764 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者
766 選択のお時間です(前)
しおりを挟む
カプート子爵とは、今回のお茶会が始まる直前に少しだけ会話を交わしている。
フラーヴェク子爵とは確かに「初めまして」で、そう言う意味ではコデルリーエ男爵家の関係者とも挨拶をして、今後の鉱山の展望について聞いてみたいところだったけれど、どうやらそこはダリアン侯爵家の領主か弟さんかが、まずは動かなくてはならない「課題」となっていたようだった。
名義貸しに関しては、きっと王都商業ギルドのイッターシュギルド長たちも経緯と結論を知りたいだろうから、そこはエリィ義母様に、ユングベリ商会も情報の共有がしたいと、伯父か叔父に伝えて貰うしかなさそうだ。
エドヴァルドに続いて部屋に入って来たのが、カプート子爵とフラーヴェク子爵の二人だった時点で、私はエリィ義母様をじっと見て、目で訴えた。
「……そうね。私もフォルシアン公爵家の人間として、コデルリーエ男爵家のことは放置しておけないものね。弟はこれ以上領地を空けておけないでしょうから、兄に何とかして貰うしかなさそうね」
どうやら私が何かを訴えるまでもなく、エリィ義母様も今ここにコデルリーエ男爵家の関係者が誰もついて来ていないことに、何かしら思うところがあったみたいだった。
「夫人」
そして私とエリィ義母様との間のアイコンタクトに、当然エドヴァルドは気付いていた。
コデルリーエ男爵家、と名前が口をついて出ていたこともあり、恐らくは「何故ここにいないのか」と言葉の裏で問われていたことも察していた。
だからまず、この部屋の誰の目にも分かりやすいようにと、エリィ義母様へと話しかけたんだろう。
ただ、私とエリィ義母様以外に、何の繋がりもない子爵が二人いることも鑑みて、名前は呼ばないようにしているみたいだ。
以前に聞いたところによると、かつては他の公爵家関係者と同様に家名呼びだったそうだけど、イル義父様の「他人行儀だ」で、何度も何度も訂正させられるうちに、エドヴァルドの方が折れたらしい。
反クヴィスト公爵派と見做されるかも知れなくても、イル義父様は態度を曲げなかったのだ。
とは言え、エドヴァルドが折れるのはイル義父様がその場にいる場合にまだ限られているようで、それ以外の場では今のように「夫人」「フォルシアン公爵夫人」と、礼儀に則った対応を通しているような気はした。
これからは義理の父子になるのだから、さらにくだけてくれて構わない――と、イル義父様は笑っているけれど、果たしてどこまで実行されるのかは未知数だ。
そんな「無表情」と名のついたエドヴァルドの仮面に対して、にこやかな淑女の笑みを返したエリィ義母様も、慣れているのか、さすがと言うべきなのか。
「――あら、失礼。余計なことを申し上げましたわ」
イル義父様の妻として、長年エドヴァルドを近くで見てきているであろう経験値が十二分に活かされているようです。ぜひ見習いたいです。
一瞬、エドヴァルドのこめかみが微かに動いた気もしたけれど、気のせいと言われても仕方がないほどの、それは僅かな動きだった。
事実だったら、私も慣れたか学習したか――としみじみ思うところだけれど、今確認する必要もなければ、したところでどうしようもないので、ここはお口にチャック一択。
それに当然と言おうか、エドヴァルドの口をついて出た言葉からは、微塵の感情の揺らぎも読み取れない。
「……今、廊下でフォルシアン公爵とレンナルト卿とすれ違った。まずは管轄上の公爵として採掘量の減少と名義貸しによる現金稼ぎの件に関して追及して貰うことになった。フォルシアン公爵はこの後会議も控えているから、レンナルト卿が戻ってくれば、自ずと事情は分かって来るだろう」
まずは自領の尻拭いは自領で。報告だけは忘れずに。
要はそう言うことなんだろうと、私は一人納得しておくことにした。
「そう言うことでしたら、構いませんわ」
答えたエリィ義母様も、私と同じ認識で受け取ったように見えた。
「我が領へのご配慮、夫に代わりまして御礼を」
公爵夫人として文句のつけようもない綺麗なカーテシーを見せたエリィ義母様に、エドヴァルドは軽く片手を上げた。
「私や彼女に先んじて、アルノシュト伯爵令息の様子を見に行っていることはどうかと思っているんだが。そうは言ってもただでさえ時間の足りない中だ。ヤーデルード鉱山を管理する者としては必要なことだったのだと、あくまで妥協したまでのことだ」
「!」
どうやら、廊下ですれ違った際に、どこへ行っていたのか――を、さらっと聞いたんだろう。
「エドヴァルド様……」
カトル・アルノシュトの容態はどうなっているんだろう。
ファルコは、こっそり確認について行ったりしたのか。
色々と聞きたいことはあれど、黙って首を横に振るエドヴァルドの仕種から察するに、ここでは聞くなと言うことなんだと、私は納得せざるをえなかった。
多分、あとで一緒に行こうと声をかけられる気はしていたから、ここでは空気を読んで、口を噤むことにしておく。
「レイナ。先に王都商業ギルドへの義理立ての手前、カプート子爵とフラーヴェク子爵との話し合いを済ませておいて欲しい。五公爵会議における手札は、少しでも多い方がいい」
「あっ……はい」
話し合い、それすなわち「口裏合わせ」とも言う。
問題の〝痺れ茶〟が、どこから来てどこに流れたのか。
確認して、どこまでをギルド上層部に伝えるのか。
最終的な取捨選択が、いったい誰の為になるのか。
判断の難しい選択を、私は迫られようとしていた。
フラーヴェク子爵とは確かに「初めまして」で、そう言う意味ではコデルリーエ男爵家の関係者とも挨拶をして、今後の鉱山の展望について聞いてみたいところだったけれど、どうやらそこはダリアン侯爵家の領主か弟さんかが、まずは動かなくてはならない「課題」となっていたようだった。
名義貸しに関しては、きっと王都商業ギルドのイッターシュギルド長たちも経緯と結論を知りたいだろうから、そこはエリィ義母様に、ユングベリ商会も情報の共有がしたいと、伯父か叔父に伝えて貰うしかなさそうだ。
エドヴァルドに続いて部屋に入って来たのが、カプート子爵とフラーヴェク子爵の二人だった時点で、私はエリィ義母様をじっと見て、目で訴えた。
「……そうね。私もフォルシアン公爵家の人間として、コデルリーエ男爵家のことは放置しておけないものね。弟はこれ以上領地を空けておけないでしょうから、兄に何とかして貰うしかなさそうね」
どうやら私が何かを訴えるまでもなく、エリィ義母様も今ここにコデルリーエ男爵家の関係者が誰もついて来ていないことに、何かしら思うところがあったみたいだった。
「夫人」
そして私とエリィ義母様との間のアイコンタクトに、当然エドヴァルドは気付いていた。
コデルリーエ男爵家、と名前が口をついて出ていたこともあり、恐らくは「何故ここにいないのか」と言葉の裏で問われていたことも察していた。
だからまず、この部屋の誰の目にも分かりやすいようにと、エリィ義母様へと話しかけたんだろう。
ただ、私とエリィ義母様以外に、何の繋がりもない子爵が二人いることも鑑みて、名前は呼ばないようにしているみたいだ。
以前に聞いたところによると、かつては他の公爵家関係者と同様に家名呼びだったそうだけど、イル義父様の「他人行儀だ」で、何度も何度も訂正させられるうちに、エドヴァルドの方が折れたらしい。
反クヴィスト公爵派と見做されるかも知れなくても、イル義父様は態度を曲げなかったのだ。
とは言え、エドヴァルドが折れるのはイル義父様がその場にいる場合にまだ限られているようで、それ以外の場では今のように「夫人」「フォルシアン公爵夫人」と、礼儀に則った対応を通しているような気はした。
これからは義理の父子になるのだから、さらにくだけてくれて構わない――と、イル義父様は笑っているけれど、果たしてどこまで実行されるのかは未知数だ。
そんな「無表情」と名のついたエドヴァルドの仮面に対して、にこやかな淑女の笑みを返したエリィ義母様も、慣れているのか、さすがと言うべきなのか。
「――あら、失礼。余計なことを申し上げましたわ」
イル義父様の妻として、長年エドヴァルドを近くで見てきているであろう経験値が十二分に活かされているようです。ぜひ見習いたいです。
一瞬、エドヴァルドのこめかみが微かに動いた気もしたけれど、気のせいと言われても仕方がないほどの、それは僅かな動きだった。
事実だったら、私も慣れたか学習したか――としみじみ思うところだけれど、今確認する必要もなければ、したところでどうしようもないので、ここはお口にチャック一択。
それに当然と言おうか、エドヴァルドの口をついて出た言葉からは、微塵の感情の揺らぎも読み取れない。
「……今、廊下でフォルシアン公爵とレンナルト卿とすれ違った。まずは管轄上の公爵として採掘量の減少と名義貸しによる現金稼ぎの件に関して追及して貰うことになった。フォルシアン公爵はこの後会議も控えているから、レンナルト卿が戻ってくれば、自ずと事情は分かって来るだろう」
まずは自領の尻拭いは自領で。報告だけは忘れずに。
要はそう言うことなんだろうと、私は一人納得しておくことにした。
「そう言うことでしたら、構いませんわ」
答えたエリィ義母様も、私と同じ認識で受け取ったように見えた。
「我が領へのご配慮、夫に代わりまして御礼を」
公爵夫人として文句のつけようもない綺麗なカーテシーを見せたエリィ義母様に、エドヴァルドは軽く片手を上げた。
「私や彼女に先んじて、アルノシュト伯爵令息の様子を見に行っていることはどうかと思っているんだが。そうは言ってもただでさえ時間の足りない中だ。ヤーデルード鉱山を管理する者としては必要なことだったのだと、あくまで妥協したまでのことだ」
「!」
どうやら、廊下ですれ違った際に、どこへ行っていたのか――を、さらっと聞いたんだろう。
「エドヴァルド様……」
カトル・アルノシュトの容態はどうなっているんだろう。
ファルコは、こっそり確認について行ったりしたのか。
色々と聞きたいことはあれど、黙って首を横に振るエドヴァルドの仕種から察するに、ここでは聞くなと言うことなんだと、私は納得せざるをえなかった。
多分、あとで一緒に行こうと声をかけられる気はしていたから、ここでは空気を読んで、口を噤むことにしておく。
「レイナ。先に王都商業ギルドへの義理立ての手前、カプート子爵とフラーヴェク子爵との話し合いを済ませておいて欲しい。五公爵会議における手札は、少しでも多い方がいい」
「あっ……はい」
話し合い、それすなわち「口裏合わせ」とも言う。
問題の〝痺れ茶〟が、どこから来てどこに流れたのか。
確認して、どこまでをギルド上層部に伝えるのか。
最終的な取捨選択が、いったい誰の為になるのか。
判断の難しい選択を、私は迫られようとしていた。
773
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,980
あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。