聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

717 役者が揃うまであと少し

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「えっと……〝痺れ茶〟とジェイホタテの話に加えて、銀の話が乗っかってきてもを買わない感じですか……?」

 何せエドヴァルドは、叛乱を起こすための資金を集めようと画策していたレイフ殿下に対して、周囲を出し抜く形で銀相場を揺さぶって、殿下の主な資金源だった商会に打撃を与えているのだ。

 おかげで叛乱の話は事前に立ち消えとなり、殿下が何をやらかしてくるかと期待していたらしいどこかの陛下が、玩具オモチャを取り上げられたと、へそを曲げていたのもまた確か。

 私としても、自ら玩具オモチャの代わりになりに行くような自虐趣味なんてありはしないのだ。

 自衛大事。確認大事。

「むしろそれがあった方が、サレステーデの理由に説得力が増すだろうな。茶葉とジェイに関しては麾下の派閥貴族ナルディーニが動いている側面の方が大きいが、銀だけは殿下本人を突くことが出来る」

 いくらボードストレーム商会にアルノシュト伯爵夫人の実家関係者がいたとは言え、なかなか「伯爵」家だけではギーレンのメッツァ辺境伯家にクレスセンシア姫を嫁がせるだけの資金を捻出することは難しかったはずとエドヴァルドは言い、そこは私もストンと腑に落ちた。

「ただ、今更と言われかねないところはあるが――」

 既にエドヴァルドが銀相場を揺さぶって、ボードストレーム商会の資金力を大きく削ってから何ヶ月も経過している。

 エドヴァルドがその問題を指摘するのも当然ではあるけれど……。

「いえ、多分いけると思います」
「レイナ?」

「ボードストレーム商会に関しては、そもそもラヴォリ商会が自分達の獲物だと言い切ってます」

「獲物……まあ、それはそうなんだが……」

「だから、今回フィトが目撃した話を『情報おみやげ』として陛下に渡して下さい」

 きっぱりと言い切った私に一瞬だけ言葉に詰まっていたエドヴァルドも、すぐさま「……いいのか?」とだけ聞き返してきた。

「下手をすればその〝草〟側の誰かが、フィトの目を欺きながらその『病人』の情報を既に得てしまっている可能性があります。多分、ここで報告をしない方が悪手です」

 素直に報告をすればよし、そうでないならアルノシュト伯爵家含めて関係者全員を、陛下に意趣返しとばかりに取り上げられてしまいかねない。

 きっと報告さえすれば「つまらない」と口では言いながらも、アルノシュト伯爵家の処遇あるいは後継の選抜くらいは委ねてくれるのではないか。

 私がそう言ってエドヴァルドの様子を窺うと、かなり複雑そうな表情で、何か言いかけた口を閉ざしていた。

「……妙に陛下の性格を把握しているところが、なおのこと妬けるんだが」
「⁉」

 え、気になるのはそこですか⁉

 思わず目を丸くした私に視線を向けながら、エドヴァルドは微かに口元を綻ばせて、腰に回していた手を今度は頭の上へと移動させていた。

 す……っと何度か頭上から髪を撫でられ、場が密かにざわついている。

 もちろんそんな事には全く忖度しない宰相閣下は、こちらを見たまま「分かった」と、頷いた。

「フィトに行かせよう。どうせまだ陛下は身支度中のはずだ。……ファルコには?」

「うーん……実際、話す時間も相談する時間も、もうないんですよね……」

 さすがに短時間にせよ、この部屋からいなくなってしまうのはあまり褒められた話じゃない。周囲の参加者に余計な憶測と警戒心しか招かないだろう。

 かと言ってフィトから全てを伝えて貰うのも、それは違う。

「お茶会の途中でさりげなーくテーブルに近付いてきて貰うとか……?」

 それでも多分「お茶会が終わったら話す」くらいのことしか言えない気はするけれど。

 陛下がこちらにも何かしら残しておいてくれると期待するしかない。

 最終的にフィトには、アルノシュト家絡みで、茶会の間は黙って見ているようファルコに伝えて貰うことにした。

「あとはレイナに聞け、とでも? いや、それしかないか……フィトではとぼけきれん気もするが、まあファルコも空気くらいは読むだろう」

「……多分?」

「ふ……貴女がそれでは、ファルコが泣いてしまいそうだな」

 もちろんエドヴァルドの言う「泣く」は、さっきと違って嬉し泣きの意味では全くない。
 さっきの「ファルコが泣いて喜ぶ」を混ぜ返されただけだ。

 こんなところでファルコをネタにしている場合ではないんだけれど、それくらいでないとやっていられないと言うのもあったのかも知れない。

 そして、きっとフィトにもある程度は聞こえていたんだろう。
 エドヴァルドが軽く頷いたのを受けて、一礼して場を離れて行った。

 そのまま陛下とファルコに、それぞれ話をしにいくんだと思われた。

「――もういいのか、エドヴァルド? レイナちゃん?」

 気が付くともうイル義父様は目の前の距離にいて、そう言いながらエドヴァルドと私を交互に見比べていた。

「……ああ。どのみちもう、こうなるしかなかったんだろう」

 エドヴァルドはそれ以上を語らなったけど、お互いに国政の中心に身をおけば、詳細を語れないことも多い。

 イル義父様はエドヴァルドの顔色だけを窺って、短く「そうか」と答えるに留めた。

「――イデオン公」

 そこにかけられた別の声にふと視線を向ければ、後ろに男性を二人連れたコンティオラ公爵が、こちらへと向かってくるところだった。

 相変わらずの消え入りそうな声……と言うか、いつからこの「月神マールの間」にいたのか。

「そろそろ移動かも知れないが、すまない、二人が挨拶だけでもと……」

 一人は何となく既視感のある容貌で、もう一人はやや小柄の引き締まった瘦躯を持ついずれもイル義父様やコンティオラ公爵と同年代と思しき男性たちだった。

「レイナ」

 恐らくこの中では、知らないのが私だけとあってか、彼らがこちらの会話圏に入って来る直前、エドヴァルドがすっと私の耳元に顔を寄せた。

「……エモニエ侯爵とカプート子爵だ」

「!」

 どうやら既視感があると思ったのは、コンティオラ公爵夫人の面影を垣間見たからか。

 侯爵ならともかく、恐らくはかなりの数になるだろう子爵家当主までエドヴァルドは全て把握をしているのだろうか。
 あるいは王都商業ギルドどころか王宮中枢にも名前が届くほどの人物だからか。

 私はエドヴァルドと共に、そのままコンティオラ公爵が紹介をしてくれようとするのを黙って見守っていた。
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