聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
741 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

750 兵どもが夢の跡

しおりを挟む
 夏草はない。

 だけど「あるできごとのあった現場のようすが、すっかり変わってしまっていることのたとえ」と言う意味ではまさしく「兵どもが夢の跡」な軍神デュールの間になっていると思う。

「そういうことだから、フォルシアン公爵とコンティオラ公爵は、自分の領地の侯爵の面倒はきちんと見ておくようにな。仮にも侯爵家領主だ。書類仕事が全く出来んほど愚かでもないだろう」

 そう言えば、基本的に自国語以外に最低1ヶ国は学園で習得をしておかなくては、長男であろうとそもそも後継者としてのスタートラインにすら立てないと、いつぞや聞いた気がする。

 勉強だけ出来て、社会人として役に立たない人間が散見されるのは、日本の社会でだって聞く話なのだから、アンジェスでもそこはそう大きく変わらないということなのかも知れない。

 もちろん得手不得手はあって、そこは家令なり兄弟なりが補っているんだろうけど、それでも陛下の言う通り多少の書類仕事は手伝えるはず――と言うことなんだろう。

「陛下……ですが私は……」

 痺れ茶の影響か微かに身じろぎをしながら、コンティオラ公爵が国王陛下フィルバートの方を向いている。

「言いたいことは理解しているが、今不在にされては外交部が回らん。マトヴェイに暴れられるのも倒れられるのもごめんだしな」

 陛下のセリフは、コンティオラ公爵を気遣ったと言うよりは、掛け値なしの本音であるかに見える。

「酷い言われようですな、陛下」

 ニセ壁があるだろうから、どこまで見えているのかは不明だけど、私にはそう言って苦笑しているマトヴェイ外交部長の姿が見えていた。

「事実だろう?」

「否定はいたしませんが」

 マトヴェイ部長、暴れるんだ……?

 ダールグレン侯爵家にいた頃は、領主である兄の方が武闘派だったそうだけど、政変時に陛下の楯になったところから言っても、やはりコンティオラ公爵領防衛軍出身者なのだ。

 さっきも後遺症のない方の足で魔道具を蹴り飛ばしていたくらいだから、いざと言う時には剣を片手に前に出る人なんだろう。

「宰相が王宮内で氷柱を落とした件は、まあどこぞの王家に費用を請求するからまだいいとしても、マトヴェイ、其方そなたにまで暴れられては、今の時期にコンティオラ公爵を公務から外した私が悪いと言う話になるだろうが。だいたいが、修繕のための費用を割くくらいなら、魔道具や痺れ茶の更なる改良に予算を振る方が余程有意義だ」

「「陛下……」」

 困ったように笑うマトヴェイ外交部長と、呆れたようにため息をついたエドヴァルドの声が、思わぬところで被っていた。

「……吝嗇家りんしょくかどころか、清々しいほどに理由が独善的ですね」

「いつの間にやらロイヴァスと示し合わせて修繕費用を他所に押し付けていた宰相に言われる筋合いもないと思うがな」

「原因は向こうなのですから、正当な請求をしているまでですよ」

 国王と宰相。
 どっちもどっちだと思ったのは、果たして私だけなんだろうか。

 言葉遣いを難しくしているだけで、学生かとでも言うような軽口の応酬に、マトヴェイ部長の方が軽く咳払いをして、話を止めていたくらいだった。

「陛下、では今しばらくはコンティオラ閣下も外交部の仕事に専念していただけるのですね?」

 国王陛下フィルバートも、はたと不毛な言い争いになりそうだった自分に気が付いたようだった。

「まあ、配下の侯爵連中に好き放題させてしまったという点では、エモニエ侯爵と似たり寄ったりだからな。同じ様にしばらく無給で働くか、牢の連中の衣食住の費用をまとめて負担するか……いや、其方の場合は家庭内で父親としても色々と間違っていたようだしな、さて……」

 独身の国王に「父親として間違っていた」と言われるとなると、コンティオラ公爵も余計に抉られていそうな気はする。

 正確には、嫡男のヒース君はまっとうに育っているっぽいので、妻と娘に関しての対応を色々と間違ってきた――と言った方が正確じゃないかと思うけど。

 ただ、こればっかりは私も言えた義理じゃない。
 多分、エドヴァルドも。

 現時点で他にちゃんと家族を持っている公爵家は、フォルシアン、スヴェンテ、クヴィストの三家だろう。

 だけどよくよく考えれば、女性嫌いでほとんど家に寄りつかないお義兄様ユセフとか、そのお義兄様ユセフにフラれた腹いせに、勝手に輿入れ先の王族を呼んだ元クヴィスト公爵令嬢とか、第二王子を大っぴらに支援して処刑された先代スヴェンテ公爵とか……大なり小なり、どの家も教育をしくじっている気がしなくもない。

「とりあえずは外交部の公務に専念しろ、コンティオラ公。公爵としての公務は息子を巻きこめ。40歳を過ぎてもまだ公爵令息だったクヴィスト家とは違うのだ。いきなりの当主交代は無理がある。今から少しずつ仕込んでいけ」

 そうなると、ヒース君は卒業までほぼほぼ学園に通えなくなる可能性が大だけど、学園在学中に当主あるいは領主が亡くなって、成人前にその地位を継ぐと言うケースは、エドヴァルドも含めて何年かに一度はあるらしい。

 その場合、税の報告をボードリエ伯爵にも見せることで、学園の卒業資格はちゃんと与えて貰えるそうだ。

 学園で学ぶこと以上の実地を経験したのだから、と。

 今回、すぐに跡を継ぐわけではないものの、当主が監督不行き届きの罰として外交部の仕事に専念させられる。それであれば特例措置として、息子には公務に携わらせるように――と、国王陛下フィルバートは言っていることになる。

「残り少ない学園生活を同級生と楽しみながら、将来の伝手を作ることに支障が出るのだ。成人前の令息が受ける罰としては充分だろう。親も本人も法を犯したナルディーニ家とは根本が違うのだからな」

 それでもまだ罪悪感が消えぬなら、牢に入る連中の衣食住をまとめて補充しろ。

 陛下はそうも付け加えていた。

「ああ、それと夫人と娘だが」

 陛下の口調はついでのように軽いけれど、コンティオラ公爵にしてみればこちらも死活問題だろう。ビクリと顔を上げていた。

「夫人のことはもう、夫婦間の話し合いで何とかしろ。誰が口を挟む話でもないだろう。ただの教育の誤り、家庭問題だ。息子を支えるなり、エモニエ侯爵家に戻るなり、こちらは関知せん」

 一連の流れからすれば、ヒルダ夫人は確かに、ただただ娘に甘かっただけとも言える。

 後はその責任を、本人がどう取りたいと思うかだけであって、どちらに転ぼうと差し障りはないと陛下も判断したんだろう。

 問題は、だ。

「ただし娘の方は事情が異なるな」
「……っ」

 コンティオラ公爵は短く息を呑んでいるけれど、それはそうだろうなと事情を知る皆が思っていることだ。

 皆、固唾を呑んで陛下が何を言い出すのかを見守っている。

「年齢を考えれば、とうに学び直してどうにかなる段階を越えているだろう。今後王宮での社交行事に表立って出て来られることは歓迎しかねる」

「陛下、それは……」

 高位であろうと低位であろうと、領主夫人の立場に立つならば社交行事に一切出ないという選択肢はまずない。

 領地謹慎だけでは済まないのか……? と、父であるコンティオラ公爵さえも、陛下の次の言葉を待っている状態だった。

「高等法院の事情聴取の裏取りのこともある。今すぐどうこうは言わん。ただ、において、交渉の手札の一つになることは予め申し伝えておこう」

「――――」

 次の外交の場。それはいわゆる「三国会談」だ。

 サレステーデ、あるいはバリエンダールにおける縁組を模索すると、暗に陛下はそう告げたのだ。

「まあ、ギーレンへの牽制という点ではベルィフに人質代わりに送るという話もありだが、いずれにせよ娘の処遇は次の外交まで持ち越しだ。そしてそれに関してだけは、外交部の関与は不可とする。そうだな、宰相にでも委ねておくか」

 ……そう言いながら、陛下の目がこちらを向いているのは気のせいだと思いたいのだけど。

「ああ、そうそう。いつまでも、姉君とボードリエ伯爵令嬢をこの場に留めておくのも気の毒だ。レストラン〝アンブローシュ〟の支配人に、料理の提供の場を移させたから、二人はゆっくりと味わって帰るがいい」


 何か企んでいそう、だなんて気のせいったら、気のせい!















☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


いつも読んでいただき、感想&エールありがとうございます……!

近況ボードにも昨日upさせていただきましたが、いよいよ第2巻が4月下旬に発売されることが決まりました!!

これも1巻を購入、応援して下さった皆さまのおかげですm(_ _)m
正式な発売日や書店予約が可能になる日時、扉絵など詳細はまた分かり次第それぞれ告知させて頂きます。

さすがにリファちゃんが挿絵になるまではあと何巻もかかりますwww
ぜひそこまで辿り着けるよう、書籍の購入宜しくお願い致します……!m(_ _)m
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

私には何もありませんよ? 影の薄い末っ子王女は王の遺言書に名前が無い。何もかも失った私は―――

西東友一
恋愛
「遺言書を読み上げます」  宰相リチャードがラファエル王の遺言書を手に持つと、12人の兄姉がピリついた。  遺言書の内容を聞くと、  ある兄姉は周りに優越を見せつけるように大声で喜んだり、鼻で笑ったり・・・  ある兄姉ははしたなく爪を噛んだり、ハンカチを噛んだり・・・・・・ ―――でも、みなさん・・・・・・いいじゃないですか。お父様から贈り物があって。  私には何もありませんよ?

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!

かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。 婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。