聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
707 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

716 道は分たれた

しおりを挟む
 これはの挨拶であって、私が答えるものではない気がする――そんな「念」をこめながら、私はエドヴァルドを見上げていた。

「ああ。ちょうど書類を提出したばかりで、これから正式な通知書をそれぞれの領主に宛てて出す予定だったが、アルノシュト伯に関しては今日の事があった為、この場での報告とさせて貰った。……夫人にも伝えてくれ」

 伯爵家以上の高位貴族の婚姻や代替わりに絡んだ話については、王宮の公式文書と同等の扱いで、文書用の転移装置を利用した書面が全領主に宛てて送られるらしい。

 他の領地からの押しかけ令嬢や令息がやって来て「とっくに婚約していた」などと言う間の抜けたタイムラグが過去に何度も生じたため、先代以前からそれは定められている仕組みなんだそうだ。

 祝いの品や訪問であれば、通常日数であっても問題ないだろうと言うわけだ。

 今回も「婚約した」との宣言をエドヴァルドが国内高位貴族に向けて発した傍らで、例外としてこの場に呼ばれた該当者には口頭で伝えることにしていたのだ。

 ただこれまでのこともあってか、わざわざ「夫人によろしく」を強調しているエドヴァルドに、アルノシュト伯爵の表情かおはやや痙攣ひきつっていた。

 何なら目も忙しなく動いていたけれど、表面上は「妻へのご配慮誠に有難く……」と、答えただけだった。

「領地に戻りましたら、妻と相談の上で改めて祝いの品を贈らせていただきたいと存じます。それで閣下、今日は陛下がお呼びなのだとの事なのですが――」

 そしてそれ以上は、夫人の話題を含めて世間話は不要とばかりに、話題を強引に捻じ曲げていた。

 多分世間話、それも夫人絡みとなると、今以上は不要と言う点ではエドヴァルドも賛成のはずだ。
 さて……?と、辺りを大仰な仕種で見回している。

「まだ来ていないのは、陛下はさておいてナルディーニ、エモニエ両侯爵とレイフ殿下か? 伯爵、この部屋の顔ぶれを見て何を思う?」

「…………何を、ですか」

「ああ、もちろん私やレイナ、ボードリエ伯爵令嬢も省かせて貰うとして、だ」

 もしかすると、エモニエ侯爵やダリアン侯爵も日ごろの交流はなさそうだから、分かりづらいか?

 そんなことを言い放つエドヴァルドの声が、このうえなく挑戦的で冷ややかだ。

 先代の後妻の暴走を放置していたらしいエモニエ侯爵と、鉱山の採掘量低下によるコデルリーエ男爵領の無茶を放置していたらしいダリアン侯爵は、レイフ殿下派閥ではないと言うことなんだろうか。

 ぐるぐる考える私には目もくれず、相変わらずの不気味な目つきで周囲を一瞥しつつも、アルノシュト伯爵はここでは揚げ足を取られるような事は口にしなかった。

「……さて、私のような非才の身には……」

「非才か……今、私に伝えておくべき事項は特段に存在しない、と?」

 ――エドヴァルドがとても大事なことを聞いていると言うのは、私にも分かる。

 お茶の件に、鉱毒の件。
 ここで自分から話すのと話さないのとでは、周囲が受ける印象が違う。

 そう匂わせているだろうにも拘らず、アルノシュト伯爵の態度は変わらなかった。

「――ええ、ございません」

「……そうか」

 そしてその瞬間、確かに「何か」がわかたれたと思った。

「では、もうすぐ残りの皆も着くことだろうから、それまで誰かと旧交を温めるなり新たな縁を探すなりするといい」

 レイナ、と私を呼びながら伯爵に背を向けたエドヴァルドの手が私の腰に回る。

「⁉︎」
「は……」

 何故エスコートでも肩に手を回すでもなく、腰。

 ギョッとなって動揺していたせいか、アルノシュト伯爵の表情は私には見えなかった。

「――茶番に付き合わせてすまなかった」

 ゆっくりとイル義父様の方に戻る形を見せながら、エドヴァルドが私の耳元でそう囁く。

「ああっ、あの、エドヴァルド様?」
「うん?」
「何故、腰に手――」
「――その方が『婚約した』と言う話に説得力が増すだろう?」

 言っている途中から低く笑っているのだから、明らかに私の反応を楽しんでいるとしか思えなかった。

 どのみちイル義父様の所までそう距離もないので、私は咳払いをして、この際気になることを聞いておくことにした。

 慣れ? 開き直り? どうせ勝てないんだから、もう仕方がないのだ。

「えっと…… フィトが言っていたの話は、聞かなくて良かったんですか……?」

 その件で呼ばれたと思っていたと視線で語ると、どうやらすぐに通じたらしいエドヴァルドが「ああ……」と、ため息かと思うようなバリトン声をこちらに落としてきた。

 無駄に色気を撒かないで欲しいんですけど……!

 と内心で叫んでいても、さすがにそこまでは通じない。
 そのまま続きを聞く体勢でいるしかなかった。

「不本意だが貴女とファルコとの間に『契約』がある以上は、私がそこに横槍を入れるわけにはいかない。双方が納得して、後を私に委ねてくれるのであればいくらでも引き受けるが」

「あ……」

 いきなりの断罪は無理でも、隣接するハルヴァラ伯爵領に力をつけさせて、アルノシュト伯爵「領」ではなく「家」を干上がらせる――。

 銀の鉱毒で村も家族も、全てを失ったファルコと交わした約束けいやく

 多分にこの後茶会があって、伯爵側に何をする余裕もないだろう理由ことがあったにせよ、公爵家当主として、宰相として、無理に事を推し進めることは、エドヴァルドはしなかった。

 私とファルコを尊重してくれたのだ。

「きっとファルコが泣いて喜びますよ」
「アレに泣かれてもな」

 真顔で間髪入れずに返されてしまったので、ちょっと笑ってしまいそうになったのを慌てて隠す。

 イル義父様の所まで戻るのにも、お茶会が始まるのにも、何しろもう時間的余裕がない。

 なかなかに難しいことを今、聞かれていた。

「あの……ちなみに、陛下はどこまでご存知なんですか?」

 アルノシュト伯爵とレイフ殿下が、ボードストレーム商会を通じて繋がっていることは、少なくとも把握をしているはずだ。

 でなければお茶会には呼ばれない。

 問題は、銀にまつわる話をどこまで知っているのか――だ。

 それによっては、今回の場での追及は全くの場違い、下手をすると「お楽しみ」の邪魔をしたと、機嫌を損ねることになりかねない。

「陛下か……」

 自衛の意味もあれど、私はそれほどおかしなことを聞いたつもりはなかったのに、何故かその途端、エドヴァルドの目が遠い目になっていた。

「えっと……?」
「まあ……私が動かずとも〝草〟が動いているだろうな……」

 どうやら茶会の実際の下準備に関しては、現状五人の公爵の内、三名もが大なり小なり責任を問われる可能性があるからと、完全に蚊帳の外に置かれているらしいのだ。

 ――茶会の軽食が、シュタム周辺の水を使って準備されていても驚かない。


 実際にはそんな言い回しで、エドヴァルドは国王陛下フィルバートがほとんど把握をしているだろうと仄めかせてきた……。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。