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第三部 宰相閣下の婚約者

720 ハイテンションな大人たち

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 人数に見合った広間がなかったため、夜会やロッピアが開かれる大広間「軍神デュールの間」を、魔道具の実験も兼ねて認識阻害装置で仕切ってみよう――。

 確かそんな話になっていたんだったか。

 魔力ゼロ、認識阻害装置の方を認識できない私の場合どうなるんだろうと思いながら、エドヴァルドのエスコートで「軍神デュールの間」に足を踏み入れる。

「レイナ。……どこでこの広間が区切られているか分かるか?」

 エドヴァルドがそう聞いてくるからには、既にこの部屋には仕切りとしての壁が存在していると言うことなんだろうけど、もちろん私にはそんな壁は認識出来ない。

 問われて視線だけ動かしてみれば、部屋の真ん中よりは少し広めの空間を使う形で、長テーブルではなく丸テーブルが互い違いに並べられていて、各丸テーブルに5~6人分の椅子が置かれていた。

 丸テーブルのない空間には幾つか角型の足の長いテーブルがあって、そこにはこの後途中で出すと推測される軽食や茶器が置かれていて、準備が慌ただしく行われているのが見えた。

 さながら、バックヤードの見えるレストラン、即席の厨房のようだ。

 ただ、よく見れば丸テーブルがない空間、手前と奥と両方の壁際にだけ、区切りを細やかに主張する衝立があって、その衝立同士を結ぶように、等間隔に地面にが並べられていた。

 私は目を細めてそれらを確認して、うっかり「えっ」とも「げっ」とも受け取れる、淑女らしからぬ声を溢しそうになった。

「ええっと……まさかとは思いますが、両端にだけ衝立を置いて、間に害獣避けの罠を点々と置いたりなんかしたりして……」

 エドヴァルドから返って来たのは、真っ暗な沈黙だった。

「えぇぇ……」

 どうやらエドヴァルド自身は途中で一度会場の確認に行き、管理部の術者たちが何人も集まって、嬉々として設営に取り掛かっていた瞬間を目撃していたらしい。

 ――そして、最終的には全て「見なかった」ことにしてその場を後にしていた。

「どのみち忖度てかげんが必要な参加者などいやしないのだから、構うまい。貴女とボードリエ伯爵令嬢には予めそれを伝えておくのだから」

 唖然としている私を見て、さすがに沈黙ばかりを貫いているわけにはいかないと思ったのか、エドヴァルドがそんな風に口を開いた。

「そうかも知れませんけど……」

 まったく説明にもフォローにもなってないと思うのは私だけでしょうか、宰相閣下。

「しかも、誰かが無駄な抵抗で暴れたとして、うっかり罠の稼働範囲に足を踏み入れたら、さぞ愉快な光景が拝めるんだろうな――と、どこかの高貴な男フィルバートが言ったようだ」

「愉快……」

「貴女がギーレンの王宮であの装置を使って侍女を吹っ飛ばした話は、護衛騎士ノーイェル経由で陛下だの管理部だのに語り継がれ、それぞれに恐ろしく盛り上がったようだ」

 ついでに言えば〝鷹の眼〟に限らず護衛全般というか〝影の者スクゥーガ〟全般にもフィト起点であっという間に情報が拡散した……と聞いて、私は思わず頭を抱えた。

「えっ、私が悪いんですかコレ⁉  下手をしたらこの後誰か宙に舞うんですか⁉」

「誰もそこまでは言っていないが……各方面からを期待されていることは確かかもな」

「うあぁぁ……」

 唸る私にエドヴァルドが微かに口元を綻ばせた。

 鉄壁宰相の微苦笑をたまたま目撃した何人かがギョッと目を見開いていたけれど、当の本人は自覚があるのかないのか、その辺りまるで無頓着だった。

 しかもその周囲に聞かれたくないとばかりに耳元に口を寄せながら、内容は全く甘くない話を囁いてくる。

「貴女とボードリエ伯爵令嬢と、まああと何人かに用意されたあのテーブルは、見ての通り一番罠の稼働範囲に近い。更に言えば二人の席が一番近いんだ。もしも誰かに飛びかかられたりするようなら、初手で何とか左右どちらかに避けてさえくれれば、自動的に相手が罠にかかる動線を敷いてあると聞いている。もし貴女がた自身が動けなかったとしても、護衛騎士の誰かが腕を引くようにと言い聞かせてある」

「……なるほど」

 一見有難いようでいて、実はそれは往生際の悪い誰かが最後の足掻きとばかりにこちらに襲いかかって来ると言う「フラグ」になってやしないかと、思わず私は顔を痙攣ひきつらせてしまった。

 まあもう、今更私が何を言ったところでどうしようもないのだけれど。

「席は全員決まっているんですね」

 私とエドヴァルドが同じテーブルにつかないとは聞いていたものの、どう言った席になっているのかと私はそれぞれのテーブルに視線を投げる。

「そこはまあ……大きな声では言えないんだが……」

 各テーブルに配された椅子の前には、家紋が描かれた紙片がそれぞれに置かれているのだと言う。

 私とエドヴァルドは同じイデオン家の家紋が置かれることになるとは言え、ボードリエ家のそれと並べることで、私とエドヴァルドがそれぞれ違う位置に座ると言うことを表したということらしい。

 夜会にしろちょっとしたパーティーにしろ、大抵は暗黙の了解的に家格基準で上座から席を用意されているのがスタンダードだと聞いていたから、ここから既にお茶会のイレギュラーさが表れていた。

「私の……と言うか陛下のテーブルと、貴女のテーブルとにはは振る舞われない。手伝う者たちが万が一にも間違わないように、そう言う区別の付け方にしたんだ」

 どうやら陛下自身は「今後のためにも一口くらい……」と言っていたのを、さすがに医局が全力で止めたとのことだった。

 今後なぞあった日には、周囲の侍従や侍女、医局員の首が(物理的に)飛ぶ、と。

「と言うことは、その他のテーブルは、どう言う配置かは知りませんけどその『お振る舞い』はもう決定なんですね……」

「まあ、ないとは思うが他のテーブルの物にはくれぐれも口をつけないで欲しいとだけ言っておく」

 しかも座席ごとに、茶葉に混じる薬の比率をわざと変えてあるとの噂もあるらしい。

 何故「噂」なのかと言うと、エドヴァルド自身はその瞬間を目撃した訳でも、茶葉のマイナーチェンジに成功しているとの話も聞いていないからだそうだ。

 確かに、工芸茶もどきの茶葉の中に閉じ込められている痺れ薬の強弱を変えられるとか、事実なら「やりすぎ」の域だ。

 そんなことが出来るなら、いずれ痺れ薬以外の薬も閉じ込めてみようなどと言う話にだってなるに違いない。

「医局も管理部並みにアブナイ人がいるってことですよね……」
「言っておくが管理部も医局も、陛下の指示なくして動くことはないからな」

 なおヤバイのでは?

 さすがにそこは口には出せないけど。



 そうこうしているうちに、私が座るべき丸テーブルの前に辿り着いていた。
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