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第三部 宰相閣下の婚約者

751 始めたことは最後まで

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 どうやらこの先のことは見せない、聞かせない、ということで私とシャルリーヌは軍神デュールの間を出なくてはならないらしい。

「なに、必要に応じて必要な者が誓約ヴァールの間を訪れるだろうよ。それまではゆるりと食事を楽しむといい」

 私はともかくとして、シャルリーヌにとっては、茶会参加者と言葉を交わす要素などないだろうにと思ったものの、既に誓約ヴァールの間だと移動先まで指定している陛下の内心など、誰に推し量れようはずもない。

 単にこのまま〝アンブローシュ〟の料理を、ほとんど口にせず帰ることになるのはあんまりだと思っただけなのかも知れない。

 きっと、深く考えるだけ無駄なんだろう。

「レイナちゃん。後でエリィと義弟レンナルトを行かせるよ。私とダリアン侯爵は確約出来ないけどね。それまではボードリエ伯爵令嬢と、食事の続きをするといいよ」

 茶会の前までは、エリィ義母様とダリアン侯爵兄弟とで、イル義父様の執務室で改めて顔合わせをするはずだった。

 けどイル義父様はこの茶会の惨状を考えるに、エリィ義母様と義弟を移動させる方が現実的だと判断したように見えた。

「あと、カプート子爵やフラーヴェク子爵あたりもユングベリ商会絡みでレイナちゃんと話をした方がいいんだろうけど、こればかりはまだ何とも言えない。もしかしたら私かイデオン公爵が連れて行くかも知れない――くらいでいてくれた方がいいのかもね」

 数があろうとなかろうと、問答無用で全員牢屋行きになるなら、とても商売の話なんかしていられないからだ。

 軍務・刑務担当のシクステン長官や司法・公安担当のヘルマン長官らとも話し合って、行動の自由の有無、その度合いを判断するんだろう。

 今は迂闊な約束は出来ないと言っているイル義父様の言葉は、至極真っ当だった。

 チラッとエドヴァルドを見れば、イル義父様の隣で微かに頷いている。

「それと、たとえ日頃から王宮の奥にあって不審者の入りにくい誓約ヴァールの間と言えど、完全ではない。誰が訪ねたとしても、私かフォルシアン公爵が同行をしていない限りは中に招き入れるな。二人は食事以外のことには感知しないくらいでいて欲しい」

「わ、分かりました」

 その深刻な声に、私は気圧されながらも頷いていたけど、どうやらイル義父様とシャルリーヌは、別に思うところがあったらしかった。

「本当は私でも認めたくはないんだろうがね」
「過保護の末にわたくしも一緒に守って頂けるのでしたら僥倖ですわ」
「なるほど」

 そう言う考え方もあるのか、と呟くイル義父様とシャルリーヌが、意外に友好的だ。

 私やエドヴァルドがギーレンにいて不在だった間、それなりに顔を合わせていて、以降は世間話が出来る程度に会話も成立しているようなのだ。

「ボードリエ伯爵令嬢は、もう私の妻とも顔を合わせているのだろう? 後で誓約ヴァールの間に彼女がお邪魔させて貰っても大丈夫かな?」

「ええ、喜んで。わたくしがその場に残って、聞かない方が良い話があるのでしたら、失礼させて頂きますけれど」

「この茶会の場に私の義娘むすめと共に招かれている時点で、そんな話はないだろうね。まあ多少ダリアン侯爵家の恥を晒すことになるのかも知れないが、軽蔑されるのは侯爵家であって私ではないしね」

 わあ。
 イル義父様、義兄弟と言えど容赦無い!

 鉱山の管理が甘くなっていて、結果として投資詐欺の土壌づくりに一役買っていたなどと、よほど腹に据えかねていたのかも知れない。

 コデルリーエ男爵家もダリアン侯爵家も〝痺れ茶〟とは関係がないようだけど、鉱山の管理の甘さは第二、第三のアルノシュト伯爵領を生む危険だってある。もしも今でもそれを分かっていないようなら、多分ちょっとやそっとの叱責では済まないんじゃないかとさえ思える。

「なので気にせず、義娘むすめと二人、食事を楽しまれるといい」

 そのくらい、言葉とは裏腹にイル義父様の目は笑ってはいなかった。

「それと申し訳ないが、この状況では私もイデオン公爵もエスコートが難しい。誓約ヴァールの間へは王宮護衛騎士に先導、案内させることを許して貰えるかな」

 それこそこの空気の中で、拒否権があるとは思えない。

 シャルリーヌが「イエスでいいのか」と言った表情でこちらを見てくるので、私は無言で首を縦に振った。

 それを受けたシャルリーヌが、にこやかな貴族淑女の微笑みで「もちろんでございますわ、フォルシアン公爵様」と答えることで、二人の会話もそこで終了した。

「すまぬな姉君、ボードリエ伯爵令嬢。何なら私の身体は空いているぞと自己申告したのだが、どこぞの狭量な宰相が王ですらダメだとのたまうのでな」

 それらの会話を横目で見ていた国王陛下フィルバートが、軽い笑い声と共にそう口を開いたものの、これにはエドヴァルドが片眉を跳ね上げた。

「学園入学前の子供じゃないのですから、自分で始めたことの後始末くらいはなさっていただけますか。私が狭量である点は否定いたしませんが、今回はそれ以前の問題です」

「「…………」」

 否定しないのか、と確実に陛下とイル義父様の顔には書いてある。

『重いわぁ……』

 ここで聞こえたら困るようなことを小声でシャルリーヌが言っているのは、多分日本語なんだろうなと、なんとなく私はあたりをつけた。

 それも口元を扇で覆っているから間違いないだろう。

『レイナ以外がその辺の石ころっていうあの目。拍車かかってない?』
『シャーリー……』
『まあ、重すぎて疲れたらボードリエ伯爵邸ウチにおいでよ。息抜きは必要よ?』

 いつぞやギーレンでもコニー夫人に似たようなことを言われた気がする。

『……そうね』

 私は何の気なしに答えたし、少し離れたテーブルのエドヴァルドの耳に届いたとはとても思えないのだけれど、足元を冷たい風が吹き抜けたのはどういうことだろう……。

「まあ、そんな狭量な宰相のためにも、案内する護衛騎士は顔見知りにしておいてやろう。二人は、もう動けるのか?」

 そう言って片手を上げる国王陛下フィルバートに、広間の中でそれぞれの持ち場にいたらしいトーカレヴァとノーイェルがこちらに向かってくるのが見えた。

 私とシャルリーヌは頷いて立ち上がることにしたけど、同じ様に動いてこちらに来たファルコだけは、私が片手を上げて止めた。

「……残っていいよ。アナタは最後まで見届けるべきだと、私は思うよ」
「!」

 お嬢さん、と言いかけたファルコが慌てて自分の手を口元にあてている。

「レヴとノーイェルさんとで大丈夫でしょ。どうせ他にも〝鷹の眼ごえい〟は内部なかにいるだろうし」

 念のため制止役にフィトくらいはこの場に残しておいた方がいいだろうけど、多分それ以外にも〝鷹の眼〟が公認で王宮護衛騎士の服を着て紛れているはずだ。

「何もかもが今日で終わりというわけじゃないし、枯れた土壌の改良や、もしまだ見つかっていないだけで同じ症状の人がいると仮定しての薬の開発とか、考えることは色々とあるけど……それはユングベリ商会として、放り出すようなことはしないから。とりあえずは、自分の中での区切りをつけておいでよ」

 アルノシュト伯爵をどうにかしたところで、お姉さんが戻って来るわけではないのだけれど。

 もう一発殴って気が済むのならエドヴァルドも止めないだろうし、姉の代わりにせめてカトル・アルノシュトを何とかしたいと言うのであれば、王宮の医局やギーレンの王立植物園に協力を仰いだっていい。

「契約はまだ終わりじゃないよ、ファルコ」
「……っ」

 どうしたい。どうすべき。
 決めるのは当事者の権利であって、私も、エドヴァルドも、何も強いることは出来ないし、強いてはいけないのだ。

「……いいのか」

「もちろん。だって宰相閣下も言ってたでしょ。子供じゃないんだから、自分で始めたことの後始末は自分でしなさい、って。あれは私にだって言えることだからね」

 アルノシュト伯爵はもちろん裁かれるべき人ではあるけれど。
 だからと言ってそれで全てが終わるわけじゃないのだ。

「…………分かった」

 そう長くはない沈黙の後で、何かを噛みしめるかのように目を閉じたファルコは「そうさせて貰う」とだけ呟いて、最後、頭を下げた。

「うん。じゃあ行こうかレヴ、ノーイェルさん」

 私は敢えて明るくそう言って、ファルコの感傷には気が付かないフリを通すことにした。
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