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第三部 宰相閣下の婚約者

734 断罪の茶会(10)

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 国王陛下フィルバートに目が届かないところで〝痺れ茶〟を口にすまいと画策していた人間も中にはいたかも知れない。

 けれどいつの間にか各テーブルに王宮護衛騎士が数名詰めていて、剣を身体の前に出して、その切先を床に当てるようにしながら立っていたことで、皆がすっかり威圧されてしまっていた。

 つまるところ、飲むまでその場から騎士が動かないと言う無言の脅迫。
 結果として「飲まない」と言う選択肢が、その時点で取り上げられてしまっていたのだ。

(陛下、やることエグいです……)

 そうしてまず、大きな反応を見せたのが――ナルディーニ侯爵だった。
 先ほどカトラリーを落としたのは彼だった。

 ただ他にも愕然と自分の手を見ながら、閉じようとしたり開こうとしたりしている者が何人かいた。

「おまえな……」

 そう言って国王陛下フィルバートに視線を向けたレイフ殿下も、その一人だ。

「叔父上……死にはしないと言ったはず。それが密かにバリエンダールから持ち込まれて、裏で流通していた〝痺れ茶〟――お味は如何いかがか?」

 レイフ殿下の声にも視線にもまるで動じず、お味はいかが? などと聞ける国王陛下フィルバートはさすがと言うよりほかはない。

 レイフ殿下の眉間の皺が増々深くなる。

「私はまだ公務が残っていると言ったはずだが?」

「部下を育てるいい機会では? それに日ごろの独断専行を省みるいい機会でもある」

「おまえが言うな!」

 多分この時ばかりはレイフ殿下の叫びに内心で賛同した人間は複数いただろう。
 私もそう思う。
 どう考えてもこのお茶会自体が、陛下の独断専行やりたいほうだいなのだから。

「それでも叔父上のお茶は、隣のよりも薄い。一応今回の件に対してのみと範囲を決めて、罪の重さで成分比を変えさせた」

 確かに裏で特殊部隊を動かしたり銀相場を操作して政治資金を稼いだり、複数の貴族を派閥下に取り込んだりと……積み重ねれば、レイフ殿下とて本来は無傷では済まない人だ。

 ただそれを踏まえてサレステーデにすることを、フィルバートとレイフ殿下の双方が受け入れた以上は、この場では派閥貴族をまとめ損ねたことへの罰、あるいは警告としての茶会参加であり、ナルディーニ侯爵よりも処罰は軽くなったのだ。

 現にカトラリーすら持てずにカタカタと身体をふるわせているナルディーニ侯爵とは違い、レイフ殿下はわずかに手を動かすのが不自由だと言ったていで、片手をグーとパーに閉じたり開いたりを繰り返していた。

「……陛下……心外です……罪、とは……」

 ナルディーニ侯爵こそ、下手をすると呂律も回っていないんじゃないだろうか。

「それは王家の情報網を侮っていると捉えてもいいのか、ナルディーニ侯爵?」

 間髪を入れずにそう返した国王陛下フィルバートに、侯爵がひゅっと息を呑む。

「ま、まさか……」

「ただ好みの女性を眺めているだけなら放っておいてやっても良かったが、息子に便乗して、本人の意志を無視して手中に収めようと言うのはさすがに、な」

 ただ眺められても気持ち悪いけどね、なんて本音をダダ洩らさないでシャーリー⁉
 今の日本語だよね、小声だったし大丈夫だよね⁉

「そもそも寄り親たるコンティオラ公爵家の評判を、明確な瑕疵もない内から落とそうなどと画策した時点で言語道断。バリエンダールから未承認の茶葉を仕入れた時点で、典礼・外交を司る公爵家の寄り子としても問題外。どこに寛恕の心を持てと?」

 うん、真っ当だ。ものすごく真っ当だ。
 言っているのがこの茶会の主催者でなければ。

 寛恕の心。元からあるかどうかすら怪しい。

 そんな国王陛下フィルバートの話を聞きながら、私は何気なく他の参加者たちの様子が気になって、ぐるりと広間を見回した。

 エドヴァルドとイル義父様は、ちょっと顔をしかめた状態で、互いに顔を見合わせながら片手をテーブルの上で閉じたり開いたりしている。

 あの様子からすると、どちらとも陛下の言うところの「四割茶葉」には当たらなかったのだろうか。
 あるいは公爵家当主として、多少の毒には免疫があってあまり反応が出ないとかだろうか。

 私の視線に気が付いたのか、エドヴァルドが眉間の皺を消して、微かに口元を綻ばせた。
 ――問題ない、と唇が動いた様にも見えた。

 ただエドヴァルドの視線は、チラッとコンティオラ公爵の方へと動いている。

 気付いて視線を合わせて見れば、こちらからはほぼ背中、少し横顔が見える程度のコンティオラ公爵が、左手をパーの状態に留めたまま硬直しているのが私にも分かった。

(うわ……「当たり」はコンティオラ公爵が引いたってこと……?)

 の四割の量に押さえられた痺れ薬入りの茶葉。
 しばしの、ちょっとの不自由で済むはずと、さっき陛下は言っていたけれど。

「その……茶葉は意図して仕入れた……わけでは……」

「先代エモニエ侯爵夫人のことを言っているなら、既に貴族牢べっしつ反省して貰っているところだが? まあ、バリエンダールへの強制送還が妥当なところだが、いずれにせよもう無罪ではない。つまりは『罪人』がやらかしたことに、分かっていて目をつむったのであれば、その罪は等しいものと心得て貰おう」

「――――」

 気付けばナルディーニ侯爵の隣でエモニエ侯爵も、真っ青な顔色になってハクハクと口を開いていた。

「そう言う意味では『放置』の姿勢を崩さなかったエモニエ侯爵とて無罪では通らんな。何もしたくなかったのであれば、く後継を探し、自ら退けばよかっただけの話だ。何もせず、ただ中継ぎとして次代へ繋ごうなどと、ずいぶんと侯爵の看板を安く見積もってくれたものだ」

 話を振られたエモニエ侯爵は、答えないのか答えられないのか。
 いずれにしてもナルディーニ侯爵ほどではないにせよ、結構な割合で薬が入っていたことはその様子から伺える。

「何もしないのも罪、か……」
「レイナ?」

「ううん、何でも。ただ、陛下の考える罪の重さが〝痺れ茶〟の濃さになっているのかな、と」

 思わず呟いていた私に、隣のシャルリーヌがピクリと反応を示す。

「そうね、概ねそんな感じよね」

 エドヴァルドらのテーブルは別として、と言う言葉をシャルリーヌは呑みこみ、呑みこまれていても私はそれと悟った。

 コンティオラ公爵が三人の公爵の中で最も濃いお茶を飲んだのであろうことは偶然、そして結果論でしかない。

 多分、手をグーとパー、交互に握れていない人ほど痺れ薬の割合が濃いに違いない。

「さて……私が推測だけでここにいる皆を集めたと思っている者もいるやも知れん」

 主にナルディーニ侯爵に視線を向ける形で、国王陛下フィルバートがそんなことを切り出しはじめる。

「!」

 今現在は私にしか見えていないニセ壁の向こう側で、ヴェンツェン管理部長が動こうとしているのが垣間見える。

「まさかそんなはずはない――ということを、この私自らが証明してみせよう」


 国王陛下フィルバートはそう言って、片手を上げて極上の笑みを垣間見せた……。
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