聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

718 異口同音

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 ジェルヴェ・エモニエ侯爵にビゼー・カプート子爵。

 コンティオラ公爵からの紹介に、二人が揃って頭を下げた。

「姪のマリセラがイデオン公爵閣下のお眼鏡には叶いそうもないと言うのは風の噂で耳にしておりました。だが、勘当したはずの娘クラーラに加えて、妹ヒルダまでもが今回ご迷惑をおかけしたとのこと。フォルシアン公爵閣下にもぜひこの後夫人に頭を下げる時間を頂きたいと、今、話をさせて頂いておりました」

 エドヴァルドがチラとイル義父様を見れば「日和見主義にもほどがあるんじゃないかな、とのは呈しておいたよ」と、エモニエ侯爵の言を半分肯定するかのように頷いている。

「まあ、私の苦言なんてコンティオラ公やイデオン公に比べれば優先順位は低いだろうがね」

 エモニエ侯爵の娘さんがビュケ男爵家の三男と醜聞を起こして高位貴族社会から弾き出されたところまでは、ある意味「ありがちな話」だったかも知れない。

 ただ、共に勘当された男の側がブロッカ子爵として商会を立ち上げたあたりから、話がきな臭くなっていったのだ。

 勘当された娘の行く末になどまったく気を配っていなかったことに加えて、もともとアレンカ先代侯爵夫人に関しても、彼はノータッチだった。

 後妻としてやって来た経緯を慮っての「何にも煩わされることのない穏やかな生活を」との、先代侯爵の言わば「遺言」を、良くも悪くも尊重しつづけてそっとして――もとい、放置しつづけていた。

 多分に複合的な要素が絡んでいるとは言え、結局は「何もしなかった」のだ。
 その結果の今とあっては、さすがにイル義父様としても言いたいことはあったんだと思われた。

 と言うか、マリセラ嬢が如何にエドヴァルドに執着していたのかが、滅多に王都には出て来ないと言うエモニエ侯爵が把握していることからしても窺い知れる。

「今回貴家に関わったのは、私ではなく私の隣に立つ、このレイナだ。少しでも今回のことに罪悪感があるのであれば、今後は彼女とユングベリ商会のにならぬよう、考えて動いて貰いたい。私からはそれ以上話すこともない」

 そしてエドヴァルドはと言えば、エモニエ侯爵がイル義父様から視線を移して何かを言いかけるよりも早く、ピシャリとそう言って、それ以上の「雑談」を拒絶してしまった。

 要はこれ以上マリセラ嬢のことは話題にも出してくれるな、と言外で主張したのだ。

 コンティオラ公爵と共に、さすがに顔色の悪いエモニエ侯爵に、イル義父様が「まあまあ」と宥めるように微笑わらった。

「私としてもね、ブロッカ子爵夫人……いや、商会長夫人かな? 彼女とコデルリーエ男爵夫人との繋がりとか色々聞きたいことはあるんだよ。だけど今回、起きた事態の全てにおいて優先権は陛下にある。イデオン公の『話すことはない』と言うのは、そう言う意味も含まれていてね」

 そう言えば、コデルリーエの商業ギルド関係者はこの場にはさすがに呼ばれないとしても、男爵や男爵夫人は対象外なんだろうか。

 そう思った私の顔色を呼んだのか、エドヴァルドが「男爵はかなりの高齢と言うこともあってか、邸宅やしきで寝たきりらしい」と小声で囁いた。

 恐らくは次期男爵となる息子と、後妻である男爵夫人が会場のどこかにいるはず、と言うことらしい。

「……随分と親切なことだ、フォルシアン公爵」

 イル義父様の説明に対して、舌打ちをしかねない勢いでエドヴァルドが苦情を言っているけれど、裏を返せばそれはイル義父様の言葉が正しいと言うことにもなる。

 イル義父様もそれは分かっていて、エドヴァルドに気圧されるどころか「そうか?」と笑っているくらいだった。

「それで義娘むすめに悪評が立たぬようくれるのなら、意味の一つや二つ説明したって安いものだろう」

 ニッコリ笑顔だけれど、イル義父様が言っていることも大概だと思った。

 現状、貴族の支持がまだ多いとは言えない私のために「を蹴散らせ」「楯になれ」――要は「働け」と言ったも同然だ。

「場合によっては、マリセラを領地の邸宅やしきから出さぬよう、引き取っても良いとは考えていたのですが……」

 おずおずと申し出たエモニエ侯爵に、コンティオラ公爵だけは無言のまま、ただ様子を窺うようにエドヴァルドとイル義父様を見たのだけれど、当の二人からは綺麗にハモった一言が返されてしまった。

「「――甘い」」

 国に五人いる公爵の内、二人から異口同音に一刀両断されてしまっては、エモニエ侯爵どころかコンティオラ公爵としても返す言葉は出ないだろう。

「まあ、そのあたりは茶会の後で改めて話し合うとしよう。今はそれ以上のことは誰にも何も言えまいよ」

 はは……と笑ったイル義父様、声が乾いてます。

「ああ、そう言えばカプート子爵は我が義娘レイナちゃんとむしろ話がしたいんだったか?」

 イル義父様の言い方のせいか、エドヴァルドのこめかみがピクリと動いていたけれど、公に口には出さなかった。

 話を振られたカプート子爵もさすがにいたたまれない空気を感じたのか「え、ええ」と答えた声はちょっと裏返っていた。

「私はカプート子爵家に婿入りする前は、領都ブラーガの商業ギルド長でしたので……一度『ユングベリ商会長』と話をしてみたかったのです。ご挨拶をお許しいただけますか」

 リーリャギルド長を筆頭に、アズレート副ギルド長、イフナース青年などが揃って褒め称えていた、カプート子爵。

 ラヴォリ商会がボードストレーム商会の販路を引き継ぐことを含め、お近づきになっておいて損はないとギルド側からも断言されている男性が、目の前にいる。

 エドヴァルドの表情が著しく不機嫌な方向に傾いていたものの、ギルドでの話は全て報告をしていたので、エドヴァルドとしても無下には出来ない部分があると、理性が勝ったように見えた。

「…………許す」

 短い葛藤のあと、そう吐き出したエドヴァルドに向かって「感謝します」と礼を返したカプート子爵は、私の方を向いて再度頭を深々と下げた。
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