聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

795 水と油がまざるには(後)

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「やりすぎだ! それでは、ラヴォリ商会が宰相閣下と懇意になったと思われかねない……!」

 いくら現時点でユングベリ商会の名が知られていないにしろ、少し調べれば商会長の後ろにエドヴァルドがいることが分かる。
 私の存在はカムフラージュで、宰相と国内最大手の商会との間で何かしらの密約が発生したのではないか。
 そう考える貴族らが一定数出るとヤンネは叫んだ。

 どうやら、驚いたというよりは私の発言を止めようと声を上げた、というのが正しかったようだ。

「おや、心外なことを仰る」

 ただ私が何か答えるよりも先に、カール商会長代理の方が不満げに声を上げた。

「我が商会は、むしろ会長との付き合いから言えばスヴェンテ公爵閣下との交流の方が深い。とはいえ、それを悪く言う貴族の家はいないのですが」

 今は、って何。
 そうは思えど面と向かって聞く勇気はない。

 そんな周囲の空気はものともせず、今はもう車椅子の開発事業がかなりのところにまで認知されているのだと、カール商会長代理は言った。

「車椅子の開発に関するアイデア料の謝礼として、販路の一部と従業員の斡旋を提案した。予めそう公表しておけば、目端の利く者たちは誰も文句は言わない」

 それに、と続けられた声に、皆が言葉を呑みこむ。

「言いそうな商会はこれから跡形もなくなりますし。そこまでいけば、貴族の方々とては察するのでは?」
「!」

 ボードストレーム商会を潰すのがすっかり規定路線なカール商会長代理に、誰も何も言えない。 

 いや、そこに関しては王都商業ギルドもエドヴァルドも黙認状態なので、文句を言う方がおかしいとの流れが既に出来上がっている。

 そもそも、商会を立ち上げるならラヴォリ商会を敵に回すなと言ったのが、ほかならぬエドヴァルドなのだから、ヤンネの心配は無用のものと言うべきだった。

「ご心配でしたら、キヴェカス卿が従業員の募集をかけて、面接して下さっても構いませんが」

 港町のどこかに拠点を置く。その候補地をピックアップする。決まったところで従業員の募集をかけて、バリエンダールやサレステーデとの交易が出来るよう書類を揃えて、あちらのギルド主催の法律講座を受けさせる。

 やれるものならやってみろ、の意をこめつつ、私はそれだけを口にした。
 間違いなく今のヤンネには手が回らないと分かっていて……だ。

(さあさあ、ぎゃふんを言うなら今よ?)

 いや、そのまんま「ぎゃふん」を言えというのではなく、何を言ってくれるのかと思ってのことだ。
 眉間に皺を寄せながら何かを考えているヤンネの言葉を、私は待った。

「車椅子か……」

 そう言えば、スヴェンテ公爵家の法律顧問であるユディタ侯爵家の令息とはもう話をしたのだろうか。
 まあ、ヤンネのことだからそのあたりは既に済ませていそうな気もする。

「だいたい商売人ではない私が、どの面を下げて面接をすると? 商会長代理の提案の方がよほど現実的だ」
「…………」

 そして私の嫌味には、思いきり嫌味が返された。
 何を言っているんだ、と言わんばかりのその表情が理不尽なんですけど!

「その理屈を通すのであれば、セサル・ユディタとこちらでも再度話し合いをしておこう。そうすれば両公爵領間での納得ずくでの開発だとの裏付けにもなる。港町の拠点を探すのに、クヴィスト公爵領やコンティオラ公爵領下の領主と変に揉める可能性も減る」

「おや。では、ユングベリ商会と我が商会の提携に関しては、法律顧問殿もお墨付きだと?」

 そして、笑っているようで笑っていないカール商会長代理の表情がちょっと怖い。
 ギルド長や副ギルド長は、慣れているのか苦笑いだ。

「……そちらの商会の顧問殿も交えての話し合いが必要になるかと思うが」
「ああ、なるほど。それもそうだ」

 完全な反発ではなく、それぞれが引くべきところは引いている。
 相手が男性であれば、ヤンネもオトナのやりとりが出来るらしい。

「では近いうち、そのように」

 カール商会長代理も、微笑わらってそこで引き下がった。

「――販路だ支店だと、将来が明るいだろうことは結構なことなんだがね」

 そして、話が途切れたその絶妙なタイミングで、感心半分呆れ半分なリーリャギルド長の声が割って入った。

「そもそも、この王都本店の開業をどうにかすべきなんじゃないのかい」

「「「…………」」」

 これには私もヤンネも、カール商会長代理も何も言い返せない。
 改装業者を決めるための入札日さえ決められていないのだから当然だ。

「ええっと……今回の件が落ち着くまでは、入札に来て貰う業者も決めづらいと思っていたんですが……」

 公正を期すためにも入札の門戸は広げたい。とは言え、投資詐欺に不正取引までやらかしたシャプル商会やブロッカ商会と関係があるようだと、手抜工事や中間マージンの搾取を疑ってかからなくてはならず、かえって開業までに時間も手間もかかりかねない。

 それにこちらに関しては、ラヴォリ商会におんぶにだっこと言うわけにはいかない。
 車椅子の御礼というカードが何枚もあるわけではないのだから、それこそ癒着を囁かれかねない。

 あくまで王都商業ギルド立ち合いの下で公正に進める必要があるのだ。

「ふむ」

 私の説明に、リーリャギルド長は一応納得をしてくれたようだった。

「なるほど。じゃあ、こちらであらかじめ『身ぎれい』な商会を調べてから入札の告知をすればいいわけか。身ぎれい商会の情報を高等法院なり王宮なりに渡せば、それ以上は踏み込んでこないだろうし、最低限の守秘義務は守れるってことにもなるからね」

「それは……こちらとしても助かりますが……」

 日本でいうところの帝〇データバンクに企業の信用調査をして貰うようなものだ。こちらでヤンネや〝鷹の眼〟たちが調べたところで限界があるだろうから、よほど精度は高い。

 と言っても、さすがに「じゃあ明日」などと言われても対処が出来ない。
 そう思ったのが表情かおに出たのか、リーリャギルド長が笑って片手を振った。

お偉いどこかの法律顧問サマキヴェカスだけならそうしてやっても良かったが、ユングベリ商会長の負担になるようなことはしないよ。今回のことでギルドは既に借りを作っているようなものだからね。裁判の様子を見ながら動かせて貰うさ」

 裁判の様子、と言ったところでチラリとヤンネに視線を投げているあたりは、多分牽制だろう。
 必要な情報の出し惜しみは許さん――とでも言わんばかりだ。

「……生憎と」

 ただ、ヤンネはどこまでもヤンネだった。
 相手はギルド長だというのに、表情を隠すことをしていない。

「こちらにも守秘義務はある。ペラペラと裁判の経過を茶飲み話のごとく告げにくるような真似をするつもりはない」

「……へえ、そうかい」

 ピキリとこめかみを痙攣ひきつらせているリーリャギルド長に、さすがに思うところがあったのか「ただ」と、珍しくそこで言葉を継いだ。

「依頼人への報告の義務はある。コデルリーエ男爵領ギルドの名義貸しに端を発する裁判には、色々と報告をすることになるはずだ」

 関連する限り、との持って回った言い回しに、この場の全員がその真意を察した。

 名義貸しの件は、結局のところ投資詐欺にも不正取引にも繋がっている。
 つまりは、ヤンネ自身は語ることはないものの、依頼人から聞けばいいだろうと――そう仄めかせたのだ。

「……なるほどね。なら、カプート子爵がもし王都商業ギルドここに来れるようなら、その時にフラーヴェク子爵も連れてきて貰って、顔つなぎをしておくとしようか」

「……っ」

 今度はこちらが返答に困る番だった。
 それだと、何がなんでもカプート子爵を王都商業ギルドに顔出しさせなくてはならないということになるからだ。

(裁判かぁ……)

 フラーヴェク子爵の証言は、ヒチル伯爵家への断罪と密接に関係してくる。

 どう考えてもヒチル伯爵家は抵抗するだろうし、かといってそれがなければ〝痺れ茶〟の販売ルートを暴く裁判は中途半端になり、ナルディーニ侯爵家に対しての追求が弱くなってしまいかねない。
 ナルディーニ侯爵家への追求が弱くなれば、投資詐欺に関わる裁判が、今度は行き詰まる。

 つまり事を動かすにはまず、ヒチル伯爵家のハニトラ裁判を決着させるところから始めなくてはならないのだ。

「…………なんだ」

 私が思わずヤンネを見てしまったせいか、今度は何だと言わんばかりに顔を顰められてしまった。

「いえ、大したことじゃ。裁判に勝って賠償金踏んだくって貰えたら、多少は投資詐欺の被害にあった商会ところに回せるかな? と、思っただけです」

 クヴィスト公爵領下の貴族との争いは、ヤンネの過去を掘り返して突くようなものだけれど、私がそれをあれこれと言う権利はない。

 だから「大丈夫か?」なんてことは聞かない。
 表向き全然別の話を口にするだけだ。

「投資詐欺の被害者との関連がなければ無理だ。それが許されるなら、どんな裁判でも賠償金の横流しが出来ることになるだろう」

「原告がいいと言えば、いいわけでしょう? たとえば『寄付』の名目だったり」

 そもそもが、一蓮托生で裁かれるつもりのフラーヴェク子爵だ。
 必要経費以外の部分であれば、相談の余地はあるはずなのだ。

 詐欺で巻き上げられたお金というのは、一円も戻ってこないケースも多い。

 ナルディーニ侯爵家やエモニエ侯爵家、コデルリーエ男爵家にある程度補填してもらうにしても、他にもアテはあっていいはずだ。

「こちらから強要したのではなく、あくまで本人の意思で言い出すのであれば……だ。法律は都合よく解釈を歪めるために存在しているわけではない」

「もちろん、分かってますよ。ただフラーヴェク子爵は自己犠牲精神が今、限界突破してますからね。それくらいのことを言わないと、本当の意味で裁判の協力者にはなり得ないと思うんですよ」

「なんだ、それは」

 下手をすればヒチル伯爵家の関係者を巻き込んで、地獄の門を叩きかねない――なんてことはちょっと説明しづらい。

「……共に死ぬこと以外の選択肢を提示する必要があるってことですよ。賠償金を巻き上げて『還元』しようという話は、充分に子爵の気を引くと思いますけど」

 だから、あえて明け透けな言い方をせざるを得ない。

「まぁ、この後何度か会っていくうちに分かると思いますよ」

 ――フラーヴェク子爵が、復讐上等と言わんばかりの、かなり鬱屈とした精神状態にあることを。

 裁判で色々なタイプの依頼人に会っているだろうし、これ以上クドクドと言っても反発するだけだろう。

「ギルド側の立場としては、一円でも多く、騙されて失った資金が戻ってきて欲しいとしか言えないね。そのめどさえ立てば、廃業届を出すのを待って欲しいと説得も出来るからね」

 無論、廃業やむなしの商会だって存在している。
 けれど全ての商会を、自業自得と突き放したくないのもギルドの本音だろう。

「……裁判次第ですね」

 間違まごうことなき、それが本音。



 返事の代わりにヤンネ自身は、盛大に顔を顰めていた。











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