聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
714 / 802
第三部 宰相閣下の婚約者

723 ヒロインは巻き込まれる

しおりを挟む
『そう言えば、この前のエリサベト様との紅茶勉強会で、何かがあるような話してたものね……日本語で愚痴らせろ、とか……』

 私とシャルリーヌの向かいの空席二席、その内の一席を占めたヴェンツェン管理部長は既にこちらを見ておらず、手元で書記だかなんだか準備を始めている。

 とは言えここでは「淑女の仮面」も必要と、シャルリーヌは手にしていた扇を広げて口元を軽く覆いながら口を開いていた。

『そもそも、このお茶会の参加者の招待基準ってなぁに? 私とレイナとが、ちょっとしただって言うのは、まあ何となく分かるんだけど』

 敢えて日本語、を強調したところで、恐らくは切り替えてくれているのだろうと思った私は、念のためヴェンツェン管理部長をチラ見した後、言葉を返した。

『んー……端的に言えば「やらかした人」と「やらかした人を消極的でも見逃しちゃった人」……になるのかな?』

『……なにそれ』

『認可前の品をバリエンダールから密輸入したのが一件、存在しない漁場を使っての投資詐欺事件が一件、あとは密輸入した品を持っていた家が実は鉱毒の被害も隠蔽していました――みたいな?』

『……はい?』

『要はお白洲、これからお奉行様へいかのお裁きがござーい……的な?』

『は――』

 思わず「はい⁉」と、右○さんもかくやと言う声をあげかけて、ここが当のお白洲……もとい、断罪の場であることに気が付いたシャルリーヌが、慌てて自分の声を落としていた。

『なにそれ⁉ じゃあ何、ここに集まってる貴族諸氏はこれから「お裁き」受ける人たちってコトなの⁉』

 普通招く⁉ ……って、私に言われても。

『え……って言うか何で私たち一緒に放り込まれてるの⁉ 往生際の悪い悪役が暴れ出さない保証なくない⁉』

『いやぁ、まあ、私はね? ユングベリ商会として無関係じゃないから、証人的な意味でもいなきゃいけないかな、って言うのはあるんだけど……シャーリーは、ほら、あの人たち呼ぶのに〝転移扉〟の余計なメンテが必要になったんでしょう? 申し訳ないからせめてイイモノ飲み喰いして帰って貰おうって言う、陛下の気遣いなんじゃないの――?』

『えっ、ズレてない? なんかそれ、気遣いの方向ずれてない?』

『それは陛下に言ってよね? そもそも、私の予想の話だし』

『お茶会がイイモノ? 普通はお茶と軽食だよ?』

『いや、だから――』

 あの陛下の考えることなんて、いったい誰が理解しきれると言うのか。
 幼馴染であるはずのエドヴァルドすら、ちょいちょい振り回されていると言うのに。

『と、ともかく! その往生際の悪い輩が暴れたらどうするのか、って言うその答えがあの壁と害獣駆除用の罠なのよ』

『……もうちょっと分かりやすくお願い』

 落ち着いて! と、私が目線で威嚇をしたからか、コホンと小さな咳払いをしたシャルリーヌのトーンが少しだけ落ちた。

『あの壁は認識阻害の魔道具が作り出した幻覚、更に幻覚の壁があるから誰も気付いてないんだろうけど、足元には害獣駆除用の罠が設置されていて、うっかり間合いに入りでもしたら、竜巻もどきな風が巻き起こって吹っ飛ばされる寸法』

『害獣……』

『畑を荒らす鹿もどき猪もどき向けに対応しているらしいから、人間だって余裕みたいだよ? ギーレン王宮で効果実証済みらしいし』

『いや、誰に効果⁉』

『まあ、そのあたりはいいじゃない。要はそれくらいの威力がある装置がそこら辺の足元には設置されているから気を付けてねって話よ。で、どこかの管理部長は誰かが罠に引っかかることをむしろ楽しみにしながら、そこでレポートの準備をしている――と』

『ええぇ……って、さっきもう一人そこの空席に来るって話じゃなかった……?』

 思い切り半目になって眉間に皺が寄っているシャルリーヌに、私はさらに爆弾を投げ付けないといけなかった。

『あぁ……顔は知らないけど、医局長って言ってた? うん、いや、その密輸入された「ご禁制の品」って言うのが、いわゆる工芸茶の中、内側に痺れ薬を仕込んだ通称〝痺れ茶〟でね? バリエンダール製で解毒薬がどうなっているのかもアヤシイから……やらかした関係者全員実験台モルモットにするつもりなのかも……?』

『……大してイケメンでもイケオジでもない、しかもやらかした貴族たちが、自分たちが密輸入しようとしたお茶を逆に飲まされて悶え苦しむのを眺めろ、と』

『シャーリー、言い方』

 とは言え、シャルリーヌの言いたいことは分からなくもない。

 何が悲しくてそんなモノを見させられなくてはならないのか、と言う話だ。
 多少軽食が豪華だったとして、お釣りも出まい。

 そしてちょうど入口の扉が開いて、また一人明らかに高位貴族と思しき身なりの壮年男性が肩を怒らせながら中に入って来た。

 顔面偏差値の基準がエドヴァルド、イル義父様、陛下となっているような状況下では「その他大勢」はどうしたって霞んで見える。

 たとえ整えられた口ひげが特徴的な、世間一般の基準からすると「中の上」なオジサンだったとしても、だ。

「――ああ」

 どうやら到着した人物には何か思うところがあったのか、ついさっきまで手元の資料に集中していたはずのヴェンツェン管理部長が、気付けば資料から顔を上げていた。

「ようやくナルディーニ侯爵がお越しのようだ」
「!」

 え、あれがおかっぱワカメの父⁉

 私は思わず二度見をしてしまった。

 コジモ・ナルディーニ侯爵。
 ツーブロックのショート七三分け。短めの前髪。顎のラインは素肌のまま、口ひげが無駄にに威厳を主張している、と取れなくもない。

 ……マトヴェイ部長、見た目も中身もソックリだと言っていた気はするけれど。

 いや、いい歳をしてまでおかっぱワカメにだったらそっちの方が気持ちが悪い。
 全体的な顔の造りってコトなのかな。中身はまだ分からないし。

 そんなことを思っている間にも、ナルディーニ侯爵はこちらのテーブルには見向きもせず、エドヴァルドやイル義父様の居るテーブルに向かって一直線に歩いている。

 もちろん、侯爵の席はそこにはないにも関わらず、だ。

 不穏な空気を感じ取った周囲の護衛騎士が殺気立ちはじめ、ナルディーニ侯爵の動きを止めようと数名が動きかけたところで――更なる声、いっそ冷静に過ぎるほどのマクシムの声がそこに割って入った。

「――皆さま、陛下がお越しになられました」



 しん、とその場が静まり返った。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

私には何もありませんよ? 影の薄い末っ子王女は王の遺言書に名前が無い。何もかも失った私は―――

西東友一
恋愛
「遺言書を読み上げます」  宰相リチャードがラファエル王の遺言書を手に持つと、12人の兄姉がピリついた。  遺言書の内容を聞くと、  ある兄姉は周りに優越を見せつけるように大声で喜んだり、鼻で笑ったり・・・  ある兄姉ははしたなく爪を噛んだり、ハンカチを噛んだり・・・・・・ ―――でも、みなさん・・・・・・いいじゃないですか。お父様から贈り物があって。  私には何もありませんよ?

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。