聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

719 扉は開かれた

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「カプート子爵家領主ビゼーです。一連の騒動の後始末をラヴォリ商会と共に請け負われるのだと、イッターシュ王都商業ギルド長より知らされております」

 宰相サマだし、こ、婚約者サマだし? 許すとか許さないとか、そんな上からな話でいいんだろうか……? と、ナナメ上のことを考えている間に、カプート子爵の方がそう言ってわざわざこちらを向いて頭を下げてきたので、ちょっと驚いてしまった。

 加えてギルドの情報網の速さと正確さにも驚かされるばかりだ。
 あるいは元ブラーガ領都商業ギルド長の肩書がそれを可能にしているのか。

 私が唖然としている間も、カプート子爵は話すことを止めない。
 まるでいつエドヴァルドから遮られるのかを警戒して、用件を一気に話してしまおうとしているかのようだった。

「恐らくは現カプート子爵領の領都商業ギルド長は近いうちに異動の対象となるでしょうが、私自身は子爵の位を持つため、そうもいかない。この首が繋がるのであれば、せめてユングベリ商会の支店を出される際には最大限の助力をさせて頂ければと、王都商業ギルドにはそう返信もしています」

 このお茶会の後は、可能なようなら直接王都商業ギルドを訪ねるつもりをしていると、カプート子爵は言った。

「認可前の品物を通してしまうなどと、商業ギルドとしてもかなりの失態ですが、領主としての責任ももちろんあります。しばらくは私自身が一時的に商業ギルドも束ねて、ユングベリ商会が入るまでの地ならしと立て直しも考えてはいるのですが、こればかりは……」

 そう言って口を閉ざしたカプート子爵の心境は、私でさえ察せられた。

 どう考えてもこのお茶会がモノではないと言うのは、今、居並ぶ面々を見ただけでも分かるだろうからだ。

 いずれ王都商業ギルド長になってもおかしくないような人だったと言われているからには、尚更に勘もいいはず。

 チラとエドヴァルドを見れば、話しかけて大丈夫とでも言う様に頷いているので、私もカプート子爵の方へと視線を戻した。

「新興の商会であるユングベリ商会への過分な配慮痛み入ります、カプート子爵。まずはラヴォリ商会のカールフェルド商会長代理が先に動かれると聞いていますので、その後で機会とお時間がありましたら、ぜひ」

 このお茶会の招待客は、基本的にはやらかしてしまった当事者と、それを見逃したあるいは放置していたことに対しての責任問題として巻き込まれている人間との二種類に分かたれている。

 陛下がそれを区別するつもりがあるのか、ないのか。
 それがハッキリしないことには、明確な先の約束が出来ないのもまた確かだった。

 カプート子爵領に関しては、巻き込まれ半分、ボードストレーム商会が元々大きな商業圏を持っている時点で、貴族ではない、この場に呼べない当事者を抱えているのが半分。

 ラヴォリ商会が潰す気満々でいる話が伝わっていれば、非貴族層の揉め事として、カプート子爵は「巻き込まれ」側と判断されることだろう。

 後は命に係わる話にならないことを祈るしかない。
 いや〝痺れ茶〟飲まされる程度なら、きっと、多分、死なない。

「ええ……そうですね、時間があることを祈ります」

 そう言って困ったように微笑わらったカプート子爵、十中八九自らの立場の不安定さを理解していた。

 何ならエモニエ侯爵よりも危機意識が高いんじゃないかと思う程だ。

「……ああ、コデルリーエ男爵令息がいたな。男爵夫人の方が見当たらないとなると――」

「――義母や娘もそうですが、恐らく主だった女性陣はなのではないでしょうか」

 部屋を見渡して、コデルリーエ男爵令息に気付いたらしいイル義父様が、男爵夫人の姿を探したところで、エモニエ侯爵がそんな風に口を開いた。

 別室って何だと思ったのは、どうやら私だけじゃなかったらしい。
 イル義父様やカプート子爵あたりが眉根を寄せている。

 ただ、エドヴァルドだけは深いため息をその場で吐き出していた。

「関係者には知らせないはずだったんだがな……」

「この部屋に来る途中、たまたま『どこへ連れて行くのよ!』と何方どなたかが叫ばれる声を耳にしたものですから……娘だったような気もしましたが、長く会っておりませんから、断言は出来かねますが」

 勘当した娘のこととは言え、ここまで無関心になれるものなのだろうか。
 十河そがわ家でさえ、私に対しては無関心と言うより「妹偏重えこひいき」で、一方的ながら会話はあったのに。

 そう言えば、さっきから侯爵夫人の話すらも聞かない。
 ヒルダ・コンティオラ公爵夫人が「政略結婚で義姉はもうずっと別邸住まい」「愛妾がいないだけマシな家庭環境」と言っていたのを、記憶の底から掘り起こした。

 もしかすると「ただ、次代へ繋ぐ」ことにのみ重きを置いていたと言うことか。
 侯爵令息が真っすぐ、あるいはまともに育っているのかちょっと心配。

「イデオン公、別室とは?」

 この場においてはイル義父様以外に聞ける人間がいないので、代表するかのようにエドヴァルドに尋ねている。

「……陛下の命で、貴族用の最も広いをヘルマン主導で無理矢理空けさせた。中のを色々と移動させて、結果として今はサレステーデの第一王子とバルキン公爵と、その御供数名がまとめて放り込まれている」

「「「…………」」」

 事ここに至って、別室=貴族牢だと言うことを、この場の全員が理解した。

「ああ、身体的な拘束はないし、陛下からは料理と飲み物を用意するようにとも言付かっているから、そう心配はいらんだろう。ちゃんと書記官と医局員も何名か付けてある」

 いやいやいや! と、多分皆が内心で同じ声を上げたはずだ。
 貴族の肩書を持つ者らしく、誰も声は出していないけれど。

「夫人を伴わせた場合、わけもなく倒れられたり、夫の話を遮って喚き出されたりする可能性がある。効率的な聴取のためにも離しておこう、となった。だが振る舞う側である陛下は一人しかいないし、現状、王妃も婚約者も不在。貴族牢で諸々を提供するしかないだろうとの話に落ち着いた」

 どうせ捕らえるのだから、早いか遅いかの違いでしかない。ただには平等に協力して貰わないと――なんてことを陛下はのたまわれたらしい。

 どうしよう。発言の大部分は、とても正しい。
 何の実験なんだ、と言うことくらいで。

「!」

 どうやらイル義父様が片手を上げたことに、コデルリーエ男爵令息の方が気が付いたらしい。

 男爵令息レベルまで把握をしているのだろうか、と一瞬驚いたものの、エドヴァルド曰く「顔と名前を必ず一致させなくてはならないのは高位貴族までだ」とのことらしく、子爵家男爵家の多くは記章――家紋をブローチにして、小さめの宝石と共にチェーンブローチで留めてある――を見てまずは判断するんだそうだ。

 この場合、令息の胸にあるブローチで判断したと言うことなんだろう。

 その令息が慌ててこちらに来ようとしたところで、別の扉が重々しく開けられて、国王陛下フィルバートの専属侍従であるマクシムがその場で恭しく一礼をした。

「皆さま大変お待たせを致しました。隣室のご用意が整いましてございます。残るはナルディーニ侯爵閣下のみでございましたが、ただいま〝転移扉〟でお越しになられたとのことですので、そちらは直接ご案内を致します。皆さまもぜひご移動のほどを――」

 気付けば「月神マールの間」の扉も開いていて、こちらはちょうどシャルリーヌがボードリエ伯爵に付き添われて入って来たところだった。

(……仕方ない、シャーリーとは中で話すしかないか)

 シャルリーヌをチラ見しながらそう思っていると、エドヴァルドに「……レイナ」と声をかけられてしまった。

「テーブルまではエスコートしよう」

 そう言えば、エドヴァルドとは席が離れると聞かされていた。

 私は「はい」と頷いて、その傍へと歩み寄った。
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