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第三部 宰相閣下の婚約者

775 銀の骸と向き合う覚悟(2)

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「本当は、私が今見てきたままを語れば、レイナちゃんは無理に宰相エドヴァルドに同行せずとも――と思ったんだけどね」

 イル義父様は、自分が口頭で説明をすることで、私やエドヴァルドに状況が伝わるのであれば、それでもいいと思っていたらしい。

 だけど私やエドヴァルドの表情を見て、分かっているとばかりに頷いていた。

「うん。アルノシュト伯爵領の寄り親は私ではないからね。イデオン公爵として、己の目で見届けるのが筋だろうし、レイナちゃんがそれに寄り添うことをよしとしてくれたのであれば、私からは何も言えない。むしろヤーデルード鉱山周辺地域の調査に目を向けることで、第二第三のアルノシュトを生み出さないようにしようと、今は思うよ」

「イル義父様……」

「ふむ……アルノシュト伯爵は、茶葉の流通に手を貸したこと以外にも何かやらかしていたと言うことか」

 同じイデオン公爵領内に拠点を持つ者として、テオドル大公も気にせずにはいられなかったらしい。

 誰がどう答えていいものやらと思ったところを察したのか、その後「ええ」と言葉を続けたのは、エドヴァルドだった。

「アンディション侯爵領にくだんの茶葉は流入していなかったと認識していますが」

「うむ。それは間違いないとも。ただあそこは伯爵よりも細君が、レイフのもっとも大きな収入源だったボードストレーム商会と繋がりがあったろう。夜会でもよくビルギッタ妃と話をしていたし、妻も会えば挨拶は受けていた。故に商会の者も一度や二度は銀以外の細工物を持って来ておったわ」

「銀以外……ですか」

「さすがにシュタムと言う特出した銀の産地がある公爵領の関係者に、他所の領地で産出される銀細工を売り込みに来ることは遠慮しておったのではないかな。あるいは下手に銀を売って、イデオン公爵から目を付けられることは避けたかったか」

 それはありえるかも知れない、と私も思った。
 ケンカを売りに来ていると取られても仕方がないからだ。

「まあ、取引とは名ばかりで、恐らくはレイフの意向を受けて儂の動向を探りに来ておったのだろうとは思うがな。儂は隠居してアンディション侯爵領に引っ込んどると、どれだけ言うても懐疑的だったしな」

 ああ……と、何となく相手方の思惑が分かった私は一人天井を見上げた。

 多分〝蘇芳戦記〟のシナリオが私やシャルリーヌの存在で崩壊する前のことだとしたら、フィルバートやエドヴァルドを孤立させるのに、元テオドル大公としてのアンディション侯爵を陣地に取り込めないかと様子を探りに来ていた可能性は高かった。

「御用達だのなんだのと声高に言われん範囲で、義理的に購入をしていたつもりだが?」

「もちろん承知しておりますよ。とは言え、いずれ――と、狙われていた可能性までは否定しません。恐らく殿下のところにまで流通する前に、話が露見してしまったのでしょう」

「……確かにな」

「ですがアルノシュト伯爵は、茶葉以前の話です。彼は銀の採掘において、人の身体に有害となる物が川の水に溶け込んでいっていることに何年も目を瞑っていた。実際に死者も出ていた。恐らくは医局にいるその息子も、被害者の一人かと思われます」

「……っ」

 恐らくは意識をして淡々と事実を述べたであろうエドヴァルドに、テオドル大公は静かに目を瞠った。

「採掘に問題があった……と?」

「銀の鉱山だからなのか、他の鉱山でも見過ごされてきたのかは分からない。それは今から鉱山を抱える各領主に確認を依頼していくことになるでしょう。結果として他の領でも見過ごされてきた事例があるかも知れない。その時のために、アルノシュト伯爵の処遇については慎重に話し合う必要がある」

「なるほどな。第二第三のアルノシュトが出てきた時に、当の伯爵が軽い処分で済んでいた場合に困ると言うことだな。それであれば、今回のサレステーデやナルディーニの件と絡めてしまうのも一案というわけか」

「レイフ殿下繋がりで、茶葉の件も無罪とは言えない。少しくらい重くても致し方なし――くらいには考えていますよ。まあそれは、この後の会議次第とも言えるでしょうが」

「なるほどな……とんだ会議になりそうだな」

「五人の公爵はともかく、その下の長官は既に複数名、当事者に物理的なてっけん制裁を加えていますよ。恐らく途中で大公殿下が加わられたとしても、陛下はお見逃しになるでしょう」

「…………」

 鉄拳制裁って。
 多分、口元に手をあてたテオドル大公も、小声でブツブツとそんなことを呟いているように見えた。

 足の人もいたらしいですよ、なんて馬鹿なことはこの場では言わないでおこう。

「一応、儂もアンディション侯爵領に館を構える者ではあると思うが……?」

 行った方がいいのか、と暗に問うテオドル大公に、エドヴァルドは緩々と首を横に振った。

「今は『テオドル大公』殿下でいらっしゃる。言わば王家の側の方。この件はイデオン公爵領を束ねる者として、私の責であると思っておりますよ」

「レイナ嬢には少し酷ではないのかな」

 私を気遣ってくれるのは、とてもありがたいと思う。
 置いて行かれても仕方のないところではある。

 だけどエドヴァルドは、テオドル大公とイル義父様を一度だけそれぞれに見やった後、最後に私を見て「……いいえ」と言葉を発した。

「恐らく彼女をこの場に置いて行ってしまっては、私は彼女の信を得られない」
「エ……っ、いえ、閣下……」

 エドヴァルド様、と言いかけた言葉をすんでのところで呑み込む。

「言えば真綿に包まれてくれるかも知れない。公爵としてそれが出来ないワケでもない。だがそれは私の自己満足だ。やればやるほど彼女の心は離れていくだろう。酷ならば支える。分かち合う。それでこそ、彼女の心を一時たりとも元の国へと向けさせず、私の傍を望んでくれるであろう最適解だと認識をしている」

「……っ」

 真顔で何を言っているのか、コノヒトは‼

 普通に心配をしたつもりが特大の惚気を返された、と認識をしたテオドル大公が目を丸くしている。
 もちろんイル義父様やエリィ義母様、レンナルト卿もだ。

 ファルコは……うん、チベスナ顔になってる。

「……何か間違っているか?」

 そして最後私に話を振らないで欲しいんですが!

(真綿はいらない)

 確かにそうだ。
 どんな景色がそこにあろうと、隣に立てと。
 そこに他の誰でもなく「私」を必要としてくれていると。

「…………いいえ」

 私に、他に何が言えただろうか。

「まあ……包まれたくなったらいつでも言ってくれ。それはそれで、私は大歓迎だ」
「そ、れは……っ」

 何か怖いんで言いません!

「どうやら儂も野暮なコトを言ったようだ。では先に五公爵会議の場へ行かせて貰うとしようか」

 いたたまれんわとか、まったくですとか、テオドル大公やイル義父様が言い合っているのを、私は聞かなかったことにした。

 エリィ義母様は、にこやかな淑女の笑みだけを返して、部屋を出るためにレンナルト卿を促した。

「レイナ」

 エドヴァルドが、医局とは言えエスコートをしてくれるつもりのようで、すっと腕を差し出してくる。

「はい」

 私も、それまでの照れを振り払って、そこに自分の手を添えた。
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