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第三部 宰相閣下の婚約者
732 断罪の茶会(8)
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国王陛下の合図と共に、給仕担当者数名がティーワゴンを押しながら「軍神の間」へと入って来た。
ワゴンの上には参加者分であろうティーカップが並べられており、大きめの陶製ポットも合わせて置かれているのが見えた。
ふとワゴンが通り過ぎたのを見れば、ティーカップそれぞれの中に手毬寿司サイズに丸められた茶葉がそれぞれ入れられているのが視界の片隅に映る。
丸まった茶葉の隙間から少し鮮やかな色が見え隠れしているのも、見た目に鮮やかであろう花が一緒に包まれているからだろう。
『ああ……確かに工芸茶っぽい……』
多分シャルリーヌにも見えたんだろう。
興味深げにティーカップを見つめているようだった。
『手作業でわざわざドライフラワーも足して丸めて、普通のお茶だけにしておいても充分に島の特産品になっただろうに、何でそこに痺れ薬足すかな……って感じよね』
ため息をこぼす私に『確かに』と、シャルリーヌも頷いた。
『まあ、少しでも薬の存在を怪しまれないようにって言う創意工夫だったのかも知れないわよ?』
『その創意工夫、もっと他のところで活かして欲しかったなぁ……』
『それはそうだけど……だけどもしも島の職人さんたちが脅されて作らされていたとかなら、それって酷な話よ? 殺されないために知恵を絞りましたって言われれば、何も言えないじゃない』
『茶葉の流通に関わっていたのは、バリエンダール国内でも有数の高位貴族、公爵家だからね……確かに圧力かけられて作らされていた可能性はあるのよね』
技術はあるのにもったいない、と更に呟く私を、シャルリーヌがじっと見つめた。
『レイナがそう思うなら――まあ、バリエンダール側の誰かお偉いさんと話し合う必要はあるだろうけど、事件解決した後で薬なしの工芸茶に作り替えて新たに売り出してみる……とかでもいいんじゃないの?』
とっさにそんなことが言えるあたり、シャルリーヌも伊達に王妃教育は受けてこなかったんだな、と思う。
薬入りで流通していたことを知っている人間が一定数いる分、クチコミとしては不利になるだろうけど、確かにこのままただ廃番とするには勿体ないモノではあるのだ。
確かどこかで薬の成分を抜くの抜かないのと話も出ていたはず。
『うーん……たとえばお砂糖混ぜるとか、もっと身体に良い一般的な薬を混ぜるとか?』
『それはさすがに私に聞かれても困るわ。それこそ貴女の婚約者サマとか、バリエンダール側のお偉いさんとかに持ちかけることじゃないの?』
シャルリーヌの案には説得力があった。
まあね……と私も答えながら、二人で通り過ぎるティーワゴンを見つめた。
「これは実はそれぞれのカップに、丸められた茶葉が入れられている。通常だとポットの方に茶葉を入れてお湯を注ぐそうだが……珍しい作法だと思わないか」
あのティーワゴンがどうなるのかと思って見ていると、それは全て、タイミングを見計らっていたかのように立ち上がっていた国王陛下のところに運ばれていた。
「で、この場合はどうやらお湯を入れると花が咲くかの如く茶葉が開くらしい」
まさかと思って見ていると、国王陛下が何とワゴンの上にあった陶製のポットを己の手で持ち上げている。
「ああ、心配せずともこのポットには、お湯しか入っていない。それぞれの前に運ばれる頃には茶葉の花が開き始めるはずだ。まずは視覚で楽しむといい」
そう言うなりティーワゴンに並ぶティーカップそれぞれに向けて、その陶製のポットを軽く傾けたのだ。
「⁉」
陶製のポットからは勢いよくお湯が注がれて、ティーカップの中の茶葉を覆ってゆく。
「陛下……っ」
この国の最高位であるはずの王が、手づからティーカップにお湯を注ぐ。
普通ならあり得ない事態に、さすがにエドヴァルドが一言言おうとしていたけれど、お湯を注ぐ手は止めないまま、国王陛下がヒラヒラと片手を振った。
「さすがに一人一人淹れて回ってはやれんからな。ここでまとめて淹れる不調法は許せ」
「いや、そういう問題では……」
「今日の主催者は誰だ、宰相? それにこの私がここまでしているのだ。まさか皆、飲まないとは言うまい?」
「……っ」
どんどんと参加者の退路を切断していく国王陛下に、さすがのエドヴァルドも何も言えずにいる。
関係者に〝痺れ茶〟を飲ませると、そのことに賛成をした時点で、エドヴァルドでさえ何を言えるはずもなかったのだ。
「どうぞ、叔父上。まあ、茶葉の花が開いて飲めるようになるまで数分かかると聞いてはいているので、ちょうどいいかと」
列席者が茫然と成り行きを窺っている間に、お湯が注がれたティーカップから順に、マクシムやコティペルト支配人らが手分けして一人一人の目の前に置いていく。
「おまえ……」
目の前にティーカップが置かれた段階で既に、血縁関係者と言うこともあってかレイフ殿下は呆れを隠しもしていない。
やり過ぎとも浮かれ過ぎとも言いたげなその表情を、国王陛下は綺麗に無視していた。
「元はと言えば叔父上を慕う者たちの善意から始まったことでは? 何があったか、どうすべきか、是非聡明なる叔父上にも理解を」
チッ、と小さな舌打ちの音が確かに聞こえた。
要は派閥の下の者がやらかした責任を、上の者も取るべきだろうとの仄めかしであり、レイフ殿下も、今回は自分の指示ではなかったとしても「いずれサレステーデに共に去れ」と言われているのを理解したのだ。
本当に、甥が絡まなければそれなりに出来る人の筈なのに。
そうこうしている間に、私やシャルリーヌの前にも、コティペルト支配人がティーカップを給仕しに来てくれた。
「「…………」」
はたして「料理は無事」と聞いていたものの、お茶にまでそれは適用されているのか。
これはナシオとシーグの合作である無効化薬、エリクサーもどきを何とか誰も見ていない隙に入れるべきだろうか。
真面目にそう思った表情を察知されたのか、気付けばガールシン医局長が「ああ……」と、今何か思い出したと言った態で、にらめっこ状態だった資料から顔を上げた。
「貴女がたの茶葉は、逆に何も足されていない茶葉の試用品なのだ。それはそれで、何も起きないと言うことを確かめさせては貰えまいか」
「……えーっと、つまり実験に参加をして欲しいと仰る?」
恐る恐る聞く私に、ガールシン医局長は真顔で「そうだ」と宣われた。
「数と時間の問題もあって、試作だけで精一杯だった。何、医局全員何か起きるなどとは露ほども思っていない。むしろ他の連中の茶葉の方が読めないくらいだ」
何も起きない(はずの)お茶を飲むだけ。
だけとは言うが、だがしかし。
「正直なところ『飲まない』例外を作ると、本当に飲ませたい人間に逃げ切られる可能性があると陛下はお考えだ。だからこそ、この『何もない茶葉』の開発も並行して進めさせておいでだった。そう言う点では、何とか協力を頼みたい」
「「…………」」
首から上、頭だけを軽く下げているガールシン医局長に、私とシャルリーヌは少しの間だけ、顔を見合わせていた。
ワゴンの上には参加者分であろうティーカップが並べられており、大きめの陶製ポットも合わせて置かれているのが見えた。
ふとワゴンが通り過ぎたのを見れば、ティーカップそれぞれの中に手毬寿司サイズに丸められた茶葉がそれぞれ入れられているのが視界の片隅に映る。
丸まった茶葉の隙間から少し鮮やかな色が見え隠れしているのも、見た目に鮮やかであろう花が一緒に包まれているからだろう。
『ああ……確かに工芸茶っぽい……』
多分シャルリーヌにも見えたんだろう。
興味深げにティーカップを見つめているようだった。
『手作業でわざわざドライフラワーも足して丸めて、普通のお茶だけにしておいても充分に島の特産品になっただろうに、何でそこに痺れ薬足すかな……って感じよね』
ため息をこぼす私に『確かに』と、シャルリーヌも頷いた。
『まあ、少しでも薬の存在を怪しまれないようにって言う創意工夫だったのかも知れないわよ?』
『その創意工夫、もっと他のところで活かして欲しかったなぁ……』
『それはそうだけど……だけどもしも島の職人さんたちが脅されて作らされていたとかなら、それって酷な話よ? 殺されないために知恵を絞りましたって言われれば、何も言えないじゃない』
『茶葉の流通に関わっていたのは、バリエンダール国内でも有数の高位貴族、公爵家だからね……確かに圧力かけられて作らされていた可能性はあるのよね』
技術はあるのにもったいない、と更に呟く私を、シャルリーヌがじっと見つめた。
『レイナがそう思うなら――まあ、バリエンダール側の誰かお偉いさんと話し合う必要はあるだろうけど、事件解決した後で薬なしの工芸茶に作り替えて新たに売り出してみる……とかでもいいんじゃないの?』
とっさにそんなことが言えるあたり、シャルリーヌも伊達に王妃教育は受けてこなかったんだな、と思う。
薬入りで流通していたことを知っている人間が一定数いる分、クチコミとしては不利になるだろうけど、確かにこのままただ廃番とするには勿体ないモノではあるのだ。
確かどこかで薬の成分を抜くの抜かないのと話も出ていたはず。
『うーん……たとえばお砂糖混ぜるとか、もっと身体に良い一般的な薬を混ぜるとか?』
『それはさすがに私に聞かれても困るわ。それこそ貴女の婚約者サマとか、バリエンダール側のお偉いさんとかに持ちかけることじゃないの?』
シャルリーヌの案には説得力があった。
まあね……と私も答えながら、二人で通り過ぎるティーワゴンを見つめた。
「これは実はそれぞれのカップに、丸められた茶葉が入れられている。通常だとポットの方に茶葉を入れてお湯を注ぐそうだが……珍しい作法だと思わないか」
あのティーワゴンがどうなるのかと思って見ていると、それは全て、タイミングを見計らっていたかのように立ち上がっていた国王陛下のところに運ばれていた。
「で、この場合はどうやらお湯を入れると花が咲くかの如く茶葉が開くらしい」
まさかと思って見ていると、国王陛下が何とワゴンの上にあった陶製のポットを己の手で持ち上げている。
「ああ、心配せずともこのポットには、お湯しか入っていない。それぞれの前に運ばれる頃には茶葉の花が開き始めるはずだ。まずは視覚で楽しむといい」
そう言うなりティーワゴンに並ぶティーカップそれぞれに向けて、その陶製のポットを軽く傾けたのだ。
「⁉」
陶製のポットからは勢いよくお湯が注がれて、ティーカップの中の茶葉を覆ってゆく。
「陛下……っ」
この国の最高位であるはずの王が、手づからティーカップにお湯を注ぐ。
普通ならあり得ない事態に、さすがにエドヴァルドが一言言おうとしていたけれど、お湯を注ぐ手は止めないまま、国王陛下がヒラヒラと片手を振った。
「さすがに一人一人淹れて回ってはやれんからな。ここでまとめて淹れる不調法は許せ」
「いや、そういう問題では……」
「今日の主催者は誰だ、宰相? それにこの私がここまでしているのだ。まさか皆、飲まないとは言うまい?」
「……っ」
どんどんと参加者の退路を切断していく国王陛下に、さすがのエドヴァルドも何も言えずにいる。
関係者に〝痺れ茶〟を飲ませると、そのことに賛成をした時点で、エドヴァルドでさえ何を言えるはずもなかったのだ。
「どうぞ、叔父上。まあ、茶葉の花が開いて飲めるようになるまで数分かかると聞いてはいているので、ちょうどいいかと」
列席者が茫然と成り行きを窺っている間に、お湯が注がれたティーカップから順に、マクシムやコティペルト支配人らが手分けして一人一人の目の前に置いていく。
「おまえ……」
目の前にティーカップが置かれた段階で既に、血縁関係者と言うこともあってかレイフ殿下は呆れを隠しもしていない。
やり過ぎとも浮かれ過ぎとも言いたげなその表情を、国王陛下は綺麗に無視していた。
「元はと言えば叔父上を慕う者たちの善意から始まったことでは? 何があったか、どうすべきか、是非聡明なる叔父上にも理解を」
チッ、と小さな舌打ちの音が確かに聞こえた。
要は派閥の下の者がやらかした責任を、上の者も取るべきだろうとの仄めかしであり、レイフ殿下も、今回は自分の指示ではなかったとしても「いずれサレステーデに共に去れ」と言われているのを理解したのだ。
本当に、甥が絡まなければそれなりに出来る人の筈なのに。
そうこうしている間に、私やシャルリーヌの前にも、コティペルト支配人がティーカップを給仕しに来てくれた。
「「…………」」
はたして「料理は無事」と聞いていたものの、お茶にまでそれは適用されているのか。
これはナシオとシーグの合作である無効化薬、エリクサーもどきを何とか誰も見ていない隙に入れるべきだろうか。
真面目にそう思った表情を察知されたのか、気付けばガールシン医局長が「ああ……」と、今何か思い出したと言った態で、にらめっこ状態だった資料から顔を上げた。
「貴女がたの茶葉は、逆に何も足されていない茶葉の試用品なのだ。それはそれで、何も起きないと言うことを確かめさせては貰えまいか」
「……えーっと、つまり実験に参加をして欲しいと仰る?」
恐る恐る聞く私に、ガールシン医局長は真顔で「そうだ」と宣われた。
「数と時間の問題もあって、試作だけで精一杯だった。何、医局全員何か起きるなどとは露ほども思っていない。むしろ他の連中の茶葉の方が読めないくらいだ」
何も起きない(はずの)お茶を飲むだけ。
だけとは言うが、だがしかし。
「正直なところ『飲まない』例外を作ると、本当に飲ませたい人間に逃げ切られる可能性があると陛下はお考えだ。だからこそ、この『何もない茶葉』の開発も並行して進めさせておいでだった。そう言う点では、何とか協力を頼みたい」
「「…………」」
首から上、頭だけを軽く下げているガールシン医局長に、私とシャルリーヌは少しの間だけ、顔を見合わせていた。
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