた後で、軽く息を吸った。

「…………毎夕、フォルシアン公爵閣下おとうさまとご一緒に、邸宅やしきにいらっしゃいますが」
「…………毎夕?」
「ええ、毎夕です。夕食だけでも、と」
「…………」

 この返しは、さすがにヤンネも想定外だったらしい。
 毎夕、と呆然とした声が更に洩れたくらいだ。

「……伝言、承りましょうか?」

 これで「忙しい宰相を呼びつけるとは、どういう了見だ」とでも言われたら、どうしてくれようと思ったものの、さすがに私の声色と表情を読むことを学習したのか、それを言ったら自分が御託を並べたことになると気が付いたのか、ヤンネの口から洩れたのは「そうだな」との、短い一言だった。

「ケスキサーリ伯爵家への対応は、弔意の表明と後日の弔問ということでよろしいですか――とかですか?」

 どうしたらいいですか、などという子供のおつかいみたいな伝言では、山ほど仕事のある今のこの状況下では無駄もいいところだ。最終的にエドヴァルドのGOサインが欲しいとなれば、そのくらいは言わなくちゃいけない。
 ――イエスなら、それで事足りる伝言を。

「…………それでいい」

 そして、決して短くはない沈黙の後、それだけを告げてヤンネは商談室の出口へと向かう。

「念のため言っておくが、閣下の許可があるまではこの話はあちらこちらで吹聴しないように。茶飲み話にするような話ではないことくらいは、分かっていると思うが」

「……っ」

 減らず口!!
 女性の茶会は貴族間の噂話で溢れているとでもいうのだろうか。

「ぜっっったい、いつか『ぎゃふん』と言わせてやる」
「……ぎゃふん、なぁ……」

 とことん相性が悪いんだな、とヤンネが出て行った扉を見ながらファルコが生温かい笑みを向ける。

「で、今度こそフォルシアン公爵邸に帰る――で、いいのか?」
「よくってよ!」
「淑女の振る舞いじゃねぇよ、それは。フォルシアン公爵夫人に怒られるぞ」
「……なんでファルコが淑女の振る舞いを語るのよ……」

 そうは言っても、今のやりとりを思えばエリィ義母様からはダメ出しを喰らうような気はする。
 馬車の中で頭を冷やさなくては。

 ギルド長は、帰る時にはもう立ち寄らなくても良いと言っていた。



 私は階下でスリアンさんに軽く会釈だけを残して、フォルシアン公爵邸へと戻ることにしたのだった。







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いつも読んでいただいて&応援&♡ありがとうございます!m(_ _)m

【!!速報!!】

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?


皆様のおかげをもちまして、4巻の発売が決定致しました……! 

そうです、ついに書籍版にもリファちゃん登場です!!+。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚
とは言え、4巻での出番はまだあまり多くありません。
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もっともっとリファちゃんの活躍が見られるよう、
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まずは4巻の応援購入をぜひお願いします!

なお表紙を含めた詳細は、後日改めてとなりますのでもう少しお待ち下さいませm(_ _)m

そしてタロコ先生のコミカライズ版も、お待たせしました。
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