聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

781 公爵たちの四面楚歌(中)

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「……恐れ入りますが陛下、この会議で決めなくてはならぬことを、まずは取りまとめさせていただいても宜しいか……?」

 目を開き、腕組みを解きながら、ひどくゆっくりとスヴェンテ老公爵は口を開いた。
 それはまるでこの場を、ひいては自分を落ち着かせようとしているかに見えた。

「必要と思うなら、そうすればいい。何せ『議長』なのだから」

 最終決定権はさすがに渡せんが――と、いっそ淡々と陛下フィルバートは許可しているけれど、会議開始の合図として、それらは必要な通過儀礼なのかも知れなかった。

「そうですか……では」

 そう言ってスッと息を吸い込んだスヴェンテ老公爵は、今、まだ決着をしていない話をその場で列挙しはじめた。

 無断で簡易型の〝転移扉〟を使い、サレステーデから王族を国内に潜伏させた罪。これは既にクヴィスト公爵がを受けた状態ながら、事件そのものは未だ公表されていない。当主交代のみで、連座は無用なのか。

 そのサレステーデの王族が、フォルシアン公爵令息や令嬢(この場合は、私)を襲おうとした罪。これはバリエンダール、サレステーデを交えた三国で処分を決める予定。アンジェス国としての見解は。

 先代エモニエ侯爵夫人が、夫の死に合わせて己を今の境遇に追いやったバリエンダールの貴族に対する復讐に動き始め、非合法の茶葉をアンジェスに流出させ、アンジェス側の協力者も含めて破滅させようと目論んだ。バリエンダール側の貴族の処分に関しては、三国会談の間に、ミラン王太子に委ねる予定。

 ではアンジェス側はと言えば、先代エモニエ侯爵夫人からナルディーニ侯爵を経由して、一部が国内に流入している。罪そのものは王都商業ギルドや高等法院がそれぞれの法に則って裁くにせよ、これも内容に応じて領主の交代のみ、連座は適用しないということでいいのか。

 茶葉を流通させるための資金を得る、あるいは他家を陥れようとして、ジェイほたての漁場の投資詐欺を仕掛けたナルディーニ侯爵家やその子飼いの貴族たちの処分と連座について。非貴族層に対しては、これもギルド及び高等法院一任ということでいいのか。

 イデオン公爵領内にて非合法の茶葉を持っていたアルノシュト伯爵家は、その茶葉を売ることで得られたであろう資金を、病に倒れた息子の治療費にしたかったのか、あるいは銀山が原因で住民が次々と命を落としている事実を隠蔽するための資金を得るつもりだったのか。最終的な領主の処罰はどうするのか。

 今回該当する高位貴族の多くが、日ごろからレイフ殿下寄りであったがために、殿下にも寄り親としての責任問題が発生している。ただし直接の指示はしていないため、今回は自治領となるだろうサレステーデの長として着任するということでいいか。

(おお……)

 スヴェンテ公爵家の現在の立場を考えると何も言えないとはいえ、私は内心で惜しみない賛辞を老公爵に送っていた。

 多分陛下がいうところの「情報共有」は、そこまで親切仕様ではなかったはずだ。
 けれどスヴェンテ老公爵は、ほぼ正確に起きている事実をまとめきったのだ。

 つくづく、公然と第二王子に付いた息子が残念仕様だったということなんだろう。
 そして多分、惜しまれてハルヴァラ伯爵領にて秘密裡に生かされた孫のカミルは、この老公爵の血を隔世遺伝的に色濃く受け継いだに違いなかった。

「……間違ってはいないな」

 そう、最初に答えたのはエドヴァルドだった。
 宰相として、まずそうすべきと考えたように見えた。

「まず私からは、アルノシュト伯爵ツィリル及びカロリーヌ夫人の処分軽減を求めるようなことはしないと宣言しておく。ただ当事者として権限がないことを承知で言えば、レイフ殿下が己の手足として連れて行きたがっているように見受けられる。ある意味追放処分に相当するのでは……と考え、もしも申し出があれば受けるつもりでいる」

 ほう……と、この場の全員が、それぞれの為人ひととなりに応じて目をみはった。

「アルノシュト伯爵家はどうするつもりだ? 言いたくはないが、息子は――」

「――銀細工の職人になると、既に親からも勘当されているような息子だ。本人は望むまいよ」

 カトル・アルノシュト伯爵令息の今の状況を知るイル義父様が、オブラートに包むようにそんな聞き方をしたけれど、エドヴァルドは微塵も動揺を見せなかった。
 いつかカトルが回復をしたなら。
 その時のために、領主ではなく銀細工の職人として復帰する道を残すということなんだろうか。

「とはいえ、そのままの地を『アルノシュト』の名でやっていくのは難しいかも知れん。別の名で新たな伯爵位を起こすか、過去のグゼリ伯爵領のように子爵位以下の領地に分割譲与するか、どちらかを考えねばならんだろうな」

 かつて乳製品の産地偽装で、キヴェカス伯爵家に罪をなすりつけた罪で裁かれたグゼリ伯爵家は、伯爵領を解体され、オノレ子爵家を始めとする複数の家に領地が分割譲与された。
 アルノシュト伯爵家も、起きた公害に目を瞑り続け、複数の死の村を生み出したことを思えば、領地の解体はやむを得ないところではあった。

「分割譲与か……」

 イル義父様もそう思ったのか、口元に手をやりながら考える仕種をみせていたけれど、エドヴァルドの表情から察するに、そちらの選択肢には否定的なような気がした。

「……アルノシュトの血縁者を探して就けるだけで済むほど、あの土地の統治は生易しくない。アルノシュトは加害者の側だ。とはいえ、これから鉱毒の被害に遭った土地を立て直していかなくてはならないことを思えば、分割譲与も現実的ではない。イデオン公爵領以外も対象に加えて、次男以下の貴族を誰か独立させるか、あるいは学園の卒業予定者に後見を付けて立てるか……いずれにせよ、新たな伯爵位を起こすしかない気はしている」

「なるほどな。ただ治めるのとはワケが違うのか」

「領地が分割された末に将来の復興に差が出るのも好ましくはないし、今回の件の関係者の中から流刑扱いで任じられて、適当な統治をされるようでも困る」

 この件に関しては、アルノシュト伯爵の寄り親とも言えるイデオン公爵、つまりエドヴァルドには最終の決定権がない。
 自分の考えを述べるところまでが許されたところで、それをどこまで採るかは、残りの参加者が判断することになる。

 ただしスヴェンテ老公爵もテオドル大公もオブザーバー参加、クヴィスト公爵代理は、まだ「代理」だ。もちろん意見として耳は傾けるとしても、実質、イル義父様とコンティオラ公爵がメインでこの話を判断することになるのだ。

 だからさっきから、イル義父様が主としてエドヴァルドと話をしているのだろう。

「なるほど、鉱山を持つ領地の関係者が代わって治めるのが望ましいということか……」

「更に言えば銀の三大産地の残り二つ、シメネスを抱えるリオハス伯爵家か、ハドラールを抱えるソシアス伯爵家かということだな」

 イル義父様とエドヴァルドが話し始めたのを会議の始まりとして、いったんは様子見に回っていたスヴェンテ老公爵が、そこでおもむろに会話に加わった。
 
 ああ、とエドヴァルドも頷いている。

「銀以外の産出地に関しては、同じような影響が出るのかどうかも、そもそも未知数。これから調査に入って貰うことになる。それであれば、明らかに同様の状況に陥る可能性があるどちらかの領地から、アルノシュトに入ってくれる方がよほどいい」

 リオハス伯爵家はスヴェンテ公爵領、ソシアス伯爵家はクヴィスト公爵領にそれぞれ領地を持っている。

 スヴェンテ老公爵からの視線を受けたシェヴェス・クヴィスト公爵代理が、ビクリとそこで顔を上げた。

「いや……その……ソシアス伯爵家は先代に直系の跡取りがおらず、養子を迎えて継がせたばかりと聞いている。今すぐアルノシュトに赴ける者がいるかと言われると……」

 会議に不慣れな面は見え隠れするものの、クヴィスト公爵代理の受け答えは、いたって常識的だった。

 自分がこの場に呼ばれる経緯を思えば、居丈高に出る気にもならないのかも知れない。
 あるいは絶対的権力者だった父親が長く君臨していたために、そもそもの性格が丸いのか。

 いずれにせよその答えは、他の参加者を不快にさせるものではなかったようだ。

 ふむ、とスヴェンテ老公爵が自領のことを思い返す表情を見せた。

「リオハス伯爵家には、確か流行り病で死んだ長男の息子と、現領主である次男の息子とがいて、後継を決めかねているとの話があったな……独立して、名前の変わるアルノシュト伯爵領を治める器量があるか否か、確認してみる価値はあるか……?」

「では老公、一度それで探りを入れて貰っても? 確認が取れれば、続きは次回以降の会議で。最終的にそれがどう転ぶかはさておいても、アルノシュト伯爵夫妻はレイフ殿下に同行とし、残された地は一族の者が後を継ぐのではなく、名を変えて外から統治者を任ずる――という形で、いったん次の話に移ってもいいだろうか。どのみちそれ以外は一朝一夕でカタのつく話ではないだろう」

 話をそうまとめたのはイル義父様だった。

 確かに、汚染された土や地図から消えた村を何とかしたいというのは、すぐさまどうこうなるものではない。
 何年単位かも分からないスパンで、土地と住民に向き合ってくれる領主が必要なのだ。
 領地の名前が変わるなどと、ささやかな問題でしかないはずだ。

 アルノシュト伯爵が、抱えていた〝痺れ茶〟の在庫を捌いたと仮定した時、動くお金は果たしてレイフ殿下への寄付だけだっただろうか。

 何となくだけれど、伯爵は一生語らないような気がした。

「……手間をかけるが老公、そうして貰えたら有難い」

 そしてエドヴァルドもそう言って目礼を返したため、アルノシュト伯爵領に関わる話は、いったんそこで決着した。

 アルノシュトの名前が消える――

 少しはファルコの心にも、届く何かはあるだろうか……?









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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いつも読んでいただいて、また応援や感想もありがとうございます!

詳しくは近況ボードの方に書かせていただきますが――


〝聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?〟


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