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第三部 宰相閣下の婚約者

738 断罪の茶会(14)

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「おまえは何をやっているんだ、いったい‼」

 背後からトーカレヴァに両脇を抱えられ、座っていた椅子から引きずり出されていたレイフ殿下が、宙を舞ったナルディーニ侯爵父子と木製のテーブルを唖然と見上げてから、諸悪の根源と信じて疑わない国王陛下フィルバートを怒鳴りつけていた。

「見ての通り魔道具の実験だが」

 が、その程度で怯む陛下じゃない。
 それが? と言わんばかりの表情は、完全に素の表情だった。

「侯爵家を相手にか⁉」

「どのみち司法に裁かれることは決定している連中だ。だったらついでに魔道具の実験体になったって問題ないだろう」

「その『ついで』に脈絡はない‼」

「そうか? 司法の裁きだけでは足りぬと思っている連中のためにいい余興だと思ったんだがな」

「司法の裁きでは足りんだと⁉」

 淡々と返す国王陛下フィルバートに対し、レイフ殿下は血管が切れる心配をした方がいい気がしてきた。

 派閥の長として、配下のやらかしを謝罪したいのか庇いたいのか。
 もうしばらく様子を見るよりほかはなさそうだった。

「国内鉱山の管理監督を怠った連中、商人と貴族の両方に詐欺を仕掛けた連中に、公爵家を陥れようとした連中。どれも法律書の上からでは裁き切れぬ罪を抱えている。これは壮大な意趣返しだ、叔父上。自らの手が本人に届かぬ者達の溜飲がそれで下がる」

「……っ」

「ああ、少なくとも足元のその魔道具わなはもう止まる。まだ改良の余地があることを知ることが出来たのもよかった」

 ある意味、天井近くで放物線のピークに達しているアレらを無視スルーして会話を交わしているあたり、確かな血のつながりを感じさせる叔父と甥じゃないだろうか。

 二人が同時に視線を投げた害獣除けの罠の稼働は、私の記憶が確かなら一度に三回。
 となると、ヴェンツェン管理部長が床を滑らせた魔道具わなはあれで「打ち止め」……で、いいのかな。

 陛下が断言しているくらいだから、それでいいのか。

 既に縦横無尽に床を滑って、私の知る魔道具わなとは別物になっている気がするけど。

「ふむ……やはり四度以上となると魔力が足りんか……更なる改良が必要……」

 わぁっ、聞くまでもなかった!

 ニセの壁際で管理部長がブツブツと独り言を溢しているのに前後する形で、高速ルン……じゃなくて、害獣除けの魔道具は、元はテーブルがあったはずの場所でいつの間にか動きを止めていた。

「――ヴェンツェン管理部長、貴方の後ろの魔道具わな、使わせて貰っても?」

 魔道具わなを使用するために屈んでいたヴェンツェン管理部長の背後で、マトヴェイ外交部長がやや慌てたような声を発した。

「うん? まあ使用後の検証が出来るのであればそれは――」
「――それはどうぞ、ご自身でお確かめを!」

 マトヴェイ外交部長は、ヴェンツェン管理部長のセリフを最後まで言わせなかった。
 拒否していないと悟ったその瞬間に、既に彼は動いていたのだ。

「蹴っ……」

 蹴ってるし! との言葉が驚きのあまり途中で止まってしまった。

「なに⁉」

 シャルリーヌが私に、何が起きたのか聞こうと声を上げたのは、その時私の視線がヴェンツェン管理部長とマトヴェイ外交部長を向いていたのに対し、彼女の視線は途中のナルディーニ侯爵父子と、脚の折れた罪のないテーブルとに向いていたからだろう。

 これは多分、実際に稼働しているところを見たのが初見でも、どう言う魔道具わなかを知っていた私と、今日初めて害獣駆除の魔道具の存在から知ったシャルリーヌとの違いじゃないかと思う。

 いい歳をしたオジサンとおかっぱワカメが宙を舞うのをそこまで長々と見ても仕方がない、と言うか床の上で魔道具わなが停止した以上は、二人ともに落ちるしかない。

 先に視線を外してしまったのは自然な流れだったんじゃないだろうか。

 そんな私よりも半瞬遅れにはなったものの、シャルリーヌが私につられて同じ方向を向いた時点で、どうやら今度はその景色はニセ壁には阻まれなかったようだ。

 あっ、と驚いたような声が出ている。

 恐らくタイミング的に、マトヴェイ部長が魔道具わなを思い切り蹴り飛ばしたところは見えなかったかも知れない。

「護衛騎士! タイミングを逃すなよ、確保だ‼」

 さすがは元コンティオラ公爵領防衛軍のナンバー2。
 お腹に力を入れて命じたと思われる声は、混沌としかかっていた場を鎮めるのに一役も二役も買っていたかも知れない。

 そしてマトヴェイ部長が蹴り飛ばした魔道具わなが何処へ向けて走り出したかと言えば――ナルディーニ侯爵令息が抜けた、ブロッカ商会長以下既に捕縛されていた面々が座らされていたテーブル、つまりはこちらとは逆の方向だった。

 視線を向けて初めて気付いたのだけれど、どうやらナルディーニ侯爵令息らがこちらで「打ち上がって」いる間に、ブロッカ商会長がどさくさに紛れて逃げようとしていたらしい。

 これだけ護衛騎士やら〝鷹の眼〟やらのいる中で、もはや無駄な足掻き以外のナニモノでもないだろうに、ナルディーニ侯爵令息が宙を舞っているのを見て、心理的に追い詰められて冷静に判断することが出来なくなっていたのかも知れなかった。

 マトヴェイ部長も多分、足を出した位置は罠が稼働しない場所だったんだろう。
 ただそれが思い切りよく蹴り飛ばした時点で、風を巻き起こすスイッチが入った。

 ……どうやら「水切り」スタイルで、投げて床を滑らせる以外にも、罠そのものを蹴り飛ばしても稼働には有効らしい。

 ヴェンツェン管理部長が目を丸くしているからには、マトヴェイ部長がやったことは完全なアドリブなんだろう。

 それはともかく。

 蹴られたことによってスイッチの入った魔道具わなは、獲物を見つけたとばかりにブロッカ商会長の背後へと驀進していた。

 既に小さな竜巻も巻き起こっていて、給仕担当の男性が二人ほど慌てて飛び退いている。

「あー……またテーブルが……」
「……いいんじゃないの? 今回は国宝級でもないんだし」

 どうやら人というものは、茫然となるとどうでもいいことが口をついて出てくるらしい。

 床を滑るル……ごほん、魔道具わなが再びテーブルを弾き飛ばすのを、私もシャルリーヌも見ていることしか出来なかった。

「うわ……っ⁉」

 紹介を受けていないので名前の分からない投資詐欺関係者が二人、椅子ごと背中から床になぎ倒されている。

 どうやら激突する角度次第で、天高く打ち上げたり、横に弾き飛ばしたりと、必ずしも同じ効力は発揮していないようだった。

 レイフ殿下やダリアン侯爵とも罪の重さが違うからなのか、その二人に関しては誰も周囲の人間は手を差し伸べなかった。

「な……っ⁉」

 そうこうしているうちに、竜巻を起こしながら魔道具わながブロッカ商会長に迫る。

 ……私とシャルリーヌの脳裡を、サメが人を襲う映画のBGMが駆け巡ったのはここだけの秘密だ。

「※$#%¥×⁉」
「ぎゃぁぁぁっ」

 ブロッカ商会長が天井近くまで勢いよく飛ばされていったその瞬間、見てはいなかったけどナルディーニ侯爵父子が床に身体を叩きつけられたんだろう。

 ヒキガエルとも形容できないような声が、二重三重にも重なって「軍神デュールの間」に響き渡ることになった。

「…………もう少し可愛げのある悲鳴は上げらないのか」

 いや、さすがにそれは無理でしょう陛下!
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