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第三部 宰相閣下の婚約者
721 「ついで」はどれ?
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イデオン公爵家とボードリエ伯爵家の家紋が書かれた紙片が置かれた所までエスコートをされたところで、腰を下ろす前にふと振り返ると、イル義父様は少し離れた場所でコデルリーエ男爵令息と思しき男性からの、腰が低すぎるくらいに低い挨拶を受けているところだった。
それに応えているイル義父様は、穏やかそうに頷いてはいるものの、よく見れば目が笑っていない。
しかもエモニエ侯爵やカプート子爵の時とは違って、こちらに紹介しようと言う素振りすら見えない。
いいのかな? と思っていると、突然目の前が男性の大きな掌で遮られた。
「見る必要はない」
「えっと……」
誰の手と誰何する必要もなかった。
と言うか、お義兄様が襲われていた時とは状況が違うはずなのに、何故目隠し。
「フォルシアン公爵が紹介をしないのは、あくまであの男が『男爵の代理』としてこの場にいて、まだ今後貴女と関わる予定があるかどうかが不透明だからだ。であれば、今のところ見る必要も覚える必要もない」
「…………」
どうやらコデルリーエ男爵家はクヴィスト公爵家と同様に、当代の男爵が高齢で寝台から起き上がれないような状況であっても、まだ次代を決めて退くと言うことをしていないらしく、今日来ている令息はまだ正式な後継者ではないらしいのだ。
最有力の直系長子である前妻の子以外にも後妻の子、弟の子……と、何名かの候補がいて、男爵が即断出来ずにいるようだと、イル義父様からの情報としてエドヴァルドが教えてくれた。
今回こんなところで、ある意味男爵の代わりに濃度はともかく〝痺れ茶〟を飲まされることが確定しているくらいなら、もうそれで彼に決めてあげたらどうかと思うのは私だけなんだろうか。
そんな私の微妙な表情が見えたのかエドヴァルドは、ややあってから「……必要があればそのうちフォルシアン公が紹介するだろう」とだけ呟いた。
「それより貴女はあちらに挨拶をした方が良いのではないか?」
そう言ったエドヴァルドの手が私の目元から肩へと動き、くるりと身体ごと右方向へと回転させられた。
「……あ」
いつの間にかイル義父様よりも近い場所に、ボードリエ伯爵とシャルリーヌがいたのだ。
「ボードリエ伯爵、今日はご令嬢のエスコートのためにだけ学園を抜けてきて貰うような形になってしまい、すまない」
現状この場で最も位の高いエドヴァルドが、まずボードリエ伯爵に声をかける。
それによって私は、ボードリエ伯爵自身は今回のお茶会に全くの無関係であることを理解した。
それもそうか。
シャルリーヌは「次期聖女」として〝転移扉〟のメンテナンスのついで(?)に慰労と称して招かれているだけ。
振る舞われるお茶も、私同様にいたって普通……のはず。
伯爵家としてレイフ殿下派と目されてはいても、ボードリエ伯爵の学園運営は平等で健全なのだ。
ジェイとも〝痺れ茶〟とも無関係な以上は、今回の参加者にはなり得なかったようだ。
「いえ……陛下のご命令とあらば、臣下としてはお応えをするしか……」
ただ、この広間にいる他の顔ぶれをチラと見た時、彼は明らかに顔色を変えていた。
どう見ても、この場に養女一人残して立ち去ることへの不安が表情に滲み出ている。
「……ご令嬢は大丈夫だ」
まさか、それを見かねたようには見えなかったけど「レイナもいる」と、言葉を続けたのはエドヴァルドだった。
「やましくなければ何を気にする必要もない」
「「「…………」」」
やましくなければ。
それは他のテーブルにつく参加者皆への立派な牽制だ。
もとより互いに歓談が得意なわけではないとあって「陛下に挨拶をしてから学園に戻る」と言うボードリエ伯爵に、エドヴァルドも軽く頷いただけだった。
「私のことは気にせず座りなさい、シャルリーヌ」
さすがにここまで来ると、シャルリーヌとしても強引に伯爵を座らせるわけにもいかない。
伯爵と入れ替わるように一歩前に出て、こちらに向かって見事な〝カーテシー〟を披露した。
次期聖女と目されているとは言え、今現在「伯爵令嬢」であるシャルリーヌの方から「公爵令嬢」となった私に、公の場では先に声をかけるわけにはいかない。
私もぎこちないながらも〝カーテシー〟を返しつつ、シャルリーヌに向かって「ごきげんよう、ボードリエ伯爵令嬢」と、大きすぎず小さすぎず――を意識した声を発した。
「ごきげんよう、フォルシアン公爵令嬢」
まだそう呼ばれることになれていないのは、この短期間では仕方ない――と、思いたい。
「お隣よろしいかしら?」
問われた私は「ええ、もちろん」と頷いて見せる。
「今日はよろしくお願いしますわね。お隣で光栄ですわ」
さすがに「ほほほ」と笑い合いはしないものの、エドヴァルドもボードリエ伯爵も、二人ともがダメな子を見守っているような目でこちらを見ている風に見えるのは、気のせいだろうか。
「フォルシアン公爵令嬢」
この広間が今「公式の場」となっていることを鑑みたボードリエ伯爵が、そう言う言い方でこちらへと話しかけてきた。
「食堂メニューの件はシャルリーヌから聞いておりますよ。私としても将来の学生のためになる話となれば、ぜひとも詳しく伺いたいと思う。今回の件が諸々落ち着いたところで、またその話を伺わせていただきたい」
「こちらこそ、ご無理を申し上げましたわ。ええ、落ち着きましたらぜひに」
伯爵がこちらに歩み寄って来たのは、シャルリーヌの付き添いと言うよりもそれがメインで言いたかったようにも聞こえたけれど、今、詳しく追及している場合でもない。
ボードリエ伯爵父娘はその後は無言で視線だけを交わし合って、伯爵だけが壁際にスッと下がっていった。
「レイナ。恐らく陛下も、もう来られるだろう。私も自分に与えられた席に向かうが……いよいよ無理となったら、遠慮なく自分の席から声を上げてくれ。何とでもするから」
苦渋の決断、と分かりやすく匂わせながら、エドヴァルドも別テーブルに行くために踵を返す。
残された私とシャルリーヌは、どちらからともなく顔を見合わせて、二人で丸テーブルの隣同士に腰を下ろした。
――目の前に二席の空席があるのは、いったい誰の席なんだろう?
それに応えているイル義父様は、穏やかそうに頷いてはいるものの、よく見れば目が笑っていない。
しかもエモニエ侯爵やカプート子爵の時とは違って、こちらに紹介しようと言う素振りすら見えない。
いいのかな? と思っていると、突然目の前が男性の大きな掌で遮られた。
「見る必要はない」
「えっと……」
誰の手と誰何する必要もなかった。
と言うか、お義兄様が襲われていた時とは状況が違うはずなのに、何故目隠し。
「フォルシアン公爵が紹介をしないのは、あくまであの男が『男爵の代理』としてこの場にいて、まだ今後貴女と関わる予定があるかどうかが不透明だからだ。であれば、今のところ見る必要も覚える必要もない」
「…………」
どうやらコデルリーエ男爵家はクヴィスト公爵家と同様に、当代の男爵が高齢で寝台から起き上がれないような状況であっても、まだ次代を決めて退くと言うことをしていないらしく、今日来ている令息はまだ正式な後継者ではないらしいのだ。
最有力の直系長子である前妻の子以外にも後妻の子、弟の子……と、何名かの候補がいて、男爵が即断出来ずにいるようだと、イル義父様からの情報としてエドヴァルドが教えてくれた。
今回こんなところで、ある意味男爵の代わりに濃度はともかく〝痺れ茶〟を飲まされることが確定しているくらいなら、もうそれで彼に決めてあげたらどうかと思うのは私だけなんだろうか。
そんな私の微妙な表情が見えたのかエドヴァルドは、ややあってから「……必要があればそのうちフォルシアン公が紹介するだろう」とだけ呟いた。
「それより貴女はあちらに挨拶をした方が良いのではないか?」
そう言ったエドヴァルドの手が私の目元から肩へと動き、くるりと身体ごと右方向へと回転させられた。
「……あ」
いつの間にかイル義父様よりも近い場所に、ボードリエ伯爵とシャルリーヌがいたのだ。
「ボードリエ伯爵、今日はご令嬢のエスコートのためにだけ学園を抜けてきて貰うような形になってしまい、すまない」
現状この場で最も位の高いエドヴァルドが、まずボードリエ伯爵に声をかける。
それによって私は、ボードリエ伯爵自身は今回のお茶会に全くの無関係であることを理解した。
それもそうか。
シャルリーヌは「次期聖女」として〝転移扉〟のメンテナンスのついで(?)に慰労と称して招かれているだけ。
振る舞われるお茶も、私同様にいたって普通……のはず。
伯爵家としてレイフ殿下派と目されてはいても、ボードリエ伯爵の学園運営は平等で健全なのだ。
ジェイとも〝痺れ茶〟とも無関係な以上は、今回の参加者にはなり得なかったようだ。
「いえ……陛下のご命令とあらば、臣下としてはお応えをするしか……」
ただ、この広間にいる他の顔ぶれをチラと見た時、彼は明らかに顔色を変えていた。
どう見ても、この場に養女一人残して立ち去ることへの不安が表情に滲み出ている。
「……ご令嬢は大丈夫だ」
まさか、それを見かねたようには見えなかったけど「レイナもいる」と、言葉を続けたのはエドヴァルドだった。
「やましくなければ何を気にする必要もない」
「「「…………」」」
やましくなければ。
それは他のテーブルにつく参加者皆への立派な牽制だ。
もとより互いに歓談が得意なわけではないとあって「陛下に挨拶をしてから学園に戻る」と言うボードリエ伯爵に、エドヴァルドも軽く頷いただけだった。
「私のことは気にせず座りなさい、シャルリーヌ」
さすがにここまで来ると、シャルリーヌとしても強引に伯爵を座らせるわけにもいかない。
伯爵と入れ替わるように一歩前に出て、こちらに向かって見事な〝カーテシー〟を披露した。
次期聖女と目されているとは言え、今現在「伯爵令嬢」であるシャルリーヌの方から「公爵令嬢」となった私に、公の場では先に声をかけるわけにはいかない。
私もぎこちないながらも〝カーテシー〟を返しつつ、シャルリーヌに向かって「ごきげんよう、ボードリエ伯爵令嬢」と、大きすぎず小さすぎず――を意識した声を発した。
「ごきげんよう、フォルシアン公爵令嬢」
まだそう呼ばれることになれていないのは、この短期間では仕方ない――と、思いたい。
「お隣よろしいかしら?」
問われた私は「ええ、もちろん」と頷いて見せる。
「今日はよろしくお願いしますわね。お隣で光栄ですわ」
さすがに「ほほほ」と笑い合いはしないものの、エドヴァルドもボードリエ伯爵も、二人ともがダメな子を見守っているような目でこちらを見ている風に見えるのは、気のせいだろうか。
「フォルシアン公爵令嬢」
この広間が今「公式の場」となっていることを鑑みたボードリエ伯爵が、そう言う言い方でこちらへと話しかけてきた。
「食堂メニューの件はシャルリーヌから聞いておりますよ。私としても将来の学生のためになる話となれば、ぜひとも詳しく伺いたいと思う。今回の件が諸々落ち着いたところで、またその話を伺わせていただきたい」
「こちらこそ、ご無理を申し上げましたわ。ええ、落ち着きましたらぜひに」
伯爵がこちらに歩み寄って来たのは、シャルリーヌの付き添いと言うよりもそれがメインで言いたかったようにも聞こえたけれど、今、詳しく追及している場合でもない。
ボードリエ伯爵父娘はその後は無言で視線だけを交わし合って、伯爵だけが壁際にスッと下がっていった。
「レイナ。恐らく陛下も、もう来られるだろう。私も自分に与えられた席に向かうが……いよいよ無理となったら、遠慮なく自分の席から声を上げてくれ。何とでもするから」
苦渋の決断、と分かりやすく匂わせながら、エドヴァルドも別テーブルに行くために踵を返す。
残された私とシャルリーヌは、どちらからともなく顔を見合わせて、二人で丸テーブルの隣同士に腰を下ろした。
――目の前に二席の空席があるのは、いったい誰の席なんだろう?
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