聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

793 水と油がまざるには(前)

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「遅い」
「…………は?」

 王都商業ギルドに到着し、馬車を降りたその瞬間。

 想像だにしていなかった人物がそこにいて、私はうっかり取り繕うのを忘れて眉根を寄せてしまった。

「キヴェカス卿……どうして、ここに?」

 犬と猿。
 ハブとマングース。
 水と油。

 とにもかくにも今現在、私の人生において最もそりの合わない男――イデオン公爵領法律顧問たるヤンネ・キヴェカスが、腕組みをし、片足を苛立たしげに踏み鳴らしながら、入口前で待ち構えていたのだ。

「宰相閣下の婚約者、フォルシアン公爵家の養女。そんな肩書を背負った人間が、王都とは言え街中をフラフラしているのを見過ごせと? ……と、言うのが関係者各位からのだ」

「はい⁉」

 関係者各位って、何。

 そう言えば、少し前に王都商業ギルドに来た時には、義兄ユセフが同行していた。
 今回、エリィ義母様が何も言わず微笑わらって送り出してくれたことを訝しむべきだったのか。

 それにしたって、なぜ、よりによって――と思ったのが表情にも出ていたんだろう。
 不本意なのはお互い様だとでも言わんばかりに、ヤンネの方も眉をひそめていた。

「ユセフも高等法院のオノレ子爵閣下との情報共有が必要だとのことで、もうしばらく事務所には戻れんそうだからな。そもそも、籍は高等法院に置かれたままなのだから、そう言われてしまえばこちらからは何も言えんだろう」

「……なるほど」

 細かくつっこんで確かめる気にもならなかったが、恐らくはヤンネに連絡を入れたのは、エリィ義母様かユセフか……あるいは、その両方のような気もした。
 連絡としてはユセフの方が信憑性があるにせよ、エリィ義母様くらいの「圧」がないと、ヤンネはここまで来ないだろうと思ったのだ。

 もちろん、王宮側と高等法院側との情報共有が大事だというのが大前提だけれども。

「私が受けた裁判に関しての情報収集を考えても、いずれギルドに来る必要はあった。早いか遅いかの違いだけだ」

 必ずしも、私のために来たわけではない。
 そんな主張が声色からは読み取れる。

 一般的な会話の流れから言えば、私に気を遣わせないように、わざとぶっきらぼうな言い方をした――と、なるだろう。
 ただ、何と言っても相手はヤンネ。
 これまでの行いを振り返れば、確実にそれは本音。
 こちらとしても「気を遣って貰った御礼」を言う気にはなれなかった。
 多分向こうも期待はしていないだろう。

 大体が、来るなり「遅い」と言われているようではそんな気にすらなれないのだ。
 頼んでもいないし約束もしていない。
 そう言い返しかけて、思いとどまった自分をむしろ褒めたいくらいだ。ここで子供のケンカを繰り広げてどうする。

「裁判を受けた……と言うことは、依頼が案件として整ったんですね」

 だから小さな深呼吸をして、必要なことだけを口にする。

 とは言え「コデルリーエ男爵領の商業ギルド案件」などと情報ダダ漏れなことは口にしない。
 保護法があろうとなかろと、ここで個人情報を洩らして益になることは一つもないし、何より表情を殺して答えないヤンネの態度が明確にそれを肯定しているからだ。

「事前に聞いていた以上は、受けはしたが……いつの間にやら依頼事項が増えていた。その説明も聞きたいと思っていたからな」

「…………」

 依頼が増えた……?
 なんだっけ、と首を傾げかけた私は、すぐにその中身を思い出した。

 ほたてジェイの投資詐欺裁判は、コデルリーエ男爵領をきっかけとして、ラヴォリ商会が傘下のカルメル商会のために仲立ちを買って出て、起こされた体裁をとっている。
 その後で――フラーヴェク子爵が、資金の流れに関して原告として協力をするかどうかという話は確かにしていた。

 どうやら、フラーヴェク子爵がヒチル伯爵家からの追放を不当とする裁判に関しても、関連案件としての話が浮上したらしかった。
 やはりそれだけ、フラーヴェク子爵という人は自らの泥を厭わずに目的の達成を優先出来る人なのだ。

「ちゃんと心当たりがあったようで何よりだ。早速問い詰めたいのは山々だが――」
「――ここでする話でもなかったですね」

 じゃあ、行きましょう――私もそう言って、ヤンネの横を素通りして、王都商業ギルドの扉を開けることにした。

 ここはギルド。
 もとよりエスコートなんてものは期待もしていなかったし、ヤンネがどんな表情を見せていたかなんて、振り返って確かめる気にもならなかった。
 エスコート当然の世界で生きてきたわけでもないのだから、別に構わない。

「……ここへ来てすぐ、ギルドの受付には声をかけておいた。ラヴォリ商会への使者はギルドから出してくれるとのことだったから任せておいた。じきに商会長代理なり、その代理なりが来るはずだ」

「!」

 背中越しに聞こえた声に、私はどうしてヤンネが早々にギルドに来ていたかをそこで察した。
 ただ、ボーっとギルドの軒先に佇んていたわけではなかったのだ。

「だから、直接二階のギルド長室へ上がれとも言われている」
「そ……そうなんですね」

 合わない、好きじゃないと言っても仕事がデキるという点は否定のしようがない。
 つくづく、出だしを間違えたと思う。互いに今更な話にはなっているだろうけど。

 圧倒的な貴族オーラを放つエドヴァルドやエリィ義母様なんかと違って、伯爵家の出とは言え王都で開業しているヤンネは市井への溶け込み方をよく心得ている。

 常連(?)ヤンネの来訪で、チラチラとこちらに視線を向ける職員や商人らしき者たちはいたものの、場がざわつくといったところにまでは至っていなかった。

 視線の合った有能受付嬢・スリアンさんが、接客途中ながらも机の上で組んでいた手の人差し指を軽く上に向けて、二階へ上がるよう指示を出してくれている。

 私は会釈、ヤンネはチラリとそれを一瞥しただけで、そのまま二階へと足を運ぶことにしたのだった。



.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜



「すまない、ギルド長は来客中だ。ただもうすぐ終わると聞いているので、よければここで待機していてくれ」

 二階では、まずアズレート・ニコラエフ副ギルド長から声をかけられ、副ギルド長室へと招き入れられた。

「すみません、本来あるべき商業ギルドの利用の仕方でないことは充分理解しているのですが」

 会社に置き換えれば、新米社会人が大企業の社長や副社長と毎回毎回打ち合わせをするようなものだ。

 日頃からアズレート副ギルド長を窓口に呼びつけているヤンネが、ギルド内で大顰蹙を買っているくらいなのだから、私まで似たようなことをしでかすわけにはいかない。

 不可抗力とは言え、弁えていますよ……ということは、キチンと主張をしておくべきだろう。

「理解してくれているなら、それ以上はこちらも言わん。今回の件がイレギュラーであることは、上層部全員が承知している。何せ商業ギルドの在り方そのものに関わりかねない話だ」

 未承認の茶葉を流通させたり、資金稼ぎのために名義貸しをしたりと、それは確かに王都商業ギルドとしても、末端組織の管理不行き届きを責められても仕方のない状況にある。

 ギルド長や副ギルド長が、知らぬ存ぜぬでは通らないのが今回の事件だ。

 私の立場で二人を指名することを常態化させない。
 双方が、それを理解していれば、今はいい。

「細かい話はギルド長の手が空いてからさせてもらうが……ここへ来たということは、事態解決の糸口が見えたということでいいのか?」

 ギルド長も、副ギルド長も、当然通常業務を抱えており、話し合いにしたって無限に時間があるわけじゃない。
 最初に結論だけでも聞いておきたいと思うのは、自然な流れなのかも知れなかった。

 あるいは、気になって気になって……ギルド長よりも先に、少しでも聞いておきたいと思ったのか。

「そうですね……」
 
 そこは当然、ヤンネも知りたいところだろう。

 どこから説明をしたものか。
 私は口元に手をあてて、少し考える仕種をみせた。
















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